02 元ユニットメンバー松村愛②
大学3年となると就職活動が始まっていた。勉強にも手を抜かなかった私はそれなりに良い大学に行っていて、大手企業の説明会へ何度か参加していた。
その日の説明会は大手食品メーカーで、本社の入口にはCMキャラクターを勤めている深泉彩音のポスターが何枚も貼り付けてあった。等身大パネルの前に立つと、あの子もちょっと背が伸びたなと思った。
「随分と差が付いちゃったな」
寂しさと同時に、諦めることなく夢を追いかけて、スターダムを駆け上がっている姿を見ると少し嬉しく思う。あの偉大な才能がクズプロデューサーに潰されなくて本当に良かった。
あの頃の数少ない良い思い出のひとつは、彩音と2人で居残りでレッスンをしていた事だ。歌やダンス、学校生活のこと、好きなアイドルに至るまで色々と語り合った。2人でコンビニの肉まんを食べて帰ったことが、今でも昨日のことの様に思い出される。
中学生時代から才能の片鱗は見えていた。ダンスも歌も、高校三年だった私よりも一枚も二枚も上手だった。とはいえ、あれほどの成長を見せるとは思っていなかったが……。
会社説明会は何事もなく終わった。入社したいかと思うと微妙なところだが、悪い会社ではないと思う。
私は、アイドルの道を諦めてから将来へのイメージがうまく描けない。今までアイドルしか目指してこなかったから、今更どんな仕事をしたいとか、興味のある業界とか、熱くなれと言われても困る。周りの友人は色々考えているらしいが、私にはなにもない。
多分、要領よく面接を突破して何個か内定を貰い、なんとなく良さそうな企業に就職をして、それなりに頑張る人生が待っているのだろう。アイドルを目指していた時の熱い気持ちは、私の中からはもう出て来ない。
会社から出るとき、廊下の途中で社員さんに足止めされた。どうやら偉い人が会社を訪れているらしく、その人が通るまで参加者の学生全員が待つことになった。待たされている様子がライブの客席の最前列のように見えた。
「深泉彩音だ」
誰かが呟いた。
私たち学生の目の前を、マネージャーと会社の人に囲まれた彩音が通る。テレビでよく見る、空港に降り立ったハリウッドスターと大勢のファンのようだ。この会社のCMをしているわけだから、何かしらの打合せがあるのだろう。
深泉彩音が通り過ぎるまで、100人近い学生が待たされているわけだ。さすが一流芸能人は扱いが違うな。私はもうこちら側の人間だ。客席でスターを見上げる側。
私の目の前2、3mくらいを深泉彩音が通る、その瞬間だった。彩音がチラリとこちらを向き、目が合った。そのまま通り過ぎようとした彩音が私の方を二度見する。
「愛ちゃん?」
彩音が驚いたように呟いた。学生も会社の人もマネージャーも、周りの視線が全て私に向く。
覚えてくれているとは思っていたが、こんなたくさんの中から見つけられるとは驚きだ。似たようなリクルートスーツに、黒く染めた髪。どんな目をしていたら見つけられるんだ?
無視するのも悪いので、片手で小さく手を振る。そのまま通り過ぎるかと思いきや、彩音が私の方に歩いてくる。
「久しぶり。就活?そっか、今大学三年だよね」
「うん。元気そうね」
いきなり話しかけられしまった。マネージャーさんが後ろから困ったように見ているし、社員さんもどうしていいか分からないようだ。
「こんなところで話してて大丈夫?」
「あ、そっか。ごめんね。またご飯でも行こ」
「うん。そうだね」
「ねぇ携帯変えた?」
「あー……うん。変えたね」
アイドル時代の付き合いを全て断ち切りたくて、電話番号ごと変えてしまった。LINEもアカウントを取り直して、メールアドレスも新しいものにした。
「じゃあ教えて」
まぁ彩音ならいいか。スマホを取り出すとQRコードを表示させてLINEのアカウントを教える。
「じゃ、またね」
そういうと小走りに去っていった。
彩音が通り過ぎると学生たちは解放された。私はもの凄く注目されていたので、話しかけられる前に早足に立ち去ることにした。このまま捕まると、流れで『ピンキーミルク』の話をしなければいけなくなる。
彩音は終始芸能人オーラ全開の美少女だった。私は中学生の時しか知らないけど、あの時と比べると少し大人の顔になった。私もアイドルをしていたくらいだからルックスには多少自信はあるけれど、彩音は格が違った。あれが本物のアイドルなんだろうなと思う。纏っている空気の輝きが違う。
歩いてすぐの駅まで着くと、早速彩音から連絡が来ていた。3日後が空いてるから久しぶりに会いたいと書かれていた。私も空いていたので「いいよ」と返事しておいた。
一時間後、うさぎが喜んで飛び跳ねているスタンプが帰ってきていた。こういうところは高校生らしいなと思う。
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