02 元ユニットメンバー松村愛①

「松村さんって昔アイドルやってたって本当?」


 どこから聞いてきた話なんだろう。まぁ実際やってたんだけど。あんな売れなかった地下アイドルの話、思い出したくもない。


「昔の話です。もう忘れました」


 困ったように話す私を見ると、相手は悪いことを聞いてしまったとバツの悪そうな顔になる。

 大学に入ってから何度も繰り返した会話だ。


 今から3年前、『ピンキーミルク』という5人組ユニットでアイドルをやっていた。その頃私は高校3年で、夢をかけた最後の挑戦だと思っていた。

 オーディションの概要には、『RB-9』という9人組アイドルグループに関わっていた人がプロデュースをすると書かれていた。『RB-9』と言えばドームツアーをするほどの超人気グループで、そのコネクションやノウハウがあれば、アイドルとして成功する夢が叶うと、純粋だった私は無邪気にも信じていた。

 だから、合格の知らせを聞いた私は文字通り飛び上がって喜んだ。親も友達も応援してくれた。夢への第一歩。そう思っていた。


 何か変だなと思ったのは、最初にメンバー全員が集まった時だ。みんなキャラクターというか、雰囲気というか、似たような5人が集められていた。全員ロリ系、幼い雰囲気を持った女の子が3人、中学生が2人だった。

 当時の流行りは、グループ内に色々なキャラクターが揃っているというもので、『RB-9』がまさにその形だった。可愛い系、クール系、ボケ、ツッコミ、しっかりもの、天然などなど。ひとつのグループでいくつもの魅力を体験できることが売りだった。個性同士の関係性や、ぶつかり合いもそのうちのひとつだ。

 プロデューサーが『RB-9』に関わっていた人というから、『ピンキーミルク』もその方向でいくものだとばかり思っていた。もしかすると、統一感のあるグループを目指しているかもしれないし、そういう方向性の違いで『RB-9』と袂を分かつことになったのかもしれない。しかし、微かな希望は時間が経つ毎に打ち砕かれていく。

 最初はボディタッチが多いなと思った。最初は肩を叩く程度だったが、腰に手を当ててきたり、髪の毛を触ってきたり、二人で食事に誘われたり、コンプライアンスに反する行動が多かった。やんわりと断るごとに、ライブでの立ち位置が端のほうへと追いやられていった。デビュー曲ではセンターに立って、宣伝用のポスターを部屋に貼ってにやにやしていたというのに。

 そのうち曲の歌い分けでも明確に差が出始めていった。私ともう一人、中学生の子の歌う箇所が少ない。その二人はプロデューサーからの誘いを断っていた二人だった。みんながプロデューサーとお寿司を食べに行っている間も自主レッスンをしていた私たち。実力では3人を圧倒していると思っていた。プロデューサーは実力なんか見てはいない。メンバーもマネージャーも、みんなそのことには気が付いていた。

 そんなグループだから、メンバー間の仲は悪かった。常にギスギスとした空気が流れていて、プロデューサーお気に入りの3人が派閥を組んでおり、私と中学生の子はそれぞれ孤立していた。

 あまりの扱いの差に、ファンからは枕営業の噂が絶えなかった。人気投票トップ2が端に立っているグループなんて前代未聞だ。もちろん人気なんて出るわけもなく、1年も持たずに活動を休止することになる。

 決定的だったのは、『RB-9』に関わっていたというプロデューサーの経歴が、嘘同然だったことだ。本人曰く、『RB-9』のプロデューサーの参謀としてグループの意思決定に深く関わっていたということだった。しかし、実際は運営会社の社員というだけで、送迎のバスを運転することが最も関わっていたレベルだった。そのうえ、メンバーへ個人的に連絡先を交換しようとしてセクハラで解雇されていた。

 その事が判明してから、プロデューサー派の3人が次々とセクハラ被害を訴え始め、グループは一気に瓦解した。ニュースで騒がれ、SNSは炎上、プロデューサーとは連絡が取れない状態となった。

 私は完全に絶望していた。嘘とセクハラばかりで逃げたプロデューサーにも、見て見ぬふりのマネージャーにも、プロデューサーの嘘が分かると手のひらを返して涙を流し始めたメンバーも、無駄に終わった私の努力も。全て。

 他所でやり直すモチベーションなんて微塵も残されていなかった。

 解散が決まった時、ちょうど大学入試の時期に入っていた私は夢をあきらめて進学を決めた。入学してからはアイドルになろうとは思っていない。


 大学に入学してすぐ、一人のアイドルがソロでデビューした。

 深泉彩音。『ピンキーミルク』でプロデューサー派に属していなかった、私と同じ干され組。『ピンキーミルク』という枷の外れた彼女は、圧倒的な輝きでスターダムを昇り詰めていった。

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