短篇集
草漱
連鎖的夜。
人生に於いて春に喩えられる時期といえば、私のような年代の人間ことを言うのだろう。
私、高田万里夏は今年をもって大学1年生の19歳となるのだが、今迄の人生に於いて異性を好きになったことが無かった。恋愛感情だけで言えば同性も同じく好きになったことは無い。
信頼を寄せている友人が数人程度いるだけで、その信頼から来る好きとは違うのである。このような、世間的には所謂陰キャと呼ばれる人間になった原因というものは恐らく私の生い立ちにある。
まず字を読めるようになった頃から童話や児童文学小説等を読み漁っていた典型的な文学少女であった。中でも「エルマーの冒険」は群を抜いて面白かった記憶がある。
小学生になる頃には、近代文学小説を延々と読んでいた。誰とも喋らず、遊ばず。
当時通っていた小学校のおばさん担任教師からは「本を読むのは本当にいいことだけど、友達とコミュニケーションを取るのもそれと同じくらい大切なんだよ。」と諭された記憶がある。そしてそれを意にも介さず、よだかの星を読んでいたという記憶もある。
そんな、天から将来を見込まれた私は昨年から不遇な文学少女となり、鳴かず、飛びもしない、あの時市蔵と名を改めず、空にも飛び立っていなかったよだかが、鷹につかみ殺されたような人生を送っていた。
最近は自分について知りたいことがある。
「まぁ青春なんて無くったって、文学と友達が私の近くにあればいいか!」
そう、思いながら生きていた。
□
入学から3ヶ月、流石に慣れてきた大学での授業を終え、家に帰るところだった。液晶は6時過ぎを示している。
「万里夏〜!このあとどっか行かない?」
中学からの親友、藍澤涼香である。そういえば、私はいつでもこいつの名前の字面の綺麗さを羨ましく思っている。
まぁ、どうせマックでも行くんだろう。「どうせ暇だし行こうかな。」と、二つ返事で了承する。
「おっ、どこ行く?なんか食べたくなーい?」
そうそう、こいつは昔から明るい。人との接し方も弁えてる。喋り方によらず意外とハイスペックなところがこいつと言うか人間の、見かけによらない面白さなのだろう。
「いつものマックで良くない?」
「じゃあ早く行こ行こ!」
「はーいはい。そんなに急がないの。」
私の頭はいつでも無意識に小説の文章や表現を考えている。日々の何気ない会話や景色、人の仕草全てを盗んでやろうというアンテナが立っている。
事実、それで聴力検査の結果は少し良くなった。どうでもいいか。
「私ビッグマックセットにマックシェイクで!」
「私も同じのでお願いします。」
畏まりました、店員の声がやけに機械的に聞こえた。気の所為だろう。
「ではお席にお持ち致しますので、こちらの番号札を持ってお席にお座りください。」
───
「あの店員さん、万里夏と喋り方がすごく似てたね。」
「え、私あんな機械みたいな話し方してる?」
「Siriか小峠かだったらSiriみたいな?」
意味のよく分からない質問に、
「なにそれ、意味がよくわかんない。」
と、笑いながら返す。
この日常ですら創作に昇華すれば自他共に認める私だけの人生である。あわよくば金になる。
──────────
「あ〜、美味しかった!」
「そろそろお会計する?」
「そーだね、外で話しながら帰ろっ!」
□
「…にしても本当に万里夏って勿体ないよね〜…」
「折角可愛いのに無愛想なんてさ〜、勿体ないよ。」
「これでも表情とか作る練習してはいるんだけどね…。」
「なに、やっぱり気にしてたの?可愛いじゃん全く〜。」
「やめよ、この話。」
────
「じゃあね〜!」
「うん、じゃあね。」
涼香の家の前で別れてから、私は家の方角に真っ直ぐ突き進む。
丁度夕陽が沈む方角なのだが、この道を歩くといつも考えさせられる。
この道の先に夜があり、そして朝が来る。また夜が来る。朝が来る。たまに寝坊して、夜が来る。それを繰り返すうちに季節は過ぎ、年老いて。
私の人生に於ける春もいつか終わって、そして夜が来て往く────
春について考えているうちはまだまだ青いって、誰かが言っていた気がする。例えそれが家族でも小説家でも誰でもいい。
これは連鎖なのだ。
私はただ、このまま生きて、歩いて行った先の、自分だけの夜を見たい。
だから私は、売れなくとも夜を迎えるために文字を綴る。
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