第28話 やらかい
「好きな人?」
『あべのの人』改め徹也の質問に、はなえの頭をよぎったのは野球部の部長、渡瀬だった。体験入部で、キュンときた。彼女がいるとわかって諦めようとした。それでも普段の練習に打ち込む姿、試合での活躍、笑顔を見て――やはり好きだと思った。
イメージを消すように首を振る。
「いな――」
いないよ。と答えようと思った。そもそも徹也に素直に答える義理はない。
――でも、この気持ちを偽りたくはない。自分で消化できるまでは。
「……いるよ」
気持ちが言葉になった威力は強く、はなえは顔が熱くなるのを感じた。
「そうなんや」
徹也は本棚にもたれたまま、いつもののんびりとした声を出す。
「それって……僕?」
「……は?」
「あ、
顔の筋肉を一瞬中央に寄せて、いつもより冷たい声を出すはなえに、徹也が腹を抱えて笑う。ごまかしではなく、純粋に面白いと思っている様子だ。
「あはは、ごめんごめん。顔真っ赤やったし」
「あー……最近よく分かりやすいって言われる」
「僕を引き留めてくれたから、もしかしてって思てんけど。なんや残念やなー」
杏奈と誠人を二人きりにするためとは言えず、はなえは明るい声で言う。
「ナベくんは?」
「んー?」
「ナベくんは、好きな人いるの?」
はなえの言葉に徹也が細い目をキョロッと開く。思い付きで投げた会話のボールがそのまま投げ返されるとは思っていなかったようだ。
徹也は天井を仰ぎながら腕を組み、唸り始める。
「うーん……あ! おるおる。おるけど……」
言い淀む徹也に、はなえがイタズラめいた笑顔を見せる。
「私?」
「あはは、ちゃうちゃう。ちゃうっちゅーか」
「ちゅーか? どんな人?」
「んー……こう、ふわっとした
「うん」
「顔はこう、たれ目系で柔らかい笑顔でずっとおんねん。可愛いねん」
「うんうん」
「大人っぽいのにどこか抜けてて、物腰も柔らかいし。口調もおっとりで」
「うん。随分柔らかい人なんだね?」
「でも、みんなのことを気にするシッカリ者でな。お姉さんタイプやねん」
「へえ」
「で、お菓子作りが得意でお茶会に持って来ようか~なんて気がきくねん」
「……お茶会?」
「五年後の前髪パッツンも可愛いし」
「……五年後?」
「メルルたん」
「メルルたん?」
ついていけずに、はなえが首をグイッとひねる。
徹也がポケットからスマホを取り出して待ち受け画面を見せて来た。
「僕の嫁」
「……ヨメ」
「二次元やけどねー」
嬉しそうに話す徹也を見ながら、はなえは『そう言えば、試験期間中もゲームがしたいと言ってたな』と無言で納得する。あべのの人は、ナベの人で、ゲーム大好きの人だったのだ。
画面に映し出されたゲームのキャラクターは、どこかで見たことあるような茶髪ゆるふわ女子だった。お菓子作り得意って――と、ふと思う。
――杏ちゃん、そういえば今日お菓子作ってくるって言ってたなあ。
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