長谷川くんは黙らない

くまで企画

第1話 頼むで、ほんま

「なあなあ、自分、どこ出身?」


 後ろの席の長谷川誠人が話しかけて来たのは、自己紹介の後だった。教室の中は、新しい学園生活での空気感を掴もうとしている生徒ばかり。同じ出身校で固まったり、隣の席同士ですでに会話を弾ませている生徒たち、自席で石のように動かない生徒たち。彼らの中ですでに花の高校生活のスタートダッシュが始まっていた。


 知らない人間、異文化の中にいた橋本はなえは、自席で動かない生徒であった。彼女は、突然の質問に戸惑いながらなんとか返答する。


「東京……だけど」

「うわ、出た」

「うわって……」

「東京かーあれやな、自分。玉子焼きがあもないと食べられへん人間やな。なあなあ、なんで玉子焼きに砂糖入れるん?」

「知らないよ」

 誠人の口調に、はなえは圧倒されるが、彼はさらにグイグイ話しかけてくる。

「玉子焼き言うたら、あれやで。自分、言うとくけど。明石焼きあるやろ」

「はあ?」

「知らん? 明石焼き。うわ、出た」

「出たって……」

「全国区やろ、明石焼きは。頼むで、ほんま」

「頼む?」

「だし、分かる? 出汁だし。明石焼きは、言うたら、言うたらやで? 厳密にはちゃうで? 厳密にはちゃうねんけど、たこ焼きやねん。出汁につけて食べるたこ焼き。明石の名物」

「あ、明石ってあれか。日本標準時子午線のあるところ?」

「なんやそれ、美味しいんか?」

 はなえは、同級生の言葉に固まる。誠人は、瞬間、日に焼けた顔に満面の笑みを浮かべる。

「冗談やって! そこは突っ込まんと、自分。頼むで、ほんま」

「はあ……」

「明石焼きはな、明石では『玉子焼き』言うねん」

「へえ」

「出汁で食べる玉子焼き。これに砂糖入れたらどうなる?」

「え、どうなるの?」

「知らん」


 はなえは、笑顔になる。


「そこは突っ込まんと、自分。頼むで、ほんま」

 誠人は、はなえの笑顔をどう解釈したのか機嫌良さそうに続けた。そして急に興味を失ったのか、隣の席の人間に「なあなあ、自分、どこ中?」と聞いている。


 取り残されたはなえは、笑顔のまま、小さく呟いた。


「滅べ、関西人」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る