拝啓、ブルーの君へ

渋谷青

第1話 生きる理由

 この夢は何度目になるのだろう。

 酸欠の水槽に閉じ込められたみたいに息が出来なくて脈が強く打っているのが分かる。

 目の前にはあの日助けられなかった少女の姿。こちらを見透かすように見つめて笑っていた。


「_______ねぇ早く見つけて」


 相沢椿あいざわつばき、17歳。いつも少女のその一言で俺は夢から目を覚ました。

 意識を覚醒させると終電に乗り遅れまいと急ぐ人や帰宅途中のサラリーマンなど、居眠りをしている場所が駅の中だということを再確認した。

 壁に背を預けうずくまった体勢のまま眠ってしまい体中が痛かった。


「仕事だ...起きろ」


 黒スーツに布で顔を隠した男が声をかけてきた。


「...殺しは疲れるからやんないよ」

「仕事内容は中に書いてある...分かっていると思うが時間厳守だ、明日の午後までに終えろ」

「...リョーカイです」


 男は茶封筒を俺に渡すと夜の暗がりに溶け込んだ。

 封筒の中には、ある男の個人情報が事細かく記載された紙が入っていた。俺はこの男の元へ向かった。


「こんな仕事、午後なんて言わず朝方までに終わるっての」


 閑静な住宅街に男の家はあり、寝ているのか明かりはついていなかった。

 扉の鍵はかかっていたが俺には関係ない。10秒もあれば解除など造作もない事だった。


「おじゃましま〜っす...」

「こっちにくるなっ!!出ていけ!!」


 入って早々、男の怒号が振り下ろされる。こちらを威嚇する右手には拳銃が握られていた。

 家の中は滅茶苦茶に荒れ果て、戦争でもしたかのように家具はボロボロに壊れていた。


「ど、どうせお前も俺を殺しに来たんだろっ!? ...仕方なかったんだ! 会社をやり直すのに金が必要でっ」

「ふーん...老人宅に詐欺電話、風俗に飲み屋の違法経営等々...『仕方なかった』んだ?」


 資料を空中に放り投げた。男の汗がポタリと床に染み付いた。


「一昔前までは警察?とか裁判所ってのが罪を裁いてたらしいんだけど今は処刑人おれたちがそれを任されてるわけ」


 男はなにかに怯えるように発狂しながら何度か銃を発砲した。


「くっそ! くそ! くそ!!ッッこっちに来るんじゃねッ!!!」


 俺は足元にあったクッションを男の顔面に投げつけた。見事にクリーンヒットした男は床に倒れ、顔面にクッションを押し当てたまま起き上がれないように足で押さえつけた。そして腰に隠していた拳銃をクッション越しに額に当てた。

 カチャリと銃の音が冷たく響いた。


「まぁ落ち着けよ...早速本題に入ろう、俺が知りたいことは一つだけだ__________西条カオルを知っているか」


 男はもごもごと手足をバタつかせた。

 軽く足を退けると男はやっとの思いで空気を吸った。


「ゲホッ...ゴホッ...はぁはぁ...」

「質問に答えろよ、はーい3、2、1...」


 俺は引き金に指を乗せた。


「ッ知らねーよッそんなやつ!第一俺となんの関係が」

「そ、知らないなら用はない"処刑執行"」


 俺はクッション越しに引き金を弾いた。

 クッションの中に詰まっていた羽が赤くなって飛び出した。


「西条カオルを殺した犯人は俺が殺す、覚えておけ...ってもう聞こえてないか」


 ___3年前、突然謎の死を遂げた幼なじみの西条カオル。彼女は俺と同じく"裏側"の人間だった。生きる術を叩き込まれ、共に必死に生きてきた。

だがある日彼女は呆気なく逝き、俺はまだその残像に寄り縋っている。


「...待ってろカオル、ちゃんと見つけ出してやるから」


カオルを殺した犯人を探し出し謎を解き明かす。

それが今の俺にとって生きる理由だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る