第34話

 シルバーウルフの群れは8方から囲むようにほぼ同時に現れた。俺は弓を構え、時計回りに回りながら落ち着いて氷の矢を連射していった。7回転もする頃には50匹もいたシルバーウルフたちは1匹を残して死体となってそこに転がっていた。



「オリオンもようやく学んだわね!ちゃんと私の分を残せたじゃない!!」



「そりゃーもう8年一緒に組んでるからな!ちゃんと一番強い奴を残してるからちゃっちゃと倒しておいて。俺らは先に解体始めとくから。」



「その必要はないわ!こいつくらい一瞬で終わらすから。」



そういうとアリエスはシルバーウルフたちのリーダー種に無謀とも取れるほど不用意に飛び込んだ。アリエスの飛び蹴りを避け、その足に噛みつこうと待ち構えるシルバーウルフだが、アリエスは空中で体を捻り、両方の足でシルバーウルフの首を掴みとるとそのままの勢いのまま「ボキッ」と首の骨を折ってしまった。



「ねっ?終わったわ!」



「すごい!オリオンさんの弓もすごいけど、アリエスさんの空中での動きは人間技じゃない!」



「それは褒めすぎね。あれくらい実戦空手の経験者のAランク冒険者なら誰でもできると思うわ。私はオリオンほど魔法は得意ではないから、実戦空手だけはオリオンにも負けたくないの。」



「最近じゃアリエスの魔法もかなりのレベルになってるけどね!」



「そりゃーこの8年毎日命がけで努力してきたからね!」



「命がけ?」



「ずっとGPを集めながらだから、途中からは実戦で覚えていくしかなかったのよ!一撃いいのをもらえば殺される魔物を相手に、死なないように戦いながら苦手なことを覚えていくのはかなりリスキーだったわよ!」



「それくらいしなければあの神様たちの呪いを破るのは無理だっただろうしな。さらに罠が用意されてることも考えて動かないといかなかったから、1日も無駄にはできなかったしな。」



「本当に…解呪に成功したときの解放感は半端じゃなかったわ!」



「やっぱり本当に世界を救う方たちは他の転生者とは根本から違うんですね!!」



「えっ?世界を救う?俺たちはそんなことするつもりないぞ!この前も思ってたんだが、カシムはちょっと自分等を特別な存在にしたがるきらいがある。俺たちは確かに転生者だが、特に何かを成すために呼ばれた存在ではない!それどころか神様たちから道化にされる為だけに呼ばれたこの世界では異端な存在なんだ。


本来、俺たちの覚えられるようなスキルはこの世界では混乱を招く原因になりかねない危険なものばかりなんだ!それはあの神様たちですら理解してることだったんだろう。基本使わせる気はなかったみたいだしな。


俺はそれでも今後スキルを覚えていくつもりだが、その人知を超えた力を使って何かを成したり、目立つようなことをするつもりはないよ!」



「どうしてですか?せっかく異世界に渡り、チートと言われる力を得られるのに、何故それを使って何かを成そうとしないのですか?」



「逆に聞きたいんだけど、何故そんなチートを使ってこの世界を変える必要があるんだ?この世界は危険には満ち溢れてるが、別に魔王が暴れて人間を滅ぼそうとしてる訳ではない。能力や生まれで不平等なのもこの世界でなくとも同じだ。


今の王家や教会は多少なりとも悪いことは行ってるのかもしれない。だが一応は全ての民にきちんと教育を行い、平和な世の中を回している。」



「しかし、教会は俺たちのことを殺そうとしました。俺は教会を許せません。」



「この前の教会のことも、当事者からすると堪らないだろうが、何も事情を知らない以上、分からない不安分子を一ヶ所に集めてやり過ごしてたに過ぎない。


教会の立場からすれば自分等が信じる神に呪われたという子供たちが突然大量に現れたんだ。下手をすれば異端児として、地球でも昔起こった魔女狩りのようにすぐに殺されていてもおかしくはない状況だったんだ。


それを教会は何とかその呪いを一度は解呪しようとしてくれた。神の呪いであり、500万GPも解呪の為だけに必要な呪いだ!普通の人間に解呪できる訳がないんだ!!それを一応は生かしておいてくれたんだ!何とかならないか検討はしてくれていたんだ!


解呪の後、俺たちを殺そうとしたのは教会の下っ端たちの独断だ!あれは俺も許せなかったので殺したが、教会の上層部の考えは、少なくとも手の施しようがなかったが、できればどうにかしてやりたいという態度であったのは間違いない!」



「そんな…信じられない!」



「そらカシムはんがそう信じたいさかいそう考えてまうんや!実際に物事を冷静に考えたら、オリオンの言うてることの方がしっくりくるのはうちでも分かるわ!」



「まあ、そこら辺はゆっくり自分で考えていってくれたらいいと思う。俺が今絶対に伝えたいのは1つだけ!俺たちの今後覚えられるスキルは、本当に世界を変えることもできる力を得ることができる。それをどう使うかはその個人の采配となる。だが力を持つとそれを利用しようとしてくる連中も必ず現れる。


俺は力を使うなとは言わない!だが力に振り回されたり、利用されることなく、その力をコントロールする心を鍛えていって欲しい!それが俺たちの幸せになれる一番の道だと思ってるからね。」



「分からない…分かりません!!利用しようとしてくる悪者なんて、その力でねじ伏せたらいいじゃないですか!自分が悪だと思う相手は潰していけばいいじゃないですか!!」



「今カシムが言った生き方は、先日の教会の下っ端の生き方と何が違うんだろう?俺はカシムに何もかも力で押さえつけるのでなく、信頼できる人間をちゃんと選べる人間になって欲しい。そして幸せになって欲しいんだ!


今は理解できないのなら、ゆっくりでいいから考えてみて欲しい。まだ俺たちの人生はこれから長いんだ!納得できなかったら何度でも俺に意見をぶつけてくれていい!俺たちは同じ転生者であり、大きな力を持つことになる者同士その苦悩を分かち合える数少ない仲間なんだから!!」



「そんな自重ばかりの異世界転生なんて、何の面白味もないラノベじゃないですか!?俺の憧れた異世界転生はそんなものではない!!」



「ラノベは俺も大好きだ!そして異世界に憧れてた気持ちも同じだ!!だが1つだけ忘れてはいけないことがある。ラノベはあくまでも創作の世界であり、面白おかしく物語が展開していかねば読み手にはツマラナイ物語になってしまう。だが、この世界は俺たちにとってはラノベの世界ではない!魔法があろうとチートを持とうと全て現実の世界であり、たった一回限りの人生なんだ!!


俺は人生にとって一番大切なことは大好きな人たちとの当たり前の平穏な日々なんだと考えているんだ!!俺もこの世界でアリエスと出会って、一緒にいるだけで幸せだと感じられるようになったからこそ、この考えになったんだけどね。きっとカシムもそういう人と出会ったとき、俺の言ってたことが理解できると思う。


それまではたくさん考えて、たくさん悩んで、幸せに近づけばいいさっ!それまでにカシムがどんな選択をして失敗しようと、俺たちはカシムが幸せに近づけるように努力を続けることを約束する。


ただし俺の家族や他の仲間に害を成そうとしたときは、俺は容赦しない!言い訳も聞かずに一方的に殺すけどな!!」



「それじゃーオリオンさんも結局最後は力を振るうんじゃないですか!それと何が違うというんですか?」



「一緒に思えるのならそれはそれでいい。カシムがゆっくりと成長しながら、いつか今日話したことを思い返してくれれば俺は嬉しいよ。」



「……。」




カシムはそれからしばらく何も喋らずに黙っていた。俺の価値観を押し付けても理解できないだろうとは予想していた。でもいつか少しでも理解してくれれば嬉しいし、カシムが幸せになれるようできる限りはこれから手助けはしていくつもりだ。


その為に今はカシムが望んでいるGP集めの手助けをしながら、親交を深めていくのも悪くないと思っている。




 シルバーウルフの解体を行い、素材の毛皮と牙を収集し終え、森を出ようとした俺たちの前に現れたのは5人の刺客だった。顔には深々とフードを被っていて顔は見えない。



「カシム王子とオリオンという少年の命をもらいにきた。女は黙って去るのならば見逃してやる!」



「優しいのね?でもオリオンは私の夫よ!夫を殺すと言われて私だけ逃げる筈がないでしょ!」



「そうか夫婦か…ならば夫婦仲良く神の身許に送ってあげるのが優しさであろう。」



「メネシス、見逃してくれるっていうんだ。お前は逃げろ!おそらくあの5人は全員が俺よりも強い!」



「嘘!ほんまにうちは逃げてもえーの?」



「指令にないからな。逆らわねば、我らはお前を殺す理由はない。」



「ほんまに逃げるで!」



メネシスが王都に向けて駆け出したが、5人の刺客は何の反応もしなかった。



「本当に逃がしてくれるなんて優しいんだな?」



「我々は神に仕える者、無益な殺生などしない。」



「神か…何故教会が俺たちを狙うんだ?」



「それはお前たちの方がよく分かってる筈だが?先日の決起集会に我々は潜んでいたのだ。それだけで理解できるだろう。」




そうか…あの時点で既に目を付けられていたのか。弱ったな…他の4人はともかくあの代表で話してる男どう見てもギルマスレベルの化け物だ…まともにやっても勝ち目がある筈がない。逃げるにしても、カシムにはとても無理だ。


もう奥の手を使うしか思いつかない。


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