Act.38:精霊王の力


「やはり、かなり狭くなってしまってますね」


 下に見える、精霊の森フォレ・エスプリ……わたしたちが調査をしていた場所を見下ろしながらティターニアは呟く。

 それに釣られてわたしたちも下を見る。地上に居る時は、半径三キロと言うのは結構歩くのもそれなりの距離があったと感じていたが、この高い位置から見ると当たり前ではあるけど小さく見える。


 そして、そんな森を囲う暗黒な世界。流石にこの高さだと、あの小さめの魔物を見る事は出来ないが、まあ、居るんだろうね。


「んぅ……」

「おや、お二人が目を覚ましたみたいですよ」

「ん」


 一緒になって森を見下ろしていると、後ろから呻き声のようなものが聞こえ、振り向けばさっきまでずっと気を失ったままだったラビとララが目を覚まし始めていた。


「あれ……ここは? って、空!? お、落ちます!」

「ラビリア様、落ち着いて。良く見ると分かる」

「え?」


 まあ、いきなり空中で目を覚ましたらそりゃあ驚くし、落ちると思うよね。悲鳴のような声を出していたラビをララが宥める。


「これは……」

「どうやら、ボクたちは浮いているようだね」

「そうみたいですね、失礼しました。所で……」


 落ち着いたラビはちらりと、わたしたちを見た後、ティターニアの方を見る。


「どちら様でしょうか……あれでも、この感覚……」


 今まで気を失っていたので、ティターニアの事は知らないか。知ったら知ったで更に驚きそうな気はするけど言わない訳にもいかないだろう。

 そんな訳で、わたしたちは、目を覚ましたばかりのラビとララに現状を伝えるのだった。






「精霊王様……」

「そんな畏まらないで大丈夫ですよ。エステリア王国の末裔さん。私の事は気軽にティターニアでも、ティタでもお好きに呼んでもらって結構ですよ」

「それは……いえ、それならば。初めましてティタ様、私の名前はラビリア・ド・エステリア。エステリア王国の第一王女をしていました」


 そう言って、カーテシーをするラビ。

 カーテシーで良いんだよね? そこあまり詳しくないからなあ……とりあえず、身分の高い人とかの女性が挨拶する時のあれである。


「そして、記録者スクレテールとしてはラビリア・ド・アルシーヴ・フェリークと申します」

「懐かしい感じとは別に、何か違うものも感じましたが、なるほど……記録者スクレテールでしたか」


 何処か興味深そうにラビを見るティターニア。

 記録者スクレテール……妖精世界の事を記録する、ランダムに選ばれる謎の職種。いや、職種って言って良いのか分からないけど。記録者スクレテールについては、ティターニアも知ってそうだった。


記録者スクレテール……もまた懐かしいですね。それは置いておきましょうか」


 記録者スクレテールも懐かしい? あれ今何か結構大事というか重要そうな事、言ってなかった? ティターニアを見ると、わたしが見るのを先読みしていたのか口に人差し指を当ててウィンクをしてきた。


 つまり、今は秘密、もしくは内緒って事かな。うん……間違いなく何かに関わってそうだ。


「事情は先ほどの説明で理解しましたが……どうするんですか?」

「魔力は頂けたので、これから精霊の森を再生させます」

「再生……そんな簡単に出来るのかい? いや出来るんだろうね……精霊王様なのだから」

「ふふ、まあ見ていてください」


 ラビは結構あわあわしていたけど、ララはそんな事なく、ティターニア相手にいつも通りに話している。何と言うか、結構肝が座っているというか……。

 本人がそう言っているのだからっていうのもあるだろうけど。わたしもティターニアって呼んでるし……。


「集え精霊よ、我が元へ」


 無数の光がティターニアの周りに集まって行く。その光景は思わず、息をのむほど幻想的なものだった。あの光はもしかすると、精霊なのかもしれない。

 精霊王たるティターニアの元に集っている……そういう事なのだろう。


「大地の恵み、自然の力……失いし自然を今ここに。再生せよ、我が名は精霊王ティターニア」


 ティターニアの言葉と共に、地上には大きな魔法陣が姿を現す。未だに無事に残っている森は愚か、その場所を含み、かなり広範囲に渡って魔法陣の範囲内に収まっている。

 それだけではなく、わたしが『メテオスターフォール』を使った時のように、魔法陣が上空にも出現する。こちらも、かなりの範囲だ。何となくだけど、下の魔法陣を同じ大きさなのではないだろうか?


「これは……凄まじい魔力だな」


 魔法の反動なのか、風がびゅうびゅうと強く吹き荒れている。ティターニアが今使おうとしている魔法が何なのかは分からないけど、普通ではないのは確かだ。


「――レズュレクシオン」 

 

 静かにティターニアが唱える。

 すると、一瞬だけ音が世界から消えたような感覚に襲われ、少しすると音が戻って来る。空と地上に描かれた魔法陣は輝きだし、空の魔法陣は覆っていた黒い雲を吹き飛ばし、地上の魔法陣は荒廃した大地を輝かせる。


 そこからはもう圧倒的と言うか凄まじいとしか言えなかった。

 魔法陣の範囲内の大地を、緑に変え、枯れていた木は元気を取り戻していく。枯れ木すら残らず消えてしまった木も、その姿を取り戻し、再生していった。

 空は黒い雲が消え、暖かな日差しが暗闇だった大地を照らす。


 言葉通り、精霊の森はティターニアの魔法によって再生を果たしたのだった。


「ふう。上手く行きましたね」


 そう一息つくティターニア。


「もしかして、この範囲が……」

「お察しの通りです。精霊の森の全貌と言うか本当の広さです」

「広いね」

「ふふ、まあ、広いのは認めますよ。精霊たちもどうやら元気を取り戻したみたいです」

「え?」


 ティターニアの視線の先をわたしも見れば、光の玉のようなものが森に無数に確認できた。その影響なのか、森全体がキラキラしているように見える。


「本当にありがとうございました。リュネール・エトワール。精霊王として感謝します」


 そう言って、深々と頭を下げるティターニア。ちょ……あなた精霊王でしょ! そんな頭下げて良いの?


「精霊王でも、礼儀は忘れませんよ。国王だって感謝する時はするでしょう」

「ん……わたしの国に国王は居ないから分からない」


 まあ、物語の中では良く登場するけど。確かに国を救ってくれた主人公たちとかに非公式の場では、頭を下げるシーンとかが結構あるし。


「そうなのですね。なるほど、別世界には妖精世界の常識は通用しませんか」

「ん。それ言ったらこっちの世界での常識も妖精世界では通用しないよ」

「こうやって別世界の方と巡り会えたのも、奇跡なのですかね」


 奇跡なのかな? でもそう言う事にしておこうかな。それに、ラビに会えたから、ララに会えたからこそ、こうやって別世界に来れている訳だし。

 別世界に来ている……中々凄い事だよなあ。


「それにしても、あなたの魔力は凄まじいですね。まだまだ私の中に残ってますよこれ……何か魔力の回復速度も何処か上がった気がします」

「そうなの?」


 魔力量が異常なのは自覚しているけど、回復速度が上がるってどういうこった。


「はい。と言っても、体感ですけどね」

「ふむ……」


 良く分からないが、わたしの魔力は他にも可笑しい所があるのかもしれない。本当、自分自身が怖いなこれ。


「あなた方のお陰で精霊の森は再生されました。これほどの魔力が戻れば、そう簡単には同じようにはならないでしょう。本当に感謝します」

「ほとんどはリュネール・エトワールだけどね……ボクとラビリア様はさっき目を覚ましたし」

「あ、頭を上げてくださいティタ様。私たちは何もしてませんし……ララの言う通り全部リュネール・エトワールのお陰です」

「そうねえ……私は空気だったし」

「そうですか? ですが、この世界へ連れて来てくれたのはあなた方です」

「それはそうだけど……」


 この世界に来れたのはララのお陰である。

 ララがゲートと言う魔法を使ったからこそ、地球とこの妖精世界を繋げる事が出来たんだし。ゲートを知らなかったら多分、行き方の時点で手詰まりだったと思うし。


「お礼と言っては些細なものですが……私たち精霊はあなたたちに協力しましょう」

「え?」

「ふふ」

「でも、ティターニアはこの森を維持するのに忙しいのでは」


 いくら、魔力回復したとはいえ維持する必要はあるよね。


「今回の魔力で、精霊の森は完全に再生しました。植物や精霊たちが完全に復活しましたので、魔力の循環も正常に戻るはずです。そう簡単には魔力は消えないでしょう。そして、魔力に惹かれる魔物を近寄らせないために張っていた結界も張り直したので、しばらくは問題ないと思います」

「魔物がこの森に近付かなかったのは……」

「結界のお陰ですね。森を維持するための力と、魔物を退けるための結界。二つを私が何とか維持していましたが、今回ので他の精霊たちも元気になりましたので彼女らに任せても問題ないでしょう。だからと言って、私が精霊の森から完全に離れると言う訳ではありませんけどね」

「なるほど」

「そういう訳で問題無いですよ。是非お礼させてください」


 精霊王ティターニアが仲間になった! とかいうテロップが流れそう。

 でもこれは大きな一歩だ。一歩所か数百歩くらい進んだのではないだろうか? わたしたちの目的はこの妖精世界の再生。ティターニアの力を借りればもしかすると。


 取り合えず、まずはこちらの事情を話さないとね。



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