Act.19:災厄の大晦日①


「お兄はまだ部屋から出てないんだね」

「そうね……」


 12月31日……今年最後の日を迎える。

 私はラビと一緒にリビングに座り、テレビを見ながら昨日の出来事を聞いていた。お兄はそんな出来事があった時からずっと部屋に閉じ籠もっている。

 と言っても、お兄のことだから夜とかいつもの週間もあるし見回りに行ってそうだけどね……一人にしてと言われたようで、昨晩ラビは私の部屋にやって来た。


 話を聞くと、願いの木が発動した時の光と魔力がお兄が光った時のものと一致してたみたいで、あの姿になってしまった原因はお兄自身にあるという可能性が高くなったとのことだった。


 つまり、お兄が望んでいた姿という事になる。

 それを聞いたお兄は百面相を見せていたという。ラビはそんな取り乱したお兄を静止させ、冷静さを取り戻させたようで私も安堵した。


「まだ確定とまでは言えないんだけれどね」

「でも、確率は高いんでしょ?」

「ええ。あそこまで一緒なものが同時に発動したのはそれくらいしか考えられないわね。ただそうなると別の疑問もあるのよね」

「それってあれだよね。お兄は5年前以来行ったこと無い……何でそんなお兄が願いの木の効果を受けたのかっていう」

「その通りよ」


 何でも願いの木は、その木の下で願うと叶うとされているらしくて、普通なら離れた場所から願っても意味がないみたい。お兄は私が告白した5年前以来、訪れた覚えはないらしい。

 それが本当かどうかは分からないけど、少なくともラビの過去を見る魔法によって分かったのは、その光った日にお兄は願いの木の場所には行ってないということだね。


 それなのに何で発動したのか、それが謎とラビは言っていた。


「ほぼ同一だったから発動したのは多分間違いないのよね。でも、司は願いの木には行ってない……そこが分からないのよねえ」


 妖精書庫でも、願いの木はその木の下で願うのが基本となっているみたいなんだよね。でもお兄は木の下には行ってない。それならどうして発動したのかが、ラビにもわからない。それが現在の状況。


 妖精書庫は最初見た時は凄く驚いた。まるで幻想世界に入ったかのような場所で、流れていた川や天井から流れている水も全てが本物だった。天井はガラス張りになっていて、優しい光が差し込んできていた。

 天高くまで届く本棚に、それぞれにぎっしりと保管されているたくさんの本。その本一冊一冊に様々な妖精世界の伝説や、出来事、歴史などの情報が詰まっているとラビは言ってた。


「誰かが願った可能性もあるけれど、高台で過去を見た時に願っていた人影とかは見当たらなかったわ」

「そんな事言ってたね、そういえば」

「そうなのよね」

「でも願いの木の下で願うのが基本ってだけで、叶わないっていう根拠も無いんだよね?」

「ええ。少なからず願いが叶ったという事実もあるって言ったわよね?」

「うん」

「それらの例は全て木の下で願った場合しか無いわ。あくまで例がないだけで本当は離れていても発動するかも知れない。でもその例はない。と言っても、説明には基本的には木の下で願うってだけしか書かれてないわ。そもそも、願いの木は妖精世界でも結構謎が多いものだったしね」


 基本的には、とだけ書かれてるだけで近くに居ないと叶わないと言う記述もない。それはつまり、離れていたとしても何らかの条件で発動する可能性もあるっていうことだよね。

 私はあまり詳しくはわからない。ただラビの居た妖精世界は滅んでしまい、今や草木も生えない場所となっているって聞いてる。別世界と言われてもあまりピンとは来ないけど、ラビという存在が実際目の前に居るわけだ。


 正直、スケールが大きすぎて一般人な私には理解が追いつけてない。ただお兄が魔法少女となっているのは紛れもない事実だけど。


 そんなお兄が昨日から部屋に閉じこもったっきり。

 いきなり、その姿になったのは自分自身が原因と言われれば、戸惑うのも無理はない。私がお兄と同じ立場だったら、多分同じような事になってたと思う。


「お兄、大丈夫かな」

「大丈夫だとは思うけれど……ね」


 部屋にいるお兄のこと考えながら、私はそうつぶやいた。




□□□□□□□□□□




 ――遡ること一日前の夜。


「……」


 自分の部屋にあるベッドの上に、仰向けて倒れながら天井を見上げる。今この部屋には俺一人しか居ない。というのもラビには一人にしてと言ったからでもあるけど。


 俺が願った姿。

 嗚呼、認めよう。俺は心の何処かでこの姿だったら良かったのにと願っていたのだろう。それも冗談とかではなく、本当に。それなら今までの関係も壊さずに済むから。


 元より兆しはあったんだ。

 徐々に自分の中が変わってしまっていくような、そんな感じ。それは怖いとも思ったし、そのまま変われれば良いな、とも思った。


「はあ」


 俺は近くにあったデバイスを手に取り、画面を覗き込む。電源を入れてないその真っ黒な液晶に映っているのは、銀髪金眼の少女。


「わたし、か」


 電源を入れると、画面が光りさっきまで映っていた少女は見えなくなる。


「もうこんな時間……」


 思ったより一人で色々と考えてしまっていたようだ。真白もラビも心配してるだろうか……取り敢えず、いつも通りの見回りに行く時間だな。


「――ラ・リュヌ・エ・レトワル!」

『SYSTEM CALL "CHANGE" KEYWORD,OK――LA LUNE ET L'ETOILE――』


 ふわりと宙に浮く感覚。真っ白に染まる視界……もう見慣れた変身。


『SYSTEM CALL "CHANGE" SUCCESS!!――GO!』


 変身完了の音声が流れ、俺は静かに窓を開ける。ハイドの魔法を使用し、姿を消した後窓から外へと飛び出る。

 一旦落ち着いたとは言え、未だに茨城地域の全体の魔物の数は多い。そして県央の上空を陣取るクラゲはまだ滞在しており、本当何が目的なのか分かってない。

 テレビでもまだ上空に魔物が待機しているって事が報道されていて、魔法少女と魔法省、防衛省等が監視を続けている。最初はSクラス魔法少女のホワイトリリーを待機させていたが、流石に一日中監視させる訳にも行かないので交代制となってるようだ。


 本当はSクラス魔法少女を交代で待機させるべきなのだが、知っての通りこの地域にSクラス魔法少女は一人しか居ないのでAクラス魔法少女が数名程選出されてる。

 もしクラゲが攻撃してきたら大変だしな……一応魔法省のデータでは脅威度Sとされている。なので、本来はSクラス魔法少女が一番なんだけどさっきも言った通り、一人のみしか居ないから仕方がない。


「スターシュート」


 さて、見回りをしていると魔物を発見する。魔法少女が居ない事を確認し、星を飛ばせばこれもまたもう見慣れた星のエフェクトの爆発とともに、魔物は消え去る。

 これは多分脅威度B以下かな? いやもっと低いかも知れない。ラビは居ないから推定脅威度とかも不明だが、一発で撃沈した感じでは弱い魔物だったのかな。


「スターシュート!」

「スターシュート!!」

「スターシュート!!!」


 次々に魔物はスターシュートの魔法の犠牲となっていく。魔石の回収も行い、次の場所へ。

 ただ、自分でも分かるくらい声が荒くなっている。多分、俺はまだ迷っているのだろうと思う。色々考えすぎて疲れていたのもある。


 色々と鬱憤を晴らしたいというのもあるのだろう。自分の事だから良く分かる……これは宜しくないっていうのも自覚している。だけど今だけはちょっと許して欲しい。


 未だに上空にいるクラゲの魔物は何をしてくるか分からない。それに以前の嫌な予感もまだある。それは何となくではあるけど、明日……大晦日にやって来そうな気がしているのも事実。


 備えないといけないんだろうが、何をどう備えろという話だ。とにかく今は、こうやって魔物を処理するくらいしかやれることはない。




 ただの気にしすぎでありたい。


 しかし、現実というのは無情であり、嫌な予感の正体をすぐ知ることとなった。

 

 だが、この時の俺が知る由もなかったのだった。





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