いちゃらぶ、所望します! 3

 そのお言葉に私が目をぱちぱちと瞬かせていれば、旦那様は私の頬に手を当ててくださった。彼の手が、熱いような気がする。


「その……こんなことを、言っては何なんだが」

「……はい」

「シェリルにそう言ってもらえて……嬉しいんだ」

「……え?」


 私が驚く。それに反応するように、旦那様は顔をプイっとそむけてしまわれた。……心臓が、うるさい。どくどくと早くなる鼓動。私の顔にカーっと熱が溜まっていく感覚。


 重くない。重くないんだ。むしろ、嬉しく思ってくださるんだ。


 そう思ったら、何とも言えない気持ちになった。


「シェリル。……今日は、ゆっくりしよう、な?」


 旦那様がそうおっしゃって、私の身体を自身の方に引き寄せてくださる。身体が密着して、何とも言えない感覚だ。……やっぱり、好きだ。


「旦那様……」

「あ、あぁ」


 自然と上目遣いになりながら、彼の顔を見つめる。そのまま目を瞑れば、旦那様が大きく息を呑まれたのがわかった。……ちなみに、いつまで経っても口づけはない。


「……シェリル、その、だな……」


 旦那様が言い訳のような言葉を紡がれる。……サイラスさんは言っていた。旦那様はヘタレだと。クレアとマリンも言っていた。旦那様はヘタレだと。


 ……確かに、このシーンで口づけしてくださらないのはヘタレ以外の何者でもない。……バカ。


(それとも、私に魅力がない……?)


 一抹の不安がよぎり、私は旦那様から身体を離した。すると、旦那様が戸惑うように視線を逸らされる。そんな中、私はテーブルの上に置いてあるクッキーを一枚手に取る。そして――旦那様の口元に押し付けた。


「シェリル……?」

「はい、あーん」


 せめて、これくらいは良いだろう。その一心はようやく旦那様に伝わったらしく、彼は小さく口を開けてクッキーを噛まれた。そのまま咀嚼して、飲み込む。……私の手元に残ったクッキーは、私自ら口に運ぶ。ほのかに甘くて、美味しい。


「なぁ、シェリル……」


 本当に、どうしてここまでして手を出してくださらないのか。そう思いつつ、私はふててしまいそうになる。……確かに、確かに旦那様から見れば私は子供かもしれない。でも、一応妻なんだから――……。


 そう思ったら、私の口は自然ととんでもないことを口走る。


「……押し倒しましょうか?」

「……はぁ!?」


 もう、この際私から押し倒すしかないのでは……?


 そんなことを思うと、私は自然とそう言ってしまった。彼の身体の上に乗ろうとすれば、ほかでもない旦那様に引きずり降ろされた。


「シェリル。そんな、勝手に……」

「だって、旦那様、手を出してくださらない……」


 そりゃあ、結婚したのだから挙式の日の夜。形式的なことはシた。だけど、それだけ。それ以外は……このお方、ちっとも私に触れてくださらない。


「あのな、シェリル」

「旦那様にとって、私は子供ですか? 女としては、見れませんか?」


 重い女の次は面倒な女になっていた。旦那様は私に自他ともに認めるほど甘い。だから、調子に乗っていたのかもしれない。あと、純粋に寂しくてわがままを言いたくなったのかもしれない。


 自然とぽろぽろと涙を零していれば、旦那様は露骨に慌てられる。が、すぐに私の身体を抱きしめてくださった。そのぬくもりに、心が落ち着いていく。


「……女としてみないとか、そういうことじゃ、ないんだ」


 その後、旦那様は静かにそうおっしゃった。……じゃあ、どうして手を出してくださらないのか。そう問いかければ、旦那様はそっと視線を逸らされた。


「シェリルの身体に、負担が大きいだろ? だから……あんまり、な」

「それ、って」

「その……痛い、だろうから」


 確かに、あの時はハジメテだったから痛かった。それに、思わず泣いてしまったくらいだ。でも、二度目ともなれば痛みもない……と思う。


 そう思うからこそ、私は旦那様の唇に自ら口づけをする。驚かれたのか、旦那様は目を見開いていらっしゃった。


「もう、大丈夫です」

「……おい」

「……安心しました。旦那様が、私のことを子供として見ていないんだって」


 ふんわりと笑ってそう告げれば、旦那様はぼそぼそと言葉を紡がれる。……一体、何なのだろうか。そんな風に思って私がきょとんとしていれば、旦那様はおっしゃってくださった。


「シェリル以外は、女として見れないから」


 と。


 この後、どちらともなく口づける。


 それからは……また、追々。世にいう秘密という奴だ。

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