第34話 シェリルとギルバートの視察(7)
その真っ赤な短い髪は遠目から見てもよく分かった。その姿に、嫌な記憶の数々が脳裏をよぎる。でも、負けないと私はそちらに視線を注ぐ。そうすれば、彼の顔がしっかりと見えた。
何処となく精悍な顔立ちは、騎士と言っても過言ではない。なのに、何処となく儚げな印象さえも持ち合わせている。そんな彼は、私の方を見て口元を歪めた。
(……エヴェラルドさ、ま)
彼のその歪な笑みを見た瞬間、背筋に冷たいものが落ちたような感覚に苛まれてしまう。それを振り払うかのように首を横にゆるゆると振って、私は彼に向き直った。
「……シェリル様?」
ソフィちゃんが私のワンピースの袖を握って心配そうに顔を見上げてくる。そのため、私はにっこりと笑ってターラさんに「すみません、知り合いがいましたので、お話してきても構わないでしょうか?」と出来る限り優しい声で問いかけた。
「え、えぇ、それは別に構いませんが……」
ターラさんのその目は私の言葉を疑っているようだった。でも、肯定の返事をしてくれたので躊躇う必要はなくなった。だからこそ、私は彼の方に近づいていく。
近づけば近づくほど、彼の顔がまるで苦痛に耐えているかのような表情になっていく。彼のその鋭い赤色の目をまっすぐに見つめ、私は少し間をあけて「エヴェラルド様」とゆっくりと彼の名前を紡いだ。
「あぁ、シェリル様。どうも、お久しぶりですね」
私が声をかけると、エヴェラルド様は何でもない風に肩をすくめてそう言った。あまり覇気のないような、優男風の表情だ。けれど、私は先ほどの彼の表情を見ているし、彼の本性をよく知っているつもりだ。なので、「……エリカは、ここにはいませんよ」と言う。
「どうして、僕がエリカ様を……」
「……貴方、エリカを追いかけまわしていますよね?」
疑問形だったけど、その声にはしっかりとした確信の感情が含まれていたと思う。私がじっと彼のことを見据えれば、彼は「……どうして、そう思われるのですか」と言う。
「……だって、貴方はずっと昔からエリカに執着していたではありませんか」
手を握りしめて、私はそう告げる。
エヴェラルド・パルミエリ様。彼は私とエリカのいわば幼馴染だ。彼は幼少期からエリカに執着し、エリカと結婚しようと必死だった。でも、エリカはエヴェラルド様のことを相手にはしなかった。理由は簡単。――私の元婚約者であるイライジャ様よりも身分が劣っていたから。
そもそも、エリカは私より上では無ければ両親からひどく責められていた。そういうこともあり、エリカはイライジャ様よりも上の身分を持つ男性、もしくは同等の男性を捕まえようと躍起になっていた。まぁ、結果的にイライジャ様を私から奪うという選択を取ったのだけれど。
「一つだけ言わせていただきます。エリカは、貴方の行為に迷惑しています」
きっと、昔の私ならば。このお方を前にして、こんな風に強気にはなれなかったと思う。しかし、私はリスター伯爵領に来て愛されることを知った。絶対的な味方を得た。だから……負けない。
(私が、エリカのことを守るのよ)
そう思い手のひらをぎゅっと握りしめていれば、エヴェラルド様はただ黙り込まれた。けれど、私の方に一歩を踏み出すと――。
「――っ⁉」
私の頬を、思いきりぶった。
その衝撃によろけ、私はその場に倒れこんでしまう。遠くから悲鳴が聞こえてくる。多分、ターラさんの声だ。
「……お前が、お前が悪いんだ」
そして、エヴェラルド様はこれでもかと言うほどの恨みを込めたような声で、私を罵倒する。その目は明らかに私のことを見下しており、これが彼の本性なのだとよく分かった。
「……エリカ様が、エリカがっ! 僕を選んでくれなかったのは、お前が悪いんだっ!」
私の胸倉をつかみ、大きく揺さぶりながらエヴェラルド様はそうおっしゃる。その目には怒りの感情がこれでもかと言うほど含まれていて、私は一瞬だけ怯んでしまう。だけど、ここで怯えては負けだ。そんな風に考えて、私はエヴェラルド様のことを思いきりにらみつける。
「お前が、お前がっ! あの男のことをつなぎとめていれば、エリカはいずれ僕のものになったのにっ!」
『あの男』とはイライジャ様のことだろう。……彼は、何もわかっていないのね。
「言っておきますが、たとえイライジャ様が私のことを好いていたとしても、エリカは貴方のことは選びませんでしたよ」
凛とした口調で、強い口調で。私はエヴェラルド様に真実を告げる。
もしも、イライジャ様にエリカが振られていたら。彼女はきっと別の男性を探した。せめて、公爵家の令息を捕まえようとしただろう。……それほどまでに、エリカは両親に怯えていた。
「何が、何がわかるんだっ!」
エヴェラルド様が、思いきり手を振りかざす。……わかっていないのは、そっちじゃない。
「――エリカが、エリカがどれだけ苦しんでいるのか、貴方にわかるわけがないっ!」
せめて、殴られる前に。自分の気持ちを伝えよう。そう思って私は思いきり叫んだ。
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