第33話 シェリルとギルバートの視察(6)

 その後はターラさんの案内で町のいろいろな場所を回った。


 ソフィちゃんとティナちゃんは途中から私になついてくれたらしく、いつの間にか私にべったりに。ターラさんはそれを苦笑を浮かべながら見守りながらも「申し訳ございませんねぇ……」と謝ってくる。


「いえ……子供は、好きなので」


 それに対して私はそんなことを言いながら、二人の相手をしていた。


 今は町にある公園で休憩中だったりする。ベンチに腰掛ける私の両隣にはソフィちゃんとティナちゃんがいて、二人は交互に私に話しかけてくれる。そのため、退屈することはない。


「あのね、ティナは本を読むことが好きなの」


 そんな中、不意にティナちゃんがそんなことを言う。その目は楽しそうに細められているものの、その目の奥には何処となく寂しさのようなものが含まれていた。


(確かに、こういう場所だと本は手に入りにくいかもしれないわ)


 本というものはこのウィリス王国では大きな街にしかないことが多い。こういう小さな町では、大きな街で仕入れたうえで商人が売りに来る。だから、高価なものになってしまうし何よりも最新のものが読めない。


「ティナはいつか司書さんになりたいのよね」


 ターラさんがそう言えば、ティナちゃんは「うん」と言ってうなずく。


「私、いつか司書さんか本屋さんの店主になるわ。このノールズにもいっぱい本を仕入れるの!」


 目をキラキラと輝かせながらそう言うティナちゃんは、とてもまぶしい。だからかな、私は純粋にティナちゃんの夢を応援したいと思ってしまう。……本をここに持ってくることは出来ないかもしれない。だけど、流通ルートを整えることは……まだ、出来ると思う。


(ギルバート様に意見を言ってもいいかもしれないわ)


 本は教育にもいい。識字率もあがるし、何よりも領民が豊かになればそれだけ伯爵家も発展するはず。……リスター伯爵家はこれ以上発展する必要はないかもしれないけれど、そこはギルバート様のお考えだもの。


「……ティナちゃんは、賢いのね」


 そんな中、私は不意にそんな言葉を零してしまった。そうすれば、ティナちゃんは「……シェリル様も、とても賢いのでしょう?」と問いかけてくる。そのため、私はゆるゆると首を横に振った。


「いいえ。私もまだまだ勉強中よ」


 お世辞にも私は賢いとは言えない。そもそも、ろくな教育を受けていないに等しいので、同年代の女性よりも教養は劣るはずだ。それでも、ギルバート様もサイラスさんも根気強く私に接してくれている。それが……とても嬉しかった。


「私ね、いずれはギルバート様やみんなに恩返しがしたいわ。……いつか、出来るといいのだけれど」


 肩をすくめながらそう言えば、ソフィちゃんは「できます!」と言って私の手を掴んでくれる。そのまま手をつなぐと、私の身体にもたれかかってきた。


「シェリルさまはとてもおやさしいから、できます!」


 その理屈は何なのだろうか。一瞬だけそう思ったけれど、その言葉は素直に嬉しいものだった。だから、私は「……ありがとう」と言ってソフィちゃんの髪の毛を撫でる。


「こら、ソフィ、甘えてはダメよ」


 私にべったりなソフィちゃんを見て、ターラさんが軽く注意をする。それに私は「いえ、大丈夫ですよ」と口パクで伝えて、ソフィちゃんの頭をなでる。……いつか、本当にいつかのお話。私とギルバート様にも、子が出来たらこういう感じなのかなぁって。


(ギルバート様のお母様は孫を望んでいらっしゃるというし……私も、いずれはギルバート様の子が欲しいわ)


 そう思っても、まだ正式な夫婦でもないのだから今は無理。でも、本当にいつかは。ギルバート様との間に子が出来て、にぎやかな家族になりたいと思ってしまう。


「……そろそろ、行きましょうか」


 私が一人で耽っていると、ターラさんがにっこりと笑ってそう声をかけてくれた。なので、私は「はい、行きましょう」と言って立ち上がる。ノールズの視察は一日限り。時間は有限あって無限ではないから、てきぱきと行動しないと町全体を見て回ることは出来ないかも。


「ソフィちゃん、ティナちゃん、行きましょうか」


 二人に視線を合わせてそう言うと、二人は「は~い」と言ってベンチを降りる。


 そして、私はターラさんに連れられて町の外れにある農業地帯に行ってみることにした。


「ここら辺は小麦がよくとれまして……」


 ターラさんの説明を聞きながら、歩いていた時だった。不意に、うすら寒い空気を感じてしまう。思わず身を震わせれば、ティナちゃんが「シェリル様?」と問いかけてくる。


(……気のせい、だと思うのだけれど)


 この魔力の感覚は『彼』のものとそっくりだ。……ううん、王都からリスター伯爵領まではかなりの距離があるし、もしも彼がエリカのことを追いかけてきたとしても――こんな場所にいるわけが、ない。


 そう思うのに――見えた後ろ姿に、私は血の気が引くような感覚に襲われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る