第48話 エピローグ(2)

「……綺麗に、咲いたな」

「えぇ」


 ウィリスローズを育てている一角に出向けば、そこには綺麗な赤紫色のウィリスローズが咲き誇っていた。ウィリスローズはつい先日無事に咲いた。花弁は見方によってはハート型であり、結婚式とかにぴったりかもしれない。……まぁ、私たちの結婚式がある一年後までこのウィリスローズが咲いていることはないので、使う場合はまた育て直しなのだけれど。


「シェリルは……」

「ギルバート様?」


 私が我ながら上手に育てることが出来たなぁと思っていると、不意にギルバート様が何かをおっしゃろうとする。それに疑問を抱けば、ギルバート様はつないだ手に力を込められた。……だから、私も握り返す。私も、貴方のことが好きです。そういう意味を込めたつもりだった。まぁ、その意味は伝わっていなかったらしく、ギルバート様は「シェリルは、俺のことが好きなのか?」なんて問いかけてこられたのだけれど。……片想いをし始めたころから薄々わかっていたのだけれど、多分ギルバート様は鈍感。なんといえばいいのだろうか。……一度捨てられたことが、かなり根深いトラウマになっていらっしゃるとでも、言えばいいのだろうか?


「もちろん、好きです。……今、私は手を握り返してそういう意思を伝えたつもりだったのですが?」

「そう、か。……悪いな、鈍感で」


 わかっていらっしゃるのならば、いいのだけれど。そう思いながら私がにっこりと笑って「まぁ、いいですよ」とだけ返せば、ギルバート様は「……俺も、シェリルが好きだぞ」なんておっしゃる。……それは多分、今おっしゃることじゃないでしょう。今度こそ伝わってほしくて、私がジト目でギルバート様を見つめれば、ギルバート様は「……今のも、タイミングが悪かったか」とぼやかれていた。……もう少しだけでいいので、乙女心を学んでくださいね。


(けど、まさか私が乙女心を抱くときが来るなんて……ね)


 実家では虐げられ、イライジャ様とは微妙な関係を続けていた私が、まさか恋をして乙女心を取り戻す日が来るなんて。そんな日、一生来ないって思っていたのに。そう思ったら、私はクスっと声を上げて笑ってしまった。その瞬間、少し強めの風が吹き、木々や花々を揺らす。そして、少しだけ降ってきた緑色の葉っぱに、視線を奪われてしまった。……綺麗。そう思っていれば、ギルバート様は私とつないでいた手を解き、今度は私の肩を抱き寄せてくださった。……あぁ、本当にこういうの好き……かもしれない。


「シェリル。……一つだけ、訊いてもいいか?」

「はい、何でしょうか」


 改まった声音でそう告げられ、私は葉っぱに視線を向けたままそう返す。そうすれば、ギルバート様は「……今、幸せか?」と私に問いかけてこられた。……何、それ。私の今の表情が幸せそうじゃないっていうの? もしもそう見えるのだとすれば……ギルバート様は鈍感を通り越して、目が節穴ということになるのだけれど?


「……私、ギルバート様から見てどう見えますか?」


 我ながら面倒な女の質問だなって思う。それでもと思い、勇気を振り絞ってそう問いかければ、ギルバート様は「……自惚れさせてくれ、すごく、幸せそうに見える」とおっしゃった。……そう、だったらいいのだけれど。


「その通りです。……私、ここに来れてよかった。そう、心の底から思っています」

「そうか。ならば、よかった。……俺も、シェリルに出逢えてようやく幸せになれたのかもな」


 ……それならば、いいのだけれど。そう思いながら私が相変わらず降ってくる葉っぱに視線を向けていると、ギルバート様は「アシュフィールド侯爵家の元使用人たちは、大体全員うちで雇うことになった。……幸せそうな姿を、存分に見せてやれ」なんて、私が予想もしていなかった爆弾を落とされる。……そのお言葉を聞いて、私はぶっ倒れてしまいそうだった。いや、どうして?


「シェリルのことだし、使用人たちの次の職場を心配すると思ってな。……同情からとはいえ、シェリルの見方をしてくれていた人たちを、そのまま放り出すわけにはいかないだろう」

「……まぁ、そうですね」


 ……彼らは、今の私を見てどう思うだろうか。喜んでくれるだろうか? それとも、いろいろな意味で泣くだろうか? それは、分からない。それでも……まぁ、これが私たちの迎えた最高のハッピーエンドなのかな、なんて。


「シェリル。これからも、俺と一緒に幸せになってくれるか?」

「……もちろん、ですよ」


 それは、間違いない。私はこのお方のお側にいると決めた。このお方を一生をかけて支えると決めた。年の差故に絶対に好きにならないなんて思っていたけれど……結局、このお方の魅力に落ちてしまったのは私の方だったのか、なんて。


「……まぁ、俺の方が早くに死ぬだろうがな」

「ギルバート様。こういう時に、そういう不謹慎なことおっしゃらないでください」

「……そうだな」


 何故、幸せいっぱいの時にそんな死ぬとかおっしゃるのよ。そう思いながら、私がようやくギルバート様に視線を向ければ……ギルバート様は、ただ楽しそうに私のことを見つめて微笑んでくださった。そして――、


「シェリル。俺は、シェリルのことがこの世で一番大好きだ」


 と、おっしゃってくださった。……その所為で、私は「あぁ、幸せだなぁ」って思うことが出来た。


 きっと、この先もいろいろなことがあるけれど、それでも私はこのお方の側にいる。居続ける。嫌だって言っても、返品したいって言われても、いるつもりだから。覚悟しておいてほしいなぁ、と。


(ギルバート様と私の未来は、まだまだあるのだから)


 ……一緒に生きられる間は、ずっとずっと、一緒にいたい。


 そんなことを、私は強く認識した――……。


【第一部・End】

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