キンを探して

殻部

一、brothers

 鳥が鳴いている。

 スシシは空を見上げた。「空」といっても、頭上の光景の半分は都市構造群の天蓋が覆っている。その天蓋が上層の構造物ごと崩落した部分から僅かに覗ける本来の空も、今は灰色に淀んでいた。

「スシシ、ぼんやりするな」

 スシシの兄、カハルが瓦礫の山と朽ちかけた構造物が囲む周囲を注意深く伺いながら声をかける。

「鳥が……」

「ああ。近くに大きな集落があるのかもしれない。気を付けて進もう」

 空を行く鳥を見るのは珍しくないが、都市構造群内で鳥の声を聞くことはめったにない。彼らが留まる理由が都市内にはほとんどないからだ。鳴き声が聞こえたら、ゴミを出すほどの規模の集落があるか、死体が転がっているかのどちらかだ。

 スシシたちの父は「鳥は不吉だ」とよく言っていたが、そんな理由からなのかもしれないと彼は思っている。実際に不吉を告げるわけじゃない。なぜなら父が天蓋の崩落で亡くなる時に、鳥は鳴かなかったから。

 カハルは物陰の多いルートを見定め、スシシに合図すると前へと進んだ。この地区は今回初めて入ったため、慎重にいかなくてはならない。

 覗き見える空を除けば、見渡す限り都市構造群の人工物が埋め尽くしている。その多くは朽ち、崩れ、機能していない。大昔はここに数千万の人間が住み、自由に往来していたと聞くが、スシシはその光景を全く想像できなかった。

 いくつかの都市が肥大化し、融合したこの都市構造群の大きさも、兄のように端末を十分に読めないスシシはまだわかっていない。その果てに何があるのかもぼんやりとしか理解していない。だからスシシは早く文字を読めるようになりたかった。そうすれば端末も操作できるし、いろんなことがわかる。

 人間が衰退してしまったわけも。

 大きな戦争があったとか、毒が広がったとか、兄はいろいろ説明してくれたけれど、スシシにはまだ今一つ理解できていない。だからやはり、都市構造群のネットワークや人工知能に対する管理権限やアクセス権限を喪失して、全住民が都市のセキュリティによる排除対象になってしまったということも、よくわかっていない。彼にとってははじめからこうだったのだから、なおさらだ。

 なす術なく都市に排除されたのは、当時の大半の人間が都市のシステムに対抗する知識を備えていなかったからだ。都市構造群の成立前から、彼らは全てをシステムに任せてその背景を知ることなく、都市が与えるものを享受して生きることに慣れ、適応していった結果、わけもわからないまま都市に拒絶され排除された。

 それからどれくらい経ったのか。今も状況は何一つ変わっていない。人間を排除する都市も、都市に依存する以外の方法を知らない人間も。

 人間はその数を大きく減らし、貧しい生活をしながら、いまだ都市に張り付いていた。都市構造群の外で生きる術を知らないが故に。

 スシシとカハルの幼い兄弟もまた、そうやって生きている。

 都市を徘徊し、今や無意味に生産され保存されている食料、生活必需品、その他の道具や都市の残骸等を拾い集めて、生をつないでいる。彼らの日常はほぼその徘徊に費やされる。そうしなければ生きていけない。

 そしてそれは、命懸けの行為でもあった。

 カハルの足が止まった。問いかけようとするスシシの口がふさがれる。カハルの視線は瓦礫の山の谷間に向き続けたままだ。どうやらその先は瓦礫がなく、広く開けているようだった。

 スシシがそれを「巡回路」だと気づくとともに、地響きが聞こえてきた。

(マワリだ……!)

 二人は速やかに、構造群の外壁を剥がして作ったコートのフードを被り、瓦礫の中にうずくまる。

 コートは表面がでこぼこしているうえ、いびつにあつらえてあるので、被ってうずくまると人のシルエットには見えなくなる。おまけに耐熱性なので、体温も透かさない。

 視覚で人間を検知するマワリには有効だ。

 マワリとは、未だ機能し続ける都市構造群のセキュリティを担う自動機械の一種だ。無限軌道を足に持つタイプで、巡回路と呼ばれる障害物を排した固定ルートを定期的に移動している。もしあれらに捕捉されれば――銃撃か警報か、その個体の装備にも寄るが――一巻の終わりだ。

 都市のセキュリティは、そもそもは犯罪者や都市外の敵対者を見つけるための機構だったのだろう。それだけ勢力争いの絶えなかった時代の名残りだ。そして今や、安全登録が解除された人間全てを対象としている。

 この、人間の管理から離れても未だ機能し、人間を警戒し続けている自動機械こそが、都市で細々と生きる人々の最大の脅威であり、その行動をがんじがらめにしている。

 無限軌道の振動が聞こえなくなると二人は体を起こした。スシシが巡回路の様子を伺おうとすると、カハルがフードを掴んで引っ張った。

「バカ! 一台だけとは限んないんだぞ。初めての所は慎重に行けって言ってるだろ」

「あ、そうか……。でも、あっち行きたいね」

 スシシが巡回路の向こう岸を指す。こちらほどには瓦礫の山はなく、崩れていない建物が幾つも見えた。

「ああ。特に手前の平たい建物は倉庫っぽいな。何かあるかもしれない」

「“キン”あるかな!」

「“キン”はないだろ。あれはもっと立派な構造物とかにあるもんだ。よくても食料だろう」

「食料もいいね! そろそろ足りなくなってきてるから。でもどうするの?」

「こんな時のために連れて来たんだろ」

「あ『チビスケ』!」

 二人は同時にザックを下ろすと、中から彼らの頭くらいの灰色のキューブ状の物体を取り出した。

「おいチビども、起きろ」

 平らな地面に置いてポンポンと二度叩くと、それは黄みを帯びた明るい色に変わり、二倍の大きさに膨れだした。さらに底面から太く短い棒状の突起が幾本も生えてきて、それを支えに立ち上がる。似たような突起が側面からも一対づつ伸び、最後に正面から楕円状の黒い「目」が二つ開いた。

「窮屈じゃなかった? 動ける?」

 スシシが撫でると、その物体は屈伸するような動きで反応した。

「こいつらはこうやって運ぶようにできてるんだから、窮屈なわけないだろ」

 カハルが淡白に言う。

 二人が「チビスケ」と呼ぶこの物体は、人が繁栄した時代に作られた人工生命の子孫だと、兄弟は父から聞いている。ある程度の知能を有し、人に従順な性質を持つ。おそらく都市のシステムに従属する自動機械とは別に、人間が直接所有していた使役用、愛玩用の生物だったのだろうと父親は言っていた。

 人間の衰退後、くびきを解かれたこの人工生命は、野生化して生き延びることになった。数だけで言えば今や人類より繁栄していると言っても過言ではない。その最大の理由は、自動機械や都市のセキュリティが彼らには反応しないということにあった。

「おい、チビスケども。オーダーだ。あれを見ろ。あの建物にお前たちだけで行って、中にある有用なものを持てるだけ持って帰ってこい。優先順位は、食料、医療道具なんかの生命維持用品、工具……いや、食料の次にこの区画の情報がわかるものだ。いいか?」

 カハルが命じると、チビスケたちは側面の突起――腕にあたる――を振り上げて、上部の面に「○」の記号を表示させた。了解した、というサインである。

 コツはいるが、今でも懐けば彼らは人間のオーダーに従う。彼らの特性は、使役する者の生存に多大なアドバンテージを与える。兄弟が二人だけで生き延びられているのも、この貴重なカードを持っているからだった。

「何か見つけるまで帰って来るなよ。俺たちは日が落ちるまでに帰るが、間に合わなかったら置いていく。ほら行け」

「気を付けてね。ケガしないでね」

 二体のチビスケは、脚部にあたる突起群を器用に動かして巡回路を渡っていく。移動速度は人間並みだ。

「いつまで見てる。あまり顔を出すなと言ったろ」

 心配そうにチビスケを見送る弟を、兄がたしなめた。

「さて、俺たちはどうするか。しばらくここにいて、自動機械の巡回パターンを観察するか、それとも別のルートを探索するか。南はすぐ隔壁だから、行くなら北だけど……」

「巡回路から離れずに移動すれば、両方できるんじゃない?」

「それはそうだが、移動中にマワリに見つかるリスクもあるからな」

「そっかー。でもあんまり離れすぎると、戻ってきたチビスケとすれ違っちゃうし……」

 カハルはしばらく考えていたが「よし」と決断した。

「スシシは待機してここで自動機械の動きを見てろ。この位置から絶対に前に出るなよ。俺は北に行ってみる。何かあったらめっけもんだ」

 スシシは置いてけぼりに不服なのと一人になる不安をおぼえたが、どちらの気持ちも飲み込んで頷いた。

「わかった。“キン”があるといいね」

「だからそう簡単に見つからないって。手がかりでも見つかれば大ラッキーだ」

 “キン”は、兄弟が求める最大の目標だ。都市に残る有用なアイテムの内で、最も希少で価値のある存在とされる。都市構造群ができる前から存在していて、高度なものでありながら、システムとは完全に独立し、それゆえに時代とともに数を減らしていった。この時代に実物を目にした人間は稀で、持つ者に大きな力を与えるとか、高度な情報にアクセスできるとか、伝説のような話が人々の間で知れ渡っていた。

 しかし兄弟やそれを手にした者は知っている、それが事実であると。

 兄弟の両親一族は、都市の遺物を発掘し、利益を得る生業をしていた。特に“キン”は高値で取引され、自分たちも“キン”を利用することで、大きな力を得た。

 しかしその力をもってしても、都市のシステムに対抗することはできず、些細なミスから自動機械に捕捉されて保有する“キン”と共に滅んだ。奇跡的に生き残ったカハルとスシシとその父は、自動機械に目を付けられた棲み処を離れ、旅をしながら発掘業を続けた。

 その父も不幸な事故で亡くなったが、彼が持っていた“キン”の力の一部はカハルに受け継がれている。だからこそ、兄弟は“キン”の存在と力を確信しているのだった。

「帰ったらまた文字の勉強だ。早くお前にも、俺の“キン”の力を使えるようになってもらわないと」

「うん」

「『キン』てなんだ?」

 ふいに割り込んできたのは、兄弟の知らない声だった。

 カハルは身構え、スシシは硬直する。やがて瓦礫の山の間から、髭面の男が出てきた。

「ガキだけか? 親か仲間はどこだ?」

 劣化の少ない防塵マスクを首に下げ、往年の都市警備兵が使っていた防弾ジャケットを着ているのを見て、カハルは警戒度を上げた。その下のずた袋を改造したシャツや、ツギハギだらけのズボン、左右で形の違うボロ靴などは、カハルたちとそう変わりがない。その落差がかえって不気味だった。

 たしかに鳥が鳴くのは不吉だ。兄弟は共に思った。

「あんたはこの辺の人間かい?」

 スシシを庇うように前に出たカハルが感情を出さずに訊ねる。すぐにナイフでも射出ワイヤーでも出せるように腰のベルトに手をあてる。だがどちらにしても分が悪いのはカハルにもわかっていた。

「この辺? あ、あーまあそうだな、そうそう」

 男はあからさまに適当な返事をした。

「あんたの縄張りだったんなら引き上げる。まだ何も取ってないし」

「あーそんなのはいいんだ。それよりお前の仲間……まあそれもいいや」

 仲間がいても兄弟を人質に取ればいいと考えているのだろう。穏便にすませる気がないから、どうでもいいと言っているのだ。

「もう一度訊くが、『キン』つったか……そりゃなんだ? 何やらよさそうなものの口ぶりだったが」

 男は兄弟の会話を聞いていた。今さら知らないとは言えない。スシシがカハルの背を強く掴む。カハルはいかにも意外だというような顔をしてみせた。

「キンを知らないのか? ……わかったよ、見せてやるよ」

 コートを開いて、ポケットの中のものを取り出して見せた。その時一瞬警戒した男が背中に手を回しかけたのを見逃さなかった。背後の死角に何か持っている。

 カハルが取り出したものは、灰色の空の下でも照り輝いていた。

「もっとあるぜ。『ギンコウ』っていう施設だったところにあるんだ」

 男の口が半開きになり、あからさまに落胆した。

「『キン』って、金かよ! 今それに何の価値があるっていうんだ!? 交換材にもなりゃしねえ。アホなガキだな!」

 それは手のひらに収まるほどの板状の金のインゴットだった。銀行跡地で見つけたものだ。

 兄弟も、これが今や何の価値も見いだされないものであることは知っている。こういった時のためにブラフとして持ち歩ていたのだ。カハルは内心してやったりと思いながら不服そうなそぶりで言う。

「なんだよ……きれいなのに。聞きたいことはそれだけ? じゃあ俺たちは帰……」

 スシシの手を引いて逃げ去ろうとしたカハルは、男が背から回してこちらに向けてきたもの見て固まった。

「帰すわけねえだろ。そんなゴミどうでもいいが、持ってるものは全部よこせ。仲間の分もな」

「お、お前、なんでそんなものを!?」

 自分に向けられたものに目が釘付けになるカハル。

「お、知ってるのか? じゃあ話が早え。動くなよ」

「あ、あれ……銃!?」

 同じように驚愕したスシシがカハルの背中越しにつぶやいた。

 男が背に隠していたのは、四五十センチの長さの、小銃だった。

 兄弟は知識としては知っていた。人類が栄えていた時代に、人が使っていた凶悪な武器のことを。

 しかしそれは、人類が都市の主役の座を奪われた時に人の手から離れた。そのはずだ。

「お前らの仲間が戻ってくるまで暇だから教えてやるよ。ここから北に少し行ったところに、五十人規模の大きな集落がある。いつ見つけたのか知らねえが、そこの連中がこのお宝を隠し持ってたんだ。なのにあいつらバカなのか、マメに手入れして新品同様に整備していながら、祭壇に飾ってただ崇めてただけだったんだ。傑作だろ!」

 男が下品に笑うのに合わせて銃身が揺れるのを、カハルはこわばりながら見つめる。

「それを奪ったってのか」

「ご丁寧に弾倉付きだったからな。それで一発も使ってないって、意味がわからねえ」

「使えるわけがないだろ」

「古いからか? 繁栄時代のテクノロジーを舐めるなよ」

「そうじゃない。そういう意味じゃ……おい、まさかお前『使った』のか?」

 兄弟は鳥が鳴いていた理由に気付いた。鳥が都市に降りる時は、ゴミか、死体がある時だ。

 同時に兄弟は戦慄した。集落の人間を殺したことにではない。銃と、銃を使用してしまった者が目の前にいることにだ。

「いつ撃った? 撃ってからどれくらい時間が経ってる!?」

「はあ?」

 都市から拒絶された人間は銃を手放さざる得なかった。銃だけじゃない、高度な技術が関わるもの全てを所持することができなくなった。

「銃を所持しているだけでも嗅ぎつけられるリスクが跳ね上がるのに、銃声を聞きつけられたら……確実に奴らが来る……お前を追って!」

「なに言って……」

 男の言葉を轟音がかき消した。がりごりと基盤を削る音と瓦礫を蹴散らす音が同時に聞こえてくる。

「……来た」

「な、なんだ?」

 あたりを見回し男は狼狽えた。

 その瞬間、兄弟は男に背を向けて駆けだした。

「おい待て……ぎゃっ」

 追いかけようとした男は、脚を振りだせずに盛大に転がった。

 男が兄弟から視線を逸らした瞬間、カハルは腰に付けていた射出器からワイヤーを両側の瓦礫の山に渡していたのだ。

 男の脚にかかったワイヤーは反動で跳ね、カハルの腰から外された射出器ごと男の体に絡んだ。

 とはいえ、一瞬の時間稼ぎにしかならない。案の定男はすぐにワイヤーを払って立ち上がろうとしていた。しかし一瞬あれば、銃を持つ男と距離を取って、起き上がってくる前に来るだろうあれの目を逃れることができる。

 案の定、大きなコンクリート塊の裏に回り込んだと同時に、それが瓦礫の山を乗り越えて現れた。

「ム、ムシニだと……!?」

 男は腰を浮かせた状態のままそれを見上げた。

 その本体はマワリとほぼ同じだが、無限軌道の代わりに三対の長い足が付いている。ムシニと呼ばれる中型自動機械だ。

 都市のセキュリティが出自である自動機械たちは、人間に対する以上に武器や武器になり得る高度なテクノロジーに敏感だ。人間に対しては警備中に出くわさない限り、自ら探し出すようなまねはしないが、武器の存在を察知すれば、積極的に探知し、抹消しようとする。

 これが、自動機械の目を逃れた人間たちが技術レベルの低い生活を強いられている原因の一つだった。

 弟を覆うように瓦礫の陰で這いつくばりながら、カハルは銃を隠し持っていた北の集落の人々のことを考える。彼らは危険を承知していたから、銃を使うとがなかった。それでも、使い道のないうえに持っているだけでリスクだらけのものを手放さなかったのは、かつての人類の栄光の片鱗に魅せられたからなのかもしれない。だから、ただ崇めるしかなかったのだ。

「くっそ! 喰らえ!」

 男の怒号と共に銃声が響き渡った。だがその抵抗は無意味だった。武器を狩る自動機械に、人が使える程度の銃の弾丸など効くわけもない。

 じゅっと低く短い音がして、それと同時に銃声も、男の声もやんだ。

 おそらくムシニが熱線を放ったのだ。瞬時に武器を――もちろん所持する人間ごと――焼却するためよく使われるものだ。

 人間だけが対象の時は、もっと穏当で破壊力の低い圧縮空気による大口径ゴム弾が使われる。だが直径百ミリの硬質ゴムが高圧縮空気によって至近距離で放たれれば、たいていの人間は即死する。

 カハルたちは一気に緊張する。問題はここからだ。

 対象の処理の完遂を確認したムシニは動き出した。こちらに来ないでくれと祈る兄弟。

 だが祈りもむなしく、ムシニの足音はこちらに近づいてきた。兄弟たちに気付いたわけではない。単にその先にある巡回路に出ようとしているだけだった。しかしこれまでは死角になっていたこの場所も、このまま真横を通れば丸見えになってしまう。背後は瓦礫の壁。逃げることもできない。

 マワリの時のようにコートで体を隠しているが、今回はあまりに近すぎた。呼吸を止めても、わずかな動きや鼓動でバレる可能性は高い。

 ムシニの六本脚が立てる音が大きくなってくる。足音のテンポは遅いが、歩幅が大きいため移動速度は速い。

 そうして、ついに彼らの前に出てきた。カハルとシススは可能な限り身を寄せて息を止める。互いの鼓動が激しく鳴っているのがわかる。時が粘りを持つようにゆっくりと流れる。

 ムシニの基盤を震わす足音が、だんだんと遠ざかり、ついには巡回路に入って聞こえなくなった。その間多脚の自動機械は怪しんで立ち止まる様子さえ見せなかった。

「……?」

 ややあって、恐る恐る顔を上げたカハルの目の前に、白っぽい壁が立ちはだかっていた。

 それは薄黄色の立方体を二つ積み上げた、一メートルほどの高さで、立方体の側面から伸びた板状の突起が兄弟を囲っていた。

「チビスケ……!」

 そう言ったのはカハルの腕の下で顔を上げていたスシシだった。

 壁は二人の前で上下に分離し、側面の突起も縮めて、みるみるうちに二体のチビスケになった。戻ってきた彼らが咄嗟にムシニの目をごまかしたのだった。

「そうか、あいつらチビスケには反応しないから……」

「ありがとー。もうだめかと思ったよ!」

 スシシはチビスケのキューブ型の体を抱きしめる。嬉しそうに側面突起の腕部を振る二体。

「ほら、お兄ちゃんもお礼言って!」

 弟に背中を叩かれて、カハルは「え?」と言ってから少し渋ったが、やがて口を開いた。

「あ、まあよくやったよ……。で、何を持ってきた?」

 カハルがごまかすように聞くと。二体は慌てて巡回路のほうに戻りながら、落ちたものを拾い集めていった。兄弟の危機に気づいて持ってきたものを放り投げて駆けつけたようだった。

「って、ゴミばっかりじゃないか」

 二体が持ってきたものを吟味しながらカハルは肩を落とす。

「いっしょうけんめい探しても何も無いならしかたないよ」

 スシシが庇おうとするが、カハルは渋い顔のままだ。

「もう少し知能があるかと思ったが、やっぱこいつら使えないな。……ん?」

 ほとんど残骸と言ってもいい、ボトルやメダル、空き箱などの、今となっては使い道のないものばかりの中から、樹脂製のプレートが数枚まとまっているのが目にとまった。

「これは……」

 プレートには文字と数字が大きく記されているだけだった。カハルはそれを手に取ったまましばらく黙り込んだんだので、横から覗き込んでいたスシシが訝しむ。

「これがどうしたの?」

 やがてカハルは驚きを隠せいない声で呟いた。

「これはたぶん、地区コード……!」

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