1-6. 物干しざおの戦士

 ホームセンターへ行っていろんなタイプの殺虫剤、防刃ベストにヘルメットを選ぶ。そして、最後に武器になりそうなものを探した。

 刃物は扱いなれてないとむしろ危険だし、そもそも戦闘に使えそうな刃物などホームセンターには売っていない。困っていると物干しざおを見つけた。やっぱり男は棒が大好きなのだ。中国拳法の人みたいに試しにブンブンと振り回してみると、結構しっくりとくる。これならゴブリンくらいなら打ちえられそうだ。結局一番頑丈そうなステンレスの物干しざおを選んだ。


 荷物をどっさりと抱え帰宅すると、ほのかに甘い匂いがする。女の子が自宅にいるってなんて素敵な事だろうか。別に恋人でも何でもないのについドキドキしてしまう。

 そっと部屋に入ると、夕暮れの薄暗がりの中、まだエステルは熟睡している。相当疲れているようだ。

 俺は起こさないように気を付けながらコーヒーを入れた。部屋中に広がるコーヒーの香ばしい匂い、とてもいやされる。


 俺はコーヒーを飲みながら買ってきたものを整理し、使える状態にして装備してみた。まるでスズメバチ退治に行くようないで立ちになったが、俺はこの装備で一攫千金を目指し、もしかしたら世界を救ってしまうのかもしれない……。


「世界を救う……?」


 冷静に考えると、あまりに荒唐無稽すぎる話にちょっとめまいがした。ベッドでエステルが寝ていなかったら、バカバカしくなって放り出してしまうレベルだった。

 金髪の美少女は気持ちよさそうに寝息を立て、さっきの戦闘が夢や妄想ではなかったことを教えてくれる。

 俺はエステルの寝顔をジーっと見つめた。こんな可愛い女の子まで戦闘に駆り出されるなんて一体異世界はどういう状況なのだろうか? また、倒さねばならない魔王とはどういう存在なのだろうか? 殺虫剤で即死してくれるほどぬるい存在でいてくれるのだろうか?

 俺は深くため息をついた。今日は結局、企業研究も面接対策も何もやっていない。就活をほっぽり出して物干しざおを物色してて本当に良かったのだろうか?

 悩み事は尽きない。


 俺は姿見を見つめ……、近づいてもう一度鏡面を触ってみた。波紋が広がる。まだ液体のままだ。

 試しに俺は【φ】を描いてトントンと叩いてみた。すると、鏡面は元の鏡に戻った。そして再度【φ】を描くと……鏡面は光り輝き、またダンジョンにつながった。

 俺はダンジョンへ移動し、鏡面を持ち運んでみた。移動させても鏡面は液体のままだった。そして、中をのぞくと俺の部屋のままだった。

 その後いろいろやってみたところ、鏡面は持ち運んでも空間は接続され続けるが、【φ】を描くと空間の接続はオンオフされ、一度オフにすると次の接続先は一番最初に戻るようだった。

 で、あるならば、鏡面は持ち歩いて、ヤバくなったら鏡面に逃げ込んで接続をオフにするという作戦が使えそうだ。エステルには鏡面担当をやってもらい、常に持ち歩いて、危なくなったら先に逃げてもらえばバッチリだ。

 俺は段ボールで姿見のケースを作り、背負えるようにひもを付けた。エステルには頑張って持ち運んでもらおう。


 いろいろやっているうちに夜になってしまったが……、エステルはまだ起きない。今日はもう寝るしかないが……、一体どこで寝たらいいのだろうか?

 幸せそうにスヤスヤと寝るエステルを、俺はぼーっと眺めた。サラサラとした金髪が美しく輝き、透き通るような白い肌は寝息に合わせて無防備にゆっくりと上下を繰り返す。少女から大人の女性へと脱皮していくような確かな生命力を感じ、俺はグッと来てしまう。

「可愛いよなぁ……」

 つい本音が漏れる。


 詰めたら二人で寝られるかもしれないが……、こんな美少女と一緒に寝るなんて、絶対にロクな事にならない。そもそも眠れないだろう。諦めて床で寝ることにした。

 毛布を出し、座布団を工夫して寝床を作り、電気を消す。

 ちょっと床に腰の骨が当たって痛いが仕方ない。

 スースーというエステルの寝息を聞きながら、俺は意識が薄れていった。


 おやすみ……、エステル……。

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