ギャップ

イキシチニサンタマリア

短編

緑の煙草を吸いながら私は今日も灰色の空を見ていた。この時間だけが昔夢見た華やかな世界への憧れを思い出せる。カメラの視線、ライトの感触、スタジオの声、その中に居る自分、そんな妄想をできるのはこの時だけだ。

 煙草の寿命が近づいてきた、そろそろ現実の顔が見えてきた。

「3セットくれ」

パーカーを深くかぶり、サングラスをかけた男が、文庫本を渡しながら近づいてきた。それは、ぼろぼろになったシェイクスピアだった。

「9枚入ってる」

「この間は2枚足りなかったわ」

「今回は足りてる」

「これで足りなかったら、上があんたを売るってよ」

煙草を捨て、文庫本と交換に筆箱3つを渡した。

「3セット、かくにんして」

男は筆箱の中身を確認した。

「大丈夫だ」

「3セットで足りるの?」

「明日負けたら、犬と鬼ごっこだ」

「次はいつ?」

「明後日だ」

そう言って男は来た道を引き返した。私は新しい煙草に火をつけた。これでまた夢の世界だ。ああ、一体何のための人生なんだ。

 近くでサイレンの音がする。さっきの男は、狙われていたらしい。警官が2人来た。

「秋田優子だな」

「ええ」

男が話したのか、上に男ごと売られたのか。あの男は鬼ごっこどころか、かくれんぼもできないらしい。パトカーに乗る途中テレビカメラが目に入った。

「密着?」

「おまえには関係ない」

憧れのカメラの視線を私はたっぷりと浴びた。

「私ね野々宮沙耶香って言うの」

薄笑いを浮かべてそう言った

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ギャップ イキシチニサンタマリア @ikisitinihimiirii

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