青山商業高校には百合が咲く
三郎
本編
第1話:王子と姫と姐さん
「おはよう」
「おはリーリエ」
私の名前は
そして共に学校に向かっているのは友人の
私も彼女も女子高生なのにスカートではなくズボンを履いているが、これは校則違反では無い。
青山商業の制服は、男女で別れているわけではない。男女共通でブレザーとシャツがあり、そこにズボンかスカート、ネクタイかリボンを好きに組み合わせることができる。
つまり、男子でもスカートを履いて良いし、女子でもズボンを履いて良いということだ。最近ではそんな学校が少しずつ増えている。
LGBTに対する配慮らしいが、私も彼女もLGBTではない。ただ単に、スカートよりもズボン派なだけだ。青商を選んだ理由もスカートを履かなくて良いからだった。
「目立つかなぁ」
「大丈夫じゃない?ま、少なくとも一人じゃないんだし。流石にズボン履いてるからLGBTなんだとか決めつける馬鹿は居ないでしょ」
と、リーリエは言っていたが、教室に着くとズボン女子は一人もいなかった。出席番号が男子の後に女子が続く形になっているため、出席番号が一番最後の私は一発で性別が女子だとわかるようになっている。LGBTに配慮するというのなら出席番号も男女ごちゃ混ぜにすべきではないだろうか。
当然、周りは女子しかいないが、全員示し合わせたようにスカートだ。視線を感じる。どこからか『あの子LGBTなのかな』と声が聞こえた。どうやら、ズボン履いてるだけで決めつける馬鹿は存在したらしい。LGBTじゃない女子はスカートを履けなんて一言も言われてないはずなのだが。どうも居心地が悪い。
リーリエとはクラスが別になったが、彼女のクラスもこうなのだろうか。
とはいえ、まだクラスの半数も揃っていない。ズボン派の女子、あるいはスカート派の男子が入ってくる可能性は充分にある。しかし、なかなかこない。やはり少数派なのか、それとも初日だから様子見しているのか。衣替えの時期はよくある。私は気にせず真っ先に衣替えするタイプだけど。
「おはよう」
やけに通る中性的な少年の声で、私に向けられた視線が一気にそっちに逸れた。声の主は背の高いズボン姿の美少年。クラスメイト達の方を見てにこりと微笑み、少し遅れてまばらに挨拶を返したクラスメイト達に手を振り、座席表の前に立った。一緒に入ってきた小さめの美少女と手を繋いでいる。カップルだろうか。それにしても、美男美女だ。手を繋いでいちゃついているというのに全く嫌味にならない。
ひそひそされているのに気づいたのか、女の子の方が手を振り払った。美少年が彼女を見て、にこりと笑って手を繋ぎ直す。もう一度彼女が振り払うと、冗談だよと両手を挙げた。
「えっと、私の席は…おっ、満ちゃん一番後ろじゃん。寝れるよ」
改めて声を聴くと、女性っぽい。一人称も私だ。
「壁もあるし最高のポジションだな」
「あははー。サボる気満々じゃん。ギリギリで受かったのにそんな余裕こいてて大丈夫?」
「流石に留年はねぇだろ。大丈夫大丈夫」
などと会話をしながら、二人は廊下から数えて四列目の最後尾の席に並んで座った。
商業高校は大体、どこも女子の方が多い。この学校に進学した先輩曰く、どの学年もクラスの男女比は大体3:1らしい。一クラス40人だから、男子は大体10人ほど。二人が座った席は真ん中よりも窓側寄り。出席番号的には真ん中より後ろになるわけだから、あの背の高い美少年は女子生徒であることが必然的に分かってしまう。
『あの子、LGBTなのかな』『ズボン穿いてるしそうじゃない?』『男っぽいしね』『けどめっちゃイケメン』といった声がひそひそと聞こえる。イケメンに関しては同意だ。
『お前ちょっと聞いてこいよ』『やだよ。マジでそうだったら気まずいじゃん』なんて不快な声も聞こえた。二人も少し周りを気にしながら会話をしている。
そんな中、一人の美少女が入ってきたことで、クラスメイト達の興味が再びそちらに逸れる。髪の長い綺麗な人だ。制服の上からでも分かるほど膨らんだ胸に思わず目がいってしまう。クラスメイト達の視線もそこに集中していた。彼女は黒板に貼られた席を確認すると美少年の前にスッと座った。
その席順のまま、廊下に並び体育館へ移動し、入学式を終えると、HRの時間を使って自己紹介をすることになった。
順番に自己紹介をし、美少年の前の席の巨乳美女の番になる。椅子の引き方や立ち方、歩き方など、所作がいちいち上品だ。育ちの良さが伺える。
「小桜百合香です。小さい桜に百合の香りと書いてコザクラ ユリカと読みます。えっと…私の中学からこの高校を受験したのは私一人だけで…知り合いが誰一人いなくて不安なので、どうか皆さん、仲良くしてください。よろしくお願いします」
緊張しているのか、不安そうな表情で、少し震えた声で小桜さんは自己紹介を終えた。声まで綺麗だ。今まで何人の男子を落としてきたのだろう。
小桜さんが席に着くと同時に、後ろの生徒が立ち上がる。例の美少年だ。視線を浴びながら、堂々と歩いて壇上に立つ。彼女もまた姿勢が綺麗だ。そして、改めて見るとやはり背が高い。
「
にこりと人の良さそうな笑みを浮かべて挨拶をする彼女。声が良く通る。王子というあだ名には「だろうな」という感想しか出てこないが、180㎝を越える身長には驚いた。教室がざわつき、担任もぎょっとした顔で、彼女の爪先から頭までを目線でなぞり「何食ったらそんなデカくなるんだ?」と恨めしそうに呟いた。彼女は担任の問いに苦笑いして「バスケ部だったからですかね」と笑って答えた。
「あ、えっと。男か女かどっちなの?ってよく聞かれるんですけど…身体は女です。それに関して違和感を覚えたことはありません。けれど、女性らしさを求められるのは苦手です。かといって男性扱いしてほしいわけでもありません。女性でも男性でもなく、鈴木海菜という一人の人間として接してほしいです。一年間、よろしくお願いします」
やはりひそひそ話を気にしていたようだ。誰かが『なんだLGBTじゃないんだ』と、何処か残念そうに呟いた。まるで珍獣みたいな扱いだ。同じ人間だというのに。
次は王子と一緒に登校してきた女の子だ。少し不機嫌そうな顔で壇上にあがる。『可愛い』と、男子の方から声が聞こえた。わかる。可愛い。人形みたいだ。
「月島満です。さっきの王子とは幼馴染で…幼稚園からの腐れ縁です。私もあいつと同じで、女扱いされるの苦手です。守ってあげたいとか言われると虫唾が走ります」
刺々しい言葉にクラスメイト達が唖然とする中、王子は笑いを堪えるようにうずくまって震えていた。やりやがったあいつと言わんばかりのリアクションだ。
「見た目は可愛いのに性格がキツくて残念だとか、大人しくしていれば可愛いとか色々言われますけど、そういう輩のために大人しくなる気はありません。あと、私が可愛いのは世界の常識なんで、謙遜もしません」
教室がしんと静まり返ると、彼女はふっと笑ってこう締めくくった。
「イメージと違って引いた人もいるかもしれないっすけど、私はこんな感じです。一年間、よろしくお願いします」
そしてクールに席に戻っていく。なんだあの見た目とのギャップ。やばい。かっけぇ。惚れそう。是非姐さんと呼ばせていただきたい。
「…よし。これで全員終わったな」
今後の日程を確認して、出席番号1番の男子生徒の号令で一日が終わった。リーリエに連絡を入れる。今すぐ月島さんと王子の話をしたい。あの二人からはもの凄く百合の香りがする。いや、王子と小桜さんの組み合わせもありかもしれない。現実に存在する、しかもクラスメイトで妄想するのは最低だとわかっているが、止められない。
と、ここで私も結局ら王子の自己紹介を聞いて『LGBTじゃないのか』と残念がっていたクラスメイトと同じでは無いかと気づき、自己嫌悪に落ちいる。しかし、やはりやめられない。せめて王子達にはこんな妄想をしていることがバレないようにしなければ。そう思い、帰ろうと立ち上がった矢先「小桜さん」と、王子の通る声が聞こえた。思わずスッと席につき、耳を澄ませる。
「なぁに?鈴木さん」
「あ、ごめん。急いでる?」
「えぇ。母を待たせてるから」
「そっかぁ…」
「…なぁに?」
「いや。…えっと…」
会話が止まる。ちらっと彼女達の方を見ると、王子はなんだか少し言いにくそうにもじもじしていた。
「君と話してみたいなぁと思って」
沈黙が流れる。小桜さんは返事に困っているようだ。
え?なに?なにが行われてる?口説いてるのか?
「…入学早々ナンパしてんじゃねぇよ」
月島さんのツッコミでさらに妄想が加速してしまう。妬いてる?妬いてるのか?
「ナンパって失礼な。ごめんね引き止めちゃって。また明日、学校でね。私の名前覚えていてくれてありがとう」
「学年代表に選ばれてた人だもの。印象に残ってるわよ。…私も、あなたと話してみたいと思っていたの」
私もあなたと話してみたいと思っていた。心の中で小桜さんの言葉が反響する。
「声かけてくれてありがとう。明日ね」
「えっ…う、うん。また明日ね」
荷物を持って、王子達に手を振って急ぎ足で教室を出て行く小桜さん。彼女が居なくなると王子は「私と話してみたかったって」と少し嬉しそうに月島さんに話しかけた。それに対して月島さんは「良かったじゃん」と苦笑いして返す。
王子!月島さん絶対嫉妬してるよ!気付いて!と、もう一人の私が叫びたがるのを必死に抑え込む。
と、リーリエから「まだ?」とメッセージが届いた。それに対して「尊い百合を見て動けなくなった」と返すと即座に「kwsk」と返ってきた。詳しく話せという意味だ。「今から行く」と返して席を立とうとすると、王子が目の前に立っていた。
「うわっ!」
「あ、ごめんね。びっくりさせちゃって。帰るの少し待ってくれる?学年のグループ作りたくて」
「あ、あぁ……はい」
手汗を拭いて、スマホをポケットから取り出してLINKを開く。
「ふふ。百合岡さん、ズボンとネクタイ似合ってるね」
「あ、ありがとう……王子ほどじゃないよ。めちゃくちゃカッコいい」
「ふふ。知ってる。なんたって私は王子だからね」
と、少し悪戯っぽく笑う彼女。バックに薔薇を背負っているのが見えた気がした。なんだこの王子(♀)は。顔と声が良すぎる。二次元から飛び出して来たのか?
「……気をつけろよこいつ、腹ん中は真っ黒だから」
「やだなぁ。私はピュアっピュアだよ」
「どこがだよ変態」
「満ちゃんだって人のこと言えないじゃない」
「うるせぇクソ王子」
「ふふ。生意気で可愛いね。君は」
「私が可愛いのは世界規模の常識だから」
「そうだね。可愛いね」
「頭撫でるな」
「可愛いからつい」
いちゃいちゃする二人。居た堪れないと思うと同時に、もっとやれと思ってしまう。空気になってずっと見ていたい。
「……仲良いんだね」
平然を装って私が言うと二人は「幼馴染だから」と真逆の表情で、真逆のトーンで、だけど声は揃えてそう答えた。
「付き合ってるの?」
しまったと思ったが、聞かずにはいられなかった。すると二人はその真逆の表情のまま「付き合ってないよ」と即答する。鈴木さんは凄く嬉しそうだが、月島さんは迷惑そうだ。
「付き合ってはないけど、愛し合ってはいるよ」
「やめろ気持ち悪い」
「愛してるよ。満ちゃん」
「きっしょ……」
「やぁん。愛してるって言ってよ」
「言わねぇ」
「ひどいわ!私とは遊びだったのね!」
「やめろって。百合岡さん困ってんだろうが」
「いや、むしろ続けて」
思わず本音が漏れ、空気がピシッと凍る。入学早々やらかした。
「百合岡さんってさ、姫女子でしょ。百合ヲタでしょ」
王子に核心をつかれる。私の高校生活、終わった。
「あははっ。心配しないで。私は別に百合的な妄想のネタにされるのは気にならないから。ほら、私、百合漫画に居がちなキャラだし」
「女子校の王子みたいな奴な。みたいっていうか王子なんだけど。女からモテる女の典型的なタイプだよな。中身はクソだけど」
「そんな褒めないでよ〜」
「褒めてねぇ」
「……本当に付き合って「「ないよ」」……さいですか……」
付き合ってはいないけど愛し合ってはいる。それってまさかセフ——いやいや。いやいやいやいやいや。
「……ふふ。多分、百合岡さんの想像通りの関係で合ってるよ」
そう言って王子はどこか妖艶に微笑む。
「想像通りの関係って……」
まさか本当にセフレ?いやいやいや。
「あははっ!やだなぁ。冗談だよ。なに想像したの?顔真っ赤だよ?」
私の顔を見ておかしそうに笑う王子。この王子、優しそうに見えてなかなかに意地悪だ。
「お、王子が変なこと言うから!」
「ふふ。ごめんね。揶揄ったりして」
「はぁ……悪いなうちのクソ王子が。ほら、帰るぞ」
「はぁい。じゃあね、百合岡さん。また明日」
月島さんに連れられ去っていく鈴木さん。
うちのクソ王子ってなに?うちのって何?付き合ってないけど愛し合ってはいるって何?
二人の言葉がぐるぐると脳内を駆け巡る。
「ちょっと、姫花」
「はっ……!」
リーリエに声をかけられてようやく現実に戻ることが出来た。
「お帰り」
「尊みの過剰摂取で窒息死するところだった」
「よし、帰るぞ。詳しく話せ」
教室を出ながら、私は彼女に王子達のことを話した。
「えっ、学年代表の子女なの!?男だと思った!」
「あだ名は王子だって。本人が言ってた」
「だろうな。絶対女子からモテるタイプの女子だもん」
「で、その前後が美少女でさ……顔の良い女が三人並んでて、三角関係なのよ」
「……で、どこまでが妄想?」
「三角関係以外は現実」
「楽しそうなクラスだね。うちのクラスはリアル男の娘が居たよ。スカートめっちゃ似合っててさ……まぁ、揶揄う嫌な奴もいたけど……。あ、ちなみに性自認は男だって。スカートは自分に似合うから穿いてるみたい」
「私もちょっと嫌な思いしたけど……校則で認められてるんだし、ごちゃごちゃ言われる謂れなんてないよね」
「ちなみにその子、めちゃくちゃ可愛いのに男らしくてさ……ギャップ萌えやばかった」
「うちのクラスにも美少女なのにサバサバしてる子居たよ。おじおじの"姫野もも"みたいな子」
おじおじというのは『王子様の王子様』という百合漫画だ。姫野ももというキャラクターは、見た目は美少女なのに喧嘩っ早く男勝りな性格の女の子。ファンからは番長とか姐さんとか呼ばれている。まさに月島さんのようなキャラだ。月島さんがモデルではないかと思うほど。
「ちなみにその子が王子の後ろの席の子で、幼馴染らしい。付き合ってないって言ってたけどどう見ても付き合ってるようにしか見えない。本人達が否定してるからしつこく言うのもアレなんだけど」
「百合か?」
「多分、友情系の百合です」
「尊み秀吉見参って感じ?」
「誰だよそいつ」
と、話しながら歩いていると、噂の二人の声が前を歩いていることに気付く。鈴木さんの隣に一人、背の高い生徒が増えている。ズボンを履いていて、髪は短め。男子っぽいが、鈴木さんの例もあるから判断が難しい。
「あの三人組の左二人が今話してた二人。王子こと鈴木さんと、リアル姫野ももこと月島さん」
「ほう。一番右の高身長イケメン邪魔だな」
「邪魔とか言ってやるなよ」
「だってぇ……百合に男は不要じゃん?」
「リアルの人間なんだから。あの子達に男友達が居てもそれに文句つける筋合いはないよ」
「それは分かってるよ。本気で思ってるわけじゃない」
私は百合が好きだ。だけど、同性愛も異性愛も同じ愛だ。優劣は無い。月島さんと王子が付き合っていたらいいななんてのも、私のエゴでしかないことはちゃんと理解しているつもりだ。理性では。
本能は『はよ付き合え、いちゃつけ』と、私の心の中で暴れまわっている。
「にしても、体格差たまらんな」
二人を見て、ぼそっとリーリエが呟く。
「それな」(本人に聞こえるからやめろ)
本音の方が口に出てしまい、頭を抱える。
ふと、王子が振り返り、私達に気づいた。笑って手を振る。笑って手を振りかえす。上手く笑えているだろうか。
「で、三角関係のもう一角は?」
「小桜さんっていう綺麗な子だよ。身長平均よりちょっと高めくらい。月島さんと王子の間くらいかな。鈴木さんが王子なら小桜さんは王女とか姫って感じ。で、王子が小桜さんのこと口説いてたの。『君と話がしてみたかった』とか言って」
「ガチ口説き文句じゃん。それ」
「で、小桜さんも『私もあなたと話してみたいと思っていた』って」
「きゃー!絶対なんか始まるやつじゃんそれ!」
「私もそう思います」
「……で?どこまでが妄想?」
「全部現実」
「嘘だ。幻覚見てない?」
リーリエにそう言われて、一気に自信が無くなった。ヲタクは自分に都合の良い幻想をよく見る。妄想しすぎて、現実との区別がつかなくなるのだ。あの設定は私の頭の中で作り上げた2次創作だっけ?公式だっけ?なんてよくあることだ。
小桜さんと王子の会話は、本当に私が見た現実だったのだろうか。
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