第16話 傷ついたワシ

 エリノアと出会ってから十三日後の昼。

 俺達はマイラル村という村に辿り着いた。


 カイルの話によると、ここら一帯の洞窟では様々な鉱石が掘れ、そのために建設された村らしい。

 そして、この村は俺達の目的地だ。


 リリからの依頼をしっかりと果たすためにも、たんまりと鉱石を集めないとな。


「あのー、鉱石を採掘したいんですけど、その洞窟ってどこら辺にあるのでしょうか?」


 村を軽く一周した後、カイルは前を歩いていた屈強な男に地図を広げながら声を掛けた。


「あぁ? 何だあんちゃん。その年で鉱石採掘たぁ、気合いが入ってんな。一般テイマー用に開放されているのはこことここ、それからここだ。最近は魔物の数も増えているみたいだから気を付けな」


 その屈強な男は地図にペンで印を付けてくれた。

 多分この人はこの村で坑夫として働いているんだろうな。


「ありがとうございます! 少ないですがこれを」

「おう、ありがとよ。それじゃあ俺はもう行くぜ。またな」


 カイルはポケットの中からコインを取り出し、その男性に手渡した。


 チップってやつか?

 日本生まれの俺には全く馴染みがないからか、何だか大人っぽく見えるな。


『魔物が居るってことは、もしかしたらそこでテイム出来るかもですね』

『そうだな。そろそろテイムしとかないと……』


 城下町を出てから、もう一ヶ月以上経っている。

 ここで鉱石を掘ったらすぐに帰らないとトーナメントに間に合わないから、ぼちぼちテイムしておかないとマズい。


 帰り道でテイム出来れば良いけど、ここまで来るのにほとんどゾンビにしか会わなかったから、それも望み薄だしな……。


「よし。それじゃあ早速行こうか、アイズ、エリノア」


 俺達は教えてもらった採掘場に向け、再び歩みを進めた。





 そうして、荒れた砂利道を歩き続けること小一時間、坑道の入り口に辿り着いた。

 中は等間隔に灯りが設置されているお陰でかなり明るい。


 所々壁が窪んでいる様子を見ると、きっと俺達みたいな旅人が鉱石を掘り尽くしたんだろうな。


「流石にこの辺にはもう一個もないみたいだね。奥に進んでみようか」


 俺達は鉱石を求めて、奥に進んでいった。


 ひんやりとした洞窟を歩いていると突然、


『ちょっと待ってください! 何かが近づいて来てます!』


 エリノアが耳を小刻みに動かしながらそう言った。


 俺はカイルの前に出て、鉤爪を装着しながら注意深く前方を見る。

 やがて姿を現したのは、二メートルは優に超える巨大な蜘蛛だった。


 うわぁ、キッツ……。虫は苦手なんだよな……。


『私達のことを敵視しているみたいですね。そういうことなら。行きますよ、アイズさん!』

『お、おう』

「アイズ、エリノア、頑張って!」


 地面を蹴って一気に距離を詰める。

 そして目の前まできたところで飛び上がり、空中で一回転してから背中に鉤爪を振り下ろした。


 すると鉤爪は身体を容易く引き裂き、透明の液体がブシャっと飛び散る。

 その後、俺は蜘蛛の身体を蹴って、地面に着地してからすぐに横へ飛び退いた。


 瞬間、後方から複数の氷柱が飛んできて、蜘蛛の顔部分にグサグサと突き刺さる。


 それで力の差を思い知ったのか、でかい蜘蛛は凄い勢いで洞窟の外へと逃げて行った。


「二匹ともお疲れ様! もう野生の魔物なら楽勝だね」

『はい! 私達にかかれば、そこら辺の魔物なんて相手になりません! ねっ、アイズさん』

『あ、ああ。そうだな』


 うぅ、気持ち悪かった。もう虫は嫌だ……。


「さあ、どんどん行こう!」


 俺達は再び坑道内を進み続け、奥へ奥へと進んだ。


 そのままちょこちょこ出てくる蜘蛛や芋虫を蹴散らしながら歩いていると、広くひらけた空間に出た。


「ここが最奥部みたいだね。鉱石、鉱石はっと。あ、あった! よし、早速――ん? あれは?」

『どうしたカイル?』


 向けられている視線の先を見てみると、白い頭に黒い身体と翼を持つ一メートル位の鳥が傷だらけで横たわっている。


「まさかあの鳥は……。早く手当てしないと!」


 カイルが走り出した瞬間、その鳥はよろよろになりながらも立ち上がった。


『来るなっ!』

『『えっ?』』


 今確かに話し声が聞こえたような……。

 不思議に思って鳥をじっくりと見てみると、細い右足に黒いリングが付いている。


 そのリングを見た瞬間、俺は前にポポが言っていた言葉を思い出した。


『アイズさん、あれって!』

『ああ、多分そうだろうな』


 あれは恐らく強制テイムに使われるリングだ。

 だからあの鳥が言っていることが俺達に理解出来るんだろう。


 それにしても、相当警戒されてるな。

 手当てを受けなければ危険な状態っぽいっていうのに。


『来るなと言っている!』


 近づくカイルに対し、鳥は荒々しい口調でそう告げた。

 ただ、カイルはそれを気にも留めることなく、駆け寄っていく。


 カイルは言っていることが分からないから当然だけど。


『来るなと言っているのが……聞こえないのかっ!』


 そう口にした瞬間、鳥の前方に緑色の三日月状をした物体が出現した。


『ま、まさか! カイル、避けろ!』


 俺が叫んだ瞬間、その物体は凄まじい速さで飛んできて、カイルの真横を通り過ぎた。

 かすってしまったのか服に切れ目が入っており、そこから血が滲み出ている。


『次は当てる。分かったらさっさと出ていくがいい!』

『あの野郎!』

『カイルさんに何てことを! 絶対に許しません!』

「アイズ! エリノア! 僕なら大丈夫だから絶対に攻撃しないで!」


 俺達が攻撃態勢に入ったことに気付いたのか、カイルは鳥に近づきながら、顔だけこちらに向けてそう言ってきた。


『で、でもカイルさんが!』

『そうだ! そいつはお前を攻撃するつもりなんだぞ!』

「いいから! そこでジッとしてて!」


 俺達の言っていることが何となく分かったんだろう、カイルは強い口調で伝えてきた。


『――くっ!』

『うう……』


 こんなカイルを見るのは初めてだったから、思わず怯んでしまった。

 エリノアも同じだったようで、出現させていた氷柱を飛ばすことなく地面に落とす。


『ちっ、なら望み通りにしてくれる! 死ね――』


 鳥は先ほどよりも大きい三日月状の物体を出現させ、カイルに向けて放った。


『避けろ! 下手したら本当に――って、あれ?』


 その物体はカイルに直撃する直前でスッと消え去った。

 鳥のほうを見てみると気を失ったのか、その場に倒れている。


『ふぅ……』

『危なかった……。倒れてくれたから良かったものの、そうじゃなかったらカイルさん大怪我ですよ!』


 本当にそうだ。一体何を考えているんだ。


 そんなことを思いつつカイルの元に駆け寄ると、バッグから取り出したジェル状の薬を鳥に塗っていた。


「これでよしっと。あっ、アイズ、エリノア、さっきは声を荒げちゃってごめんね」

『それはいいけど、何でそこまで……』

『そうですよ! 確かに傷だらけで可哀想だとは思いますけど、自分を攻撃してくる魔物を助けるなんて!』


 その動機が気になった俺は鳥を指差した後、首をかしげてみた。


「ん? この子のことが気になるの?」


 ちょっと違うけどまあいいや。

 俺はカイルの質問に対し、頷いた。


「このワシはね、レパルドっていうテイマーの従魔なんだ。いや、元従魔になるのかな。レパルド様は最近、新しい魔物を強制テイムしたって噂で聞いていてね」


 ワシだったのか。

 それはそうと、レパルドってどこかで聞いた名前だな……。


 あっ、そうだ! モモ達に修行してもらっている時に聞いたんだ。


 確かピピとポポが強制テイムをする最低最悪のテイマーって言ってた奴だな。

 でも、どうして様付けなんだ? もしかして偉い奴とかか?


 そんなことを考えていると、カイルはさらに話を続けた。


「でも、既に三匹の魔物をテイムされていたから、新しくテイム出来ないはずだったんだよ。だから不思議に思ってたんだけど、この子がここに居るってことは多分捨てられたんだと思う。そうじゃなきゃ、こんな状態でこんなところに居るはずないから。そう思うと可哀想でね……」

『そんな……酷すぎますっ!』

『確かにクズにも程があるな……』


 そんな背景があったから、同じ人間であるカイルを襲ってきたってことか。

 そう考えると、その行動も無理はないのかもしれないな。


 だからといって、無関係であるカイルに攻撃したのは許せないけど。


「さて、手当ても済ませたし、僕は鉱石を掘ろうかな。アイズとエリノアはその子のこと見ていてくれる?」

『はい、分かりました』

『カイルがそう言うなら……』


 俺とエリノアは頭を縦に振った。


 それを確認したカイルは、バッグの中から小さめのつるはしを取り出す。

 それとマジックバックを持って鉱石のあるところまで移動すると、一心不乱につるはしを振るい出した。


『アイズさん、私達って本当に幸せ者ですよね』

『えっ? 突然どうしたんだ?』

『だって、私達はカイルさんっていう優しいテイマーに目一杯愛してもらえているじゃないですか。片やこのワシは……』

『そうだな……』


 カイルはいつだって俺のことを大切にしてくれた。

 もちろん、エリノアのことも。


 でも、このワシは用済みになったからといって簡単に捨てられたんだ。

 そんな様子じゃ、従魔だった頃も道具のように扱われていたに違いない。


 そう考えるとな……。


 その後、とてもお喋り出来るような空気ではなくなった俺達は、カイルが鉱石を掘っている姿をぼんやりと眺めていた。

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