第10話 この世界の名は
俺はモモに鍛えてもらい、夜になったら食事を取ってみんなで仲良く眠りに就く。
そんな一日を繰り返し、とうとう最終日の朝を迎えた。
今日はカイルが俺を迎えに来るかつ、リリが帰ってくる日だ。
『さあ、アイズ。あんたの相手をしてやれるのは今日が最後だ。どれだけ強くなれたのか、アタシに見せてみな!』
『おう! それじゃあ、行くぞ!』
俺は地面を力強く蹴り、一気にモモとの距離を詰める。
そして腹部に目掛けて右腕を横に払うと、空中にファサアっと毛が舞い散った。
寸前のところで後ろに飛び退かれてしまったみたいだ。
すかさず俺は一歩踏み込み、左腕を真っ直ぐ突き出す。
それに対し、モモは自前の爪で突き攻撃を受け止めてきた。
その状態のまますぐに右腕を振り下ろすと、反応しきれなかったのか下腹部に鉤爪が直撃し、三本の傷が刻まれる。
『――くっ! ……やるね、その一撃は反応出来なかったよ』
『ええ、凄い速さだったわ。初日とは別の魔物みたい』
ピピはモモの傷を治しながらそう口にした。
『アイズ……強くなった……』
『本当にね。良く頑張ったよ、あんたは』
『みんな……。本当にありがとう!』
お陰でかなり強くなれた。
今の俺ならゴブリンや野犬くらいなら何とか勝てそうだ。
『もう基本は大丈夫だね。これで炎も吐けるようになったら、トーナメントでも十分通用するだろうさ』
『炎かぁ……。一体どうやって吐くんだろう……』
『流石にそれはあたし達にも分からないわね。ドラゴン特有のものだし。……あっ、
爺? 一体誰のことなんだろう。
『それがいいかもしれないね。でも爺も忙しいみたいだし、中々捕まらないんじゃないかねえ』
『今日は土の日……多分休み……』
『おっ、そうだった! それならいつものところに居るんじゃないか? どうだい、アイズ? あんたが望むなら、爺のところに連れて行ってあげるよ!』
話がよく分からないけど、もしかしたら炎の吐き方を教えてもらえるかもしれないんだよな。
それなら――
『ぜひお願いするよ!』
『了解! それじゃあ、早速行こうか』
モモ達の後を付いていくと、カイルと森へ行った時に通った門に辿り着いた。
ん? もしかして街の外に出るのか? それも魔物だけで。
とても外へ出してもらえるとは思わないけど……。
そんなことを考えていると、門番の兵士が声を掛けてきた。
「外に出るのか? それなら悪いが、リングを見せてもらえるか?」
言われるがまま、ピピ達はそれぞれリングが付いている部位を前に差し出した。
俺も同じように右足を前に出すと、兵士はそのリングを念入りにチェックしている。
「よし、通っていいぞ。気を付けてな」
チェックが済むと、呆気なく街の外に出ることを許可してくれた。
結構緩いんだな。
『ふう、外に出るのは久々だね。さあ、こっちだよアイズ』
俺はモモ達の案内に従い、門を出て東の方角へ歩みを進める。
そうして、だだっ広い草原を歩き続けること数十分、目の前に巨大な岩壁が立ちはだかった。
その岩壁に沿って北上すると途中大きな空洞があり、モモ達はその中に入っていく。
これは洞窟か。
壁に火を灯した松明があるってことは、誰かここに住んでいるのかな。
俺も中に入り、奥へ向かうとすぐに最奥部まで辿り着いた。
すると、そこには深紅の身体に太い尻尾、巨大な翼を持つ大きな生き物が背を向けて座っている。
『誰じゃ? ワシは忙しいんじゃ。用があるなら手短に頼む』
『久しぶりだね、爺。今日は爺に頼みたいことがあってさ。この子に炎の吐き方を教えてやってくれないかい?』
背中越しに話しかけてきたその生き物に対し、モモが俺のために頼んでくれた。
『その声はモモじゃな。悪いが今日は久々の休暇なんじゃ。そんな暇はないから、他を当たってくれ』
断られてしまったか。まあ、こればかりは仕方ないよな。
『だってさ、アイズ。同じドラゴンのよしみで頼まれてくれるかと思ったけど、そういうことなら仕方ないね。それじゃあ、帰るとしようか』
『同じドラゴンじゃと?』
そう言いながら、爺と呼ばれている魔物は立ち上がってこちらに振り返った。
おお……!
ゲームや映画に出てくるドラゴンそのものだ!
凄い迫力だな、俺も成長したらこうなるんだろうか。
『ほお、確かに生まれたてのようじゃが、確かにドラゴンじゃ。……良いじゃろう。同族のよしみとして炎の吐き方を教えてやろう』
『ほ、本当ですか!? ありがとうございます!』
やった!
ドラゴンから直々に教えてもらえれば、俺も炎を吐けるようになるかも!
『良かったね……、アイズ……!』
『さすが爺、太っ腹じゃないか』
『それなら早速教えてやりたいのじゃが、炎の吐き方は門外不出でな。すまないが、ポポ達に見せる訳にはいかん』
『そうだったのね。気になるけど、それなら仕方ないわ。あたし達は先に帰りましょ』
『悪いのう。この子は後でそなた達の家まで送るから、そうしてもらえるか』
『あいよ。じゃ、アイズ、また後で』
『アイズ……頑張って……!』
『うん、みんなありがとう!』
そう言って、ピピ、モモ、ポポの三匹は洞窟から出て行った。
『よし、行ったようじゃな。それでそなたは……』
『僕はアイズです! よろしくお願いします!』
『アイズじゃな。ワシはヴァルムじゃ、みんなからは爺と呼ばれておるから、どちらでも好きなほうで呼んでくれ』
ヴァルムか。
いきなり爺って呼ぶのも馴れ馴れしいし、ここは名前で呼ばせてもらおう。
『じゃあ、ヴァルムさんで!』
『ああ。それでアイズ、そなたは一体何者じゃ?』
『……えっ?』
『とぼけるでない。ドラゴンというのは、生まれた時から自然に炎を吐けるもの。それが出来ないっていうことは、そなたは普通のドラゴンではないという何よりの証拠じゃ。考えうるに、他の生物から転生したってところじゃないか?』
何でそのことを……。
このドラゴン、超能力でも使えるのか?
『あの……。えっと……』
『ここにはワシとそなたの二匹しかおらん。他の者にも喋ったりはせんから、安心してくれ』
なるほど、だからモモ達を帰らせたのか。
そこまで考えてくれているってことは悪い魔物じゃなさそうだし、答えないと炎の吐き方も教えてもらえなさそうだし、ここは白状するしかなさそうだな。
『はい、その通りです。実は元人間でして……』
『やはりそうか! それも人間とな。んで、どこの国の人間だったのじゃ?』
嘘を付いてもすぐにバレそうだしな……。
ここは正直に伝えよう。
『実はこの世界の人間ではなくて……。こことは、全く別の世界から転生したんです』
『おお、そうだったのか! 異世界から来た人間は久々じゃ!』
……久々?
ってことは、俺以外にも異世界から転生した人間が居るってことか!?
『もしかして、俺みたいな元人間が他にも居るんですか!?』
『ああ。遠い昔の話じゃが、何人かはそういった人間を知っておるぞ。ただ、いずれも随分と前に亡くなってしまったがな。確か、ボイ=ゾラという世界やミゲイラントという世界から転生したって言っておったぞ』
何だ、地球とはまた別の世界から来たってことか。
それに亡くなっているんじゃ、仮に日本人の転生者であっても会えないしな。
『そのガッカリした様子を見るに、そなたは彼らとはまた別の世界から転生してきたようじゃな。一体、何ていう世界から来たのじゃ?』
『僕は地球っていう世界からです』
世界っていうより惑星の名前だけど。
『チキュウとな! これはまだ知らない世界じゃ! どうだろう、そなたも見ず知らずの世界に転生して分からないことばかりじゃろう。知りたいことがあれば何でも教えてやるから、その代わりにそなたの世界のことについて詳しく教えてくれんか!? もちろん、後でしっかり炎の吐き方も教えてやるから頼む!』
何か滅茶苦茶興奮してるぞ……。
もしかしてこのドラゴン、知的好奇心の塊なのか。
そういうことなら、俺もこの世界のことについてもっと知りたいし、これは願ってもない申し出だ。
『ええ、ぜひ!』
『よし! ならば、まずはそなたからで構わんぞ。何でも聞いてくれ』
『それじゃあ、この世界や国のことについて教えてもらえると!』
『良いじゃろう。この世界の名はルマニア。魔物と人間が手を取り合い、助け合いながら暮らしておる。ワシからすれば当たり前のことなのじゃが、前に他の世界ではまた違うと聞いて驚いたわい。それとこの国はリバラルティア王国と言ってな。これといった特徴はないが、まあ平和なのが取り柄じゃな。他にも国はボンベイルやウィンドラなど、いくつもあるが詳しく聞きたいか?』
へえ。ルマニアという世界のリバラルティア王国か。
一気に詰め込むと頭がパンクしそうだし、他の国のことはその内でいいや。
『いえ、十分です。ありがとうございます』
『なら次はワシの番じゃ! チキュウというのはどんな世界なんじゃ?』
どんな世界って言われてもな……。
地球っていうスケールだと四十六億年までに誕生して、大昔に恐竜が居たことくらいしか思いつかないや。
もっと勉強しておくべきだったな。
『あまり詳しくないのなら、そなたの国のことでも構わんぞ』
『すみません、勉強不足で……。それで僕が暮らしていたのは日本という世界で――』
俺は争いもなく平和な国であることや魔物は存在しないこと、異世界に転生する物語が流行っているらしいことなど、ヴァルムさんが知りたそうな情報を幅広く伝えた。
すると、ヴァルムさんは思った以上に興味を持ったようで次々に質問してきたから、俺は持ちうる知識を全て伝えてあげた。
『いやー、満足じゃ! これでワシの知識も一層深まったぞい! ――おっとすまんな、ワシばかりが尋ねてしまって。興味深い話ばかりじゃったから、つい一方的になってしまった。さあ、次はワシが答える番じゃ。何でも聞いてくれ』
満足してもらえたなら良かった。
何十分も話し続けた甲斐があったもんだ。
それで聞きたいことか。
正直知らないことばかりで、何が分からないのかも分からない状態なんだよな……。
これといって聞きたいことも思い浮かばないし、今はいいや。
『いえ、もう大丈夫です。何を聞いておくべきなのかも分からないので』
『そうか。まあ、必要なことは自然と覚えるじゃろうしな。よし、それなら次は約束通り、炎の吐き方を教えよう』
『お願いします!』
『では、こちらへ来るのじゃ』
俺はヴァルムさんに連れられ、洞窟の外へと出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます