回答2【 良い話と悪い話 】ハーフ&ハーフ


 ボクは迷った。


 広げた両腕は手首を鎖に繋がれ、石壁に天井から吊るされている。

 足も同様、石の床に固定されている。


 もう数日もこの格好で、身体中の痛みと打擲痕は慢性的なものとなっている。自力では立っていられず、情けなくも鎖にぶら下がっているような状態だ。


 この状況では、良い話だろうが悪い話だろうが、どちらを先に聞いたところでさしたる変わりは無さそうにも思える。だが、やはり迷う………



「良い話? ボクを解放してくれるっていうのか?」


 まさか、と彼女はまた笑みを浮かべた。大好きな、いや、大好きというべきか。キミの、その笑顔。



「なら、悪い話から聞くよ。これ以上悪い状況なんて、あまり無いとは思うけど」


「それがさ、あるのよ……」

 彼女は、少し困ったように眉を下げた。くそっ、こんな顔も可愛いなんて……


「上がね、手っ取り早く器械を使えって言うの。ほら、電気でビリビリ〜とか、バチバチバチィ!とか? その方が早く吐くだろうって」


 とことん惚れ込んで付き合った彼女は、敵方のスパイだった。そしてボクは、敵対する組織の一員……そういうわけで、現在進行形で拷問されているのだ。



「でも、私はさ?」


 語尾が上がるしゃべり方も、首を傾げて見つめてくるのも可愛い。


「鞭とか木刀とか鞭とか……そういうのが好きなわけ。なんていうか、様式美?」


 そう言いながら、レザーのロングブルウィップをびょうと鳴らし、バチッと風を叩く。鞭の先が微かに頬をかすめ、血が飛び散った。


「器械でバチバチじゃ、美しくないもの。すぐ失神しちゃってつまんないし。私ってほら、屈強ないいオトコが痛めつけられて『ぐあああああっ』って呻きながら汗や涎にまみれてのたうちまわるのを見たくてこの商売やってる、みたいなとこあるじゃない?」


 ……知らねえよ!! と叫びそうになったが、なんとか堪えた。っていうか、知りたくなかったなぁ、それ。知りたく、なかった…なぁ………



「鎖と革、傷と流血。これほど美しいものって、他にあるかしら?」


 うっとりとボクを見つめ革の長鞭を弄ぶ彼女こそ、壮絶に美しかった。


 頬を血が伝い、口に入り込む。ボクはそれをニヒルにプッと吐き出した。



「さあね。ところで、良い話ってのは?」


 彼女は顔をほころばせ、嬉しげに手を叩いた。可愛らしい。


「実はね」

 くるりと背を向け、棚から包みを取り出す。


「特注の新たな鞭が届きましたー♪」



「 ど っ ち も 悪 い 話 じ ゃ ね え か!!!」


 思わず叫んだボクに、彼女は可愛らしくウインクを飛ばしてくる。


「私にとっては、良い話なの♪」


 とりあえず、彼女が鞭好きなことだけは確かだ。黒々と艶やかによく手入れされた鞭を見ればわかる。だいたい、狭い室内でロングウィップを使っているあたり、並々ならぬこだわりを感じる。今は敵とはいえ、さすがはボクの愛した女。


 いそいそと梱包を解く彼女に、ボクは静かに言い放った。


「悪いけど、ボクはどんな拷問でも口を割らない。そのための訓練は受けてる」



「それならそれで、かまわないのよ」


 彼女は歌うように続けた。


「私を愉しませてくれれば、それでいいの。さてさて、今度の鞭は、なんと鋲つきで〜す☆」



 ……悪くない話だ。ボクは密かに唾を飲んだ。実はちょっとクセになり始めていることは、彼女には内緒だ。



🍻



おしまい。


念のため言っておきますが、私が鞭好きになったのはインディ・ジョーンズに憧れたからです。本当です。本当ですってば。

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