回答【この服を着ろと?】ハーフ&ハーフ
(注)完全に作者の趣味全開な内容となっております。ごめんなさい。
🍻
これは、ムリだ。たとえ愛しい彼女の望みであっても、さすがにムリだ。
「だってこれ、着衣の 新 崎 人 生 じゃん!」
鏡の中の、全身に墨字でお経が書かれている白い道着を着た自分の姿を見て、叫んだ。ご丁寧に、合掌ポーズまで取らされたまま。
ご存知ない方には申し訳ない。新崎人生とは、みちのくプロレス所属のプロレスラーだ。
かつて、鍛え抜かれた裸の上半身にお経を書き連ね、念仏を唱えながら入場してくるという不気味なパフォーマンスで有名だった選手。見た目は「闘う耳なし芳一」を想像していただければ、ほぼ間違いない。
「うん、そうだよ?」
……はい?
思わず、耳を疑う。
そりゃ、この服だって正気の沙汰じゃないけれど。わざと……だと?
「関川くん、スタイルいいからやっぱり似合う! さすがに外で上半身裸は恥ずかしいから、道着上下にお経を書き込んでみました〜♪」
(恥じらうポイント、独特ぅ〜!)
そこじゃないから! なんなら上半身裸の方が、まだマシだから!!
「このお経、キミが書いたんだ。達筆だね! でも……これは、ちょっと………目立ちすぎるかもなぁ」
背中に盛大に冷や汗が流れ落ちる。顔に汗をかかないタイプでよかった。
「そうかなぁ……和風だし、シックでいいと思うんだけど」
(ワ、ッフゥ〜⤴️)
……ははは、しょんぼり顔も可愛いね。でも普通、お経だからって和風とは言わないし、白黒であればシックなわけではないと思うよ?
「ほ、ほら。春だしさ。もうちょっと明るい色が入ってる方が春らしくt…」
彼女が太陽のように輝く笑顔で振り向いた。まるでシャンプーのコマーシャルのように、髪が扇状に広がるほどの勢いで。その勢いで、続きの句が止まる。
こちらを見つめる目が、キラキラと輝いている。
ものすごく嫌な予感がする。ボクの予感よ、どうか外れてくれ……
「実はね、ちょうどいいのがあるの。ちょっと待ってて♪」
隣の部屋へと走る彼女の背中を見つめ、ボクは祈った。
再び現れた彼女が抱えていたのは……
高橋ヒロム(新日本プロレス)の入場コスチュームゥゥ!!!
(オォウ! ジーーーザァス!!!)
なんてこった、 この世には神も仏も無いってのか!!!
ボク、「もうちょっと明るい色」って、言ったよね? ねえボク、そう言ったよね?!
なのに何故!!
こんな、南国のでっかいオウムたちも裸足で逃げ出しそうな原色と蛍光色の洪水を?! 歩くカラーチャートでも目指してんの?! いやこれもう、色彩の暴力! 色彩が視神経狙って殴ってくる! …ってねえ、その背中の羽、要る? 本当に? 宝塚のスターより羽生えてんじゃん! しかもそのキ○ガイじみた色使い。ひとりサンバカーニバルなの?
「そ、それは……どっちかっていうと、夏向きな色かもしれないね。真夏の太陽の下に映える色遣いだと思うよ。あ、でも夏に着るには暑すぎるから、ムリかぁ」
……よくやった。初めて自分で自分をほめたいと思います。多少声は震えたものの、彼女のセンスを否定することなく、あくまでも季節のせいにして。しかも、「夏になったら着よう♪」ルートも事前に回避! これでヒロムは免れた。いや、ヒロム選手自体は好きだけど。
「なるほどぉ……たしかに、言われてみれば夏っぽいね。さすが関川くん、センスあるなぁ。じゃあ……」
色彩爆発塊の下から、もう一着出てきた。ヒロムコスチュームのボリュームに隠れて、見えなかったのだ。彼女が差し出したのは……
(日清カップヌードル醤油味ぃぃぃ!!)
……うん、知ってた。そうだね。オカダカズチカ(同じく新日)のコスチュームだね。プロレス縛りな気分なんだね。
ご存知ない方には申し訳ない。まるで例のカップヌードルを継ぎ接ぎしたような、筆舌に尽くし難い衣装なのだ。醤油味なのだ。暗いところで光るのだ。お手数だが、詳しくは「オカダカズチカ カップ麺」で検索していただきたい。
「これも、ダメ……?」
そんな、潤んだ瞳で見上げられても………くっ、可愛い………い、いや。ダメだ。自分を強く持つんだ!! っていうかキミ、そんなナリの男と連れ立って歩くの、恥ずかしくないの? ……ないんだろうな。うん。
「ダメってわけじゃ、ないんだけど……ボクにはちょっと、畏れおおいかな。だってほら、この衣装はチャンピオンベルトありき、みたいなとこあるじゃん? なんせオカダだもん」
「ふぅむ………それもそうか」
……あ、納得するんだ。
「やっぱり王者には敬意を示さなきゃね」
せめて写真だけでもと言う彼女のリクエストに応えて着替え、レインメーカーのポーズを取り、写真を撮られまくる。カネの雨は降らないが、心の中は大雨だ。
……これで、これくらいのことで、彼女が満足してくれるなら……!
「じゃあ、次はこれ……」
(雑ぅ!! なんか出し方、雑ぅ!)
ひょいと素っ気なく手渡されたのは、泣く子も黙る獣神サンダーライガー(引退)のコスチューム。これも今まで見えてなかった。ヒロム服のボリューム、すごいな……って、あれ? なんかさっきよりテンション低くない?
「ライガーはカッコいいけど、その服だと、お顔が隠れちゃうんだよねぇ」
(ガァァァァッッッデェム!!!)
理由!! そこじゃない。しょんぼりすべき理由は、そこじゃないんだ。思わず黒のカリスマが降臨しかけたけど!
「あ、そうだ。これなら」
「…ん? まだあるのかい?」
脳内で、ライガー VS 蝶野が睨み合っている。夢のカードだが、今はそんな妄想を繰り広げている場合じゃない。現状に集中しなくては!
と、白黒縦縞服のレフェリーがリングに飛び込み、大きく両手を振って試合の不成立を告げた。
カンカンカンカン! ノーコンテスト。無効試合です!
ありがとう、
「たくさん買ってくれたんだね。プロレス、好きなんだ」
ボクの問いに、バッグを漁っていた彼女が振り向く。キョトンとした顔も、また可愛い。
「え、べつに」
(好きじゃないんかーーーーい)
卒倒しそうになったが、耐えた。関川くんのせいしん力が 2 あがった。
「コスチュームを見た時にね、関川くんに似合うと思ったから、色々調べたの。ほら、最近なかなか会えなかったじゃない? 時間はいっぱいあったからね」
えへへ、と照れ笑いする彼女は、なんていじらしいのだろう。関川くんのぼうぎょ力が 8 さがった。その健気さを別の方向に発揮してくれるといいんだがなんて贅沢言っちゃいけない。もってのほかである。彼女のその気持ちこそが、何よりも尊いのである。
「で、これ見て。普通っぽ過ぎるんだけど、これも買おうか迷ってて」
バッグの中から取り出したスマホを見せてくる。その画面には………
(イヤァァァァアオ!!!!)
中邑真輔だよ。WWEだよ。とうとうアメリカ行っちゃったよ。
ってことはアレだね。ボクはこれを着たら、真っ赤な革のセットアップ姿で海老反りにならなきゃいけないんだな。あそこまでの海老反りは、ちょっとキツいかな。背骨折れちゃう……
「わあ、こんなのも買えるんだ。アマ◯ン、便利だね…」
期待を込めた目で僕を見上げる彼女。うん、やっぱりか。あの、くねくねした登場シーンも求められているのか。
ご存じない方には申し訳ない。詳しくは、「中邑 WWE 入場シーン」あたりで検索以下略。
精神が揺らぐ。彼女の希望には応えたい。なんといっても、一生をかけて幸せにすると決めた女性だ。
だが、くねくねパフォーマンスはともかく、さすがにあの海老反りは……背骨が、保たない。背骨をやらかしたら、彼女とのあんなことこんなことが成し得なくなってしまう。ボクは……彼女との未来のために、ボクの背骨を……守る!!!
っていうか、そのコスチューム、全然普通っぽくないからね………
……もう、ライガーでいいかな。
ふと、そんな考えがよぎる。顔見えなきゃ、誰だかわかんないわけだし。めっちゃツノ生えてるけど……伊勢エビに似てるけど………
いやいやいやいや、駄目だ。駄目だよセキカワくん。負けるな、セキカワ。気合いだ。気合いだ、気合いだ、気合いだ! 元気があれば何でもできる!1・2・3…
「関川くん、大丈夫? 顔、こんなんなってるよ?」
心配そうな彼女の声が、アニマルから猪木になりかけたボクを「ダー!」寸前で現実に引き戻した。
その彼女を見れば、しゃくれている。おそらく猪木になりかけたボクを真似て、しかめ面で顎をしゃくらせている。
なんということだ。しゃくれていても、彼女は可愛い。もういっそ、闘魂注入されたいぐらいだ。
「あのね、関川くん。私べつに、プロレスラーが好きなわけじゃないの。私が好きなのは、関川くんだけなんだよ?」
カンカンカンカンカン!!! 脳内でゴングが打ち鳴らされた。試合終了。キミの勝ちだ。
ボクは彼女の手を取り、そっと胸の中に引き寄せた。 かたく抱きしめながら、耳元で囁く。
「知ってるさ。キミの一番好きな服でお出かけしよう」
彼女の顔が幸せそうに輝いている。これでいい。これで、いいんだ。
「嬉しい! じゃあ……」
🍻
関川くん、着ることにしたようです。さて、彼女の選択は……
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