因縁

 入学して3ヶ月ほどがすぎた。


 アマリアとルークが教室に来て以来、アンナルチアの周囲は徐々に穏やかになって何人かは仲良くなり、一緒にランチを取ったり勉強会を開いたりもした。勿論アンナルチアは生徒会の仕事もあったし、クラスでは副委員長に抜擢されたこともあり、昼休みも放課後もスケジュールは詰め込まれ忙しい日々を送っていた。


「アニー!数学で解らないところがあるの!お願い、一緒に勉強して!」


「私、刺繍のステッチがうまくできないのよ。アニー、ここのステッチどうやったら綺麗にできるの?」


「ちょっと、スカーレット!私が先よ!」


 中間試験が近づいたこともあって、クラスは蜂の巣をつついたような騒ぎである。自習用に与えられた時間でクラスの女生徒がアニーに群がった。ダンスのステップが覚えられない生徒や、刺繍のステップが覚えられない生徒、数学や歴史を苦手とする生徒がアニーに教えを乞い、あまりの広範囲さにアニー人位では対処できそうにない。自分でなんとかしろ、と言いたいところだが長女の性か断りづらく、補習会を開けばいいのではと思い至った。


 アンナルチアが生徒会に意見を持ち寄り、全校で進められないかの伺いを立てると余裕のある二年生や三年生からボランティアを立ててもいいのでは、と話が進められた。教師陣にも助けを求め、試験までの二週間、毎日補習クラスが開かれることが決定した。初めての提案が採用されリンダには「お人好しねえ」と呆れられたものの、アマリアからは「さすが私のアニー」といつものように撫でくりまわされた。


 提案者であり、生徒会役員でもあることから、一年生の監修はアンナルチアが行うことになり、できる限りの補習クラスに顔を出し、不便はないか、何人くらいの出席率なのかを確認していたところで、ばったりトマスと鉢合わせた。


 入学式の日に絡まれて以来、接触はしてこないものの睨み付けられている自覚はあった。ケヴィンとマッコイはトマスから距離を置いているようで、別行動をしているのをよく見かける。


 だが、この日は少し様子が違った。


「よう、生徒会役員様じゃないか。へへっ、侯爵令嬢のペットになれてよかったなあ」


「……ご機嫌よう、トマス君。剣技の補習ですか?本日は特別学科のアルヴィス様が講習にいらしているようですよ」


「相変わらずお真面目に俺たちを監視しているんですかぁ?愛玩動物は飼い主に忠実ですねぇ」


 入学式の騒動から態度を改めないばかりか、捻くれてますます歪んでしまった気がしないでもない。片方の口角を上げてニヤニヤする顔は陰険で、悪いことを企んでいるように見える。一体どういう教育をしたらこんなふうになるのか。うちの弟だったらお尻ぺんぺんでは済まされない。そんなことを考えながら、どうこの場を切り返すかアンナルチアは首を傾げた。


「騎士科のアルヴィス様じゃ、強すぎて俺みたいなへなちょこじゃ相手にならないからなぁ。そういえば、お前女だてらに剣も振るうんだって?一度手合わせしてもらえないかなあ、生徒会のお犬様?」


 一際、声高々と言い放ったトマスに周りにいた生徒たちがヒソヒソと話し始めた。少し離れたところでクラスメイトのスカーレットが心配そうにこちらを見ていたのを見つけ、視線で合図をするとハッとした表情でこくりと頷き、そそくさと走り去っていった。


 意図したことを汲んでくれたなら、先生か生徒会の役員を読んできてくれるに違いない。単に逃げ出したのではないことを祈りながら、アンナルチアはトマスに向き合った。


「ほんの三ヶ月前に、私に腕を捻りあげられたのは覚えていらっしゃらない?」


 牽制とばかりにちくりと嫌味を言うと、ぎりっと歯を食いしばり、真っ赤な顔をして睨みつけてくる。至極単純で怒りを顔に表すなんて、この人貴族としてやっていけないんじゃないかしら、とアンナルチアは内心呆れた。周囲の生徒たちは忘れかけていた事件を思い出し、「ああ、あいつか」とばかりに嘲笑が溢れた。


「私剣技の授業は受けていませんけれど、それでもよろしければ構えくらいはお教えできましてよ?ですが、トマス君は男性ですから、アルヴィス様の方がよろしいかと思いますけれど」


「きっ…貴様っ!」


 アンナルチアの父親は元・騎士団長だ。かなり昔の話ではあるけれど、子供の頃から剣術の基礎は訓練されてきた。女であろうと男であろうと、自己防衛は必要だと言われ、母も弟たちもある程度の動きはできる。


 特にアンナルチアは女性騎士も頭に入れていた時期もあり、かなり自信はある。筋肉を肩や腕につけるのは令嬢としてあまり良くないし、成長期に筋肉質になると背が伸びないと言われたことも考慮して柔軟性のある体術に重心を変えたのだが。


「バカにするのも大概にしろ!そこまでいうなら、訓練をつけてやる!」


 頭に血が上ったトマスは、自分が教えを乞うたのにも関わらず、「訓練」という名の喧嘩を売りつけた。


「あなたに稽古をつけて欲しいとは頼んでいませんが」


「うるせぇっ!グダグダいうな!剣を取れ!」


「トマス君、黒星もう一つ付くことになりますがよろしいのですか?」


「訓練だ!言いがかりはやめろ!」


 いや、言いがかりをつけてるのはあなたですが、と近くにいる全員が思ったことではあるが、アンナルチアははあ、とため息をつきでは訓練場へどうぞ、と道を譲った。

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