告白

「僕はまだ諦めていない。いや、諦められなかった。常に遥か前を見て、高尚なるアニーに惹きつけられて、僕もいつしか高みを望んだ。僕の立場が弱いのなら、もっと上を目指して、君に相応しい男になろうと努力をした。国王の護衛騎士になれば、きっと周囲も納得させられると思った。


 アニーの実家が苦しんでいて、結婚を考えていない様だとアマリアから聞いて。僕自身棚ぼたで、公爵子息に成り上がりもした……まあ、これについては僕の努力ではないけれど……だから、公爵家の力なら手助けもできるんじゃないかと奸計した。


 汚い手を使って、サイモンに話を持ちかけたのも僕だ。後先を考えていなくて、君には嫌な思いをさせて、申し訳なかった。それでも、たとえ僕が男妾になってでも君のそばにいたかったのは事実だ。その浅はかな奸計も夫人にはすぐばれてしまって、怒られたけどね。騙して手に入れた日陰の関係では長くは続かない、きちんと信頼を築き上げるべきだって。その通りだと思った。


 アニー、いや、アンナルチア・ヴィトン伯爵令嬢。君を心から愛し、支えると誓う。僕はまだ夢を見ることは許されるだろうか」


 熱のこもった琥珀色の瞳がアンナルチアを捉えて離さない。真っ赤になったアンナルチアは、己の感情を抑えるのに必死だった。


「……リリシア嬢が友人の令嬢たちに、ルークと婚約したと自慢げに話しているのを聞いたの。私が、二人の恋の邪魔をして妨害しているから止めてほしいとお願いしていたわ。妨害なんて、そんなこと、した覚えもなかったし、ルークは、わ、私のことを想ってくれていると信じていたから黙ってた。でも次の日から、そんな噂が広まっていて、生徒会役員だからって職権濫用だって令嬢達に絡まれたわ。なんとかしようと、アマリアに伺いを立てようと思った日、ルークがアレックスに私と会うのを控えようと思うって言ってるのが聞こえて。それで、ご婚約の話は本当だったんだって」


「ちがう、それは」


「大丈夫。でも、ちゃんと向き合って話をすれば良かったって後悔してる。逃げるなんて私らしくないのに、どうしても正面から立ち向かえなかったの。だって私も、ルークのこと好きだったから」


 傷つくのが怖かった、と最後まで言えないままアンナルチアは座ったまま、ルークに抱きしめられていた。


 どくどくと、心臓が早鐘の様に打っている。


「初恋は実らないって聞いたことがあって……やっぱりそうなんだなって納得しちゃって」


 ぽろりとアンナルチアの瞳から涙が溢れる。


「僕の初恋もアニーだから、初恋ネガティブの二乗でプラス効果になったのかも」


「は、初恋?」


「そう。アニーに恋をしたのが初めてだ。今も発作が起きそうなくらい心臓の音が頭まで響いてる。このまま死んだらどうしよう」


「そんな形で恋が実らないのは嫌よ」


 クスリと笑って体を離そうとすると、ルークは腕に力を込めて抱きしめ直し、アンナルチアの首筋に顔を埋めた。


 今顔を見られたら羞恥で爆発する、と付け加えて。


「……不甲斐ない男だけど、結婚してくれる?」


「………はい。喜んで」





 どれくらいの間そうしていたのか、咳払いの声にはっと気がつき二人は離れた。入り口には侍女が頬を染め視線を外しながらも、茶器をもって立っていた。


「も、もう一度入れ直して参ります……」


「い、いえ!どうぞお構いなく!もう仕事に戻りますから!」


「ぼ、僕も公爵夫人と話がっ!それではアニー、仕事が終わる頃に迎えに来るよ。明日は君も休みだよね?今晩は飲み明かそう!」


「ひぅっ」


 ルークはおかしな意味で言ったわけではないだろうが、侍女はますます真っ赤になりキュウ、とおかしな声を上げて走り去っていった。


「へ、変な意味ではなくて!純粋に飲もうと!」


「女性にじっくり飲み明かそうなんて、普通言いませんよ!」


「ご、ごめん!」




 後日、マリエッタ公爵夫人は二十年にもわたる不義に耐え、夫の尻拭いをしていた手腕を生かし、王国倫理議会なるものを開催、大多数の有力貴族夫人や令嬢、大商会で働く女性達、そしてごく一部の貴族男性の賛同を得て、一夫一妻制度案を承認させ、女性の政治的発言の権利をもぎ取った。それに伴う法律の改正にも乗り出し、精力的に政治活動を行なっている。


 旦那様であったドイル公爵は捕らえられた後、名誉毀損罪や強制わいせつ罪、保護責任者遺棄罪に加え、精神的苦痛を与えたなどとされ、公爵夫人へはもちろん30人の女性とその子供達への慰謝料が膨大に膨れ上がった。支払い不可能な額は公爵位を夫人へ売り渡すことで処理され、性犯罪者として極寒地の教会へ送られることで放免された。そこでは男性のみが修行僧として働き、神へ懺悔をする毎日なのだとか。ちょん切られたのか、貞操帯をつけられたのかは定かではない。


 ルークは、ルーカス・ドイルとして公爵家に認知され、それまでの慰謝料として伯爵位を公爵家の子家として叙爵された。その条件にアンナルチア・ヴィトン令嬢との婚姻、公爵家への養子縁組あるいはそれに準ずる後継者の提供が定められた。


 サイモンは、領地へ篭りなんとか上手く領土を収めていると聞いた。アダムとは仲睦まじくしているようで、男色だと言うことを隠すこともなく受け入れられているようだ。


「さすがはマリエッタ様、と言うか。ちゃんとご自分の息子のことを考えていたんですよね」


「そうだね。でもアニーは良かったのか?」


「もちろんよ」


 アンナルチアはこれまでと同様、文官として王宮で勤めている。ルークは伯爵位を叙爵されたものの領地はないので、王宮騎士の立場を貫いている。ただし、アンナルチアとルークの間に子ができた場合、その子を公爵家に準ずる者とし、伴って公爵代理を継ぐことになった。養子と言う方法もあったが、二人とも我が子を手放すことに賛成せず、譲歩しての取り決めでもあった。


 そしてマリエッタ夫人が約束した通り、アンナルチアの実家には融資が施され、伯爵領は以前の活気を取り戻しつつある。昔の生徒会仲間だったリンダの起こした商会はますます大きくなり、隣国への輸出業も盛んのようだ。


「でも、この子が生まれたら考えなくちゃね」


 結婚してから三年目、そろそろ目立つ様になったお腹をさすりながら、ルークはアンナルチアの頬にキスを落とした。



~Fin~


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ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。いかがでしたか?


本当は学園編から、と思ったんですが、作者はどうも長編になるとだれて完結できないので、思い切って短編で仕上げてみました。ちょっと端折りすぎた感がしないでもないのですが、楽しんでいただけたら幸いです。

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