火山噴火
「は、母上!なななななぜ、そのようなことを。まさか、そんなわけ、ああ、あるはずがないでしょう!わわ私が、だだだ男色などと。あっはっは」
(そんなにどもってしまったら、肯定しているのと変わりませんよ、サイモン様)
どうやら母上には天下の公爵子息様も弱いらしい。
「何年母をやっていると思っているのです。この私を謀ろうなど、百年早い!」
サイモンは無駄に繕おうと試みたが、母は強し。公爵夫妻と一緒に暮らしながら、隠し通せると思ったサイモンの方が間抜けだ。
アンナルチアなど、13歳で学園に入って以来、実家に戻るのは年に数回といったところなのに、ほとんど全ての情報は両親には筒抜け状態になっている。学園で男子生徒と殴り合いの喧嘩をしたとか(三日間の謹慎と1ヶ月の奉仕活動で許された)、調理実習で火力を間違えて前髪と眉とまつ毛を焼いたこととか、どこそこの誰それに告白されたとか、どこぞの酒場で同僚と飲み比べをして勝った(次の日、二日酔いで仕事を休んだせいで上司から平日の禁酒を言い渡された)とか、剣の扱いを間違えて太ももを5針縫ったとか、隠していたことはなぜか全部ばれていたのだ。
学園の先輩でもあった友人のアマリア侯爵令嬢には『王族並みに影でもついてるんじゃないの』と笑われ、そうなのかもと疑心暗鬼になった時もあった。結果は全く違ったが。
母から事実を暴かれて、貴族夫人の情報網というものは侮れないのだ、と恐れ慄いた。全ては母の知人から伝わっていたらしい。田舎に住んでいようが、地の果てに住んでいようが、母には手に取るようにわかるから隠しても無駄よ、と言われた。それでいてこれまで自由にさせてもらっているのだから、本当にありがたい。
詰まるところ、サイモンがいかに上手に隠しているといると思って澄ましていたとしても、全て母にはばれていたのだ。
「貴方が13の頃から、そうなのかなと感じていましたが、いつか話してくれるだろうと待ってもいたのです。母は貴方に信頼されていないのですか」
「は、母上。そういうわけでは……ただ、私は母上を失望させてしまうと…」
悲しそうに言われ、サイモンはしょぼんと眉を下げた。彼は、速攻で男色家だと認めていることに気づいているのだろうか。
「貴方がそこの若い侍従と
「えっ」
「当たり前でしょう。うちにはセバスチャンという最高の執事がいるのです。なぜ優秀なセバスチャンとその息子のスティーヴを差し置いて、そこの
パッと扇子を広げ、窓際を見遣る夫人の視線をアンナルチアは追って、ギョッとした。
何とそこには黒服の男性が立っていたのだ。アンナルチアが部屋にいる間、全く気が付かなかったその男が、居心地悪そうにモジモジする。
「え。いつの間に…」
「最初からいました」
見栄のいい、その『顔だけで役に立たない道化』は一歩前に出た。
確かに、麗しい面構えをしている。緩やかなウエーブがかかった金髪に風が巻き起こりそうな長いまつ毛。騎士ほどではないが鍛えているのだろう、すらりとした体躯。僅かに震えながら頭を下げるその様子は、王宮のお姉様方の餌食になりかねない。
「奥様におかれましては、ご機嫌うる「口を聞く権利は与えていませんよ」…はい」
「あ、アダムは!役立たずではありません!」
「お黙りなさい、サイモン」
「はい」
サイモンがなんとか愛する相手を庇おうとするものの、あっさり撃沈されシュンと頭を垂れた。エセ完璧紳士の公爵令息も母の前では形なしだ。
「……母はね。もう、うんざりなのですよ」
マリエッタ夫人は、はぁ、とため息をつき扇子をパチンと閉じた。
「何度も、何度も。毎回、毎回。本当に呆れるくらい何年も」
あれ、……これは火山噴火の予感?
アンナルチアは巻き込まれなくてもいいはずの、公爵家の家庭内問題に巻き込まれつつあると感じていた。息子の性癖も勘づいていた奥方だ。もしかすると旦那様である公爵様の問題も手にとる様にわかっていたのではないか、とカーテシーを取りながら青ざめる。
「ヴィトン伯爵令嬢。貴女も顔をあげなさい」
「は、はい。ありがとうございます」
「私はね、もううんざりなのです」
マリエッタ公爵夫人は再度そう言い放った。先程の疲れたような言い方ではなく、何かを決意したような強い意志を持って。
「革命を起こします」
「「「はい?」」」
アンナルチアとサイモン、アダムは同時に素っ頓狂な声を上げた。
「貴方の父上はね、私と結婚してからというもの、私が調べ上げて手を差し伸べただけでも30人の女性と13人の私生児を作っているのです!この二十年、何度となく尻拭いをし、金銭を渡しては口を塞ぎ、家屋を与え、領地で仕事を斡旋し!母はもう我慢の限界です!」
何と。二十年で30人。平均して年に1.5人と子作りときた。精力的というべきなのか。それを黙って見逃してきた夫人もすごい。
「ルークを筆頭にベンジャミン、マルガレッタ、エイミー、ポール、マライヒにスーザン!ケーコ、マルコ、キンバリー、ロクサーヌ、スペンサーにヴォルフ!上は二十歳から下は二歳児まで!諸外国に行けば、まだまだいるかもしれません!その全て、私があの人の尻拭いをして!被害にあった女性たちも子供達もこれまで面倒を見てきましたが、もうたくさん!あれは害虫です!もうこれ以上世の中の女性に迷惑をかけないよう貞操帯を付けさせ、断罪いたします!いえ、ちょん切って極寒地へ隔離します!」
マリエッタ公爵夫人はそこまで一気に言い放ち、肩で息をすると侍女からお茶を手渡された。ごくごくと立ったまま飲み干し、優雅に差し出されたハンカチで口元を拭う。言っていることはえぐいが、そんな姿もなぜか気品に溢れるから素晴らしい。
私生児たちの名前を全員覚えているというあたり、本当に手を差し伸べているのだろう。ちょん切るというのは、つまり、アレを、ということでしょうね。どちらを極寒地へと送るのでしょうか。ちょん切った先か、本体か。
そんな自分の息子の様子を見ながら、マリエッタ公爵夫人はパンパン、と手を打ち鳴らしてくいっと顎を上げた。
「ルーク!入っていらっしゃい!」
「え?」
唖然としているうちに執務室のドアを開き入ってきたのは、いまだに未練を寄せる愛しい彼の方。アンナルチアの初恋の相手、ルーク・エドモントンだった。
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