幕間 アイドル捜索隊
「ぜぇぜぇ、ふうっ。タラコ唇さん、そっちは進展あったり?」
「うげぇ。くぅ、吐きそ。全然、見付かんない。ミサキちゃんと違ってリンクで変身したら、陽子ちゃんに誰か、分かんないし生身で動いてるんだけど、胸が痛い……」
「Gカップで走るのは辛そうだね」
「ミサキちゃんだってF寄りのEカップなのに」
海外旅行を兼任した仕事を早めに切り上げた後、タラコ唇とミサキの二人は行方不明となったアイドル、陽子を探して走り回っていた。
他のワンダーランドのメンバーも協力しており陽子の顔を見知っている人員で心当たりを手当たり次第に捜索している。
時間帯が夜遅くなってきていることから自衛が出来る人間が中心に動いてはいるが、残りのメンバーも行方不明者捜索のビラを作成して協力をしていた。
「でも、まさかストーカーに嫌がらせに盗難にパワハラにセクハラに盗撮とはね。ユカリさんのやった事はエグいけど、どちらにしろ失踪してたんじゃないのかな」
「ううん。多分、どんなにキツくてもアイドルとして順調なら耐えられたと思うよ。私はユカリさんのせいだと思う」
「そっか」
「うん、だから絶対に見つけないと。ユカリさんとお姫ちんの為にも」
「そだね。うし、気合い入ってきた!」
ディストピアの未来対策の前に、一人の女の子と仲間の心を守る為に二人は走っていた。
「これが陽子さんの宣材写真です。ついでに事務所側も捜索するよう動かしたから手掛かりが見付かったら連絡が来ると思うわ」
「……ありがとう、ございます」
「それではビラ作成よろしくお願いしますね」
「待って下さい」
山川陽子の行方不明者捜索のビラを作っていたワンダーランドメンバーにユカリが顔写真を提供した場の事である。
公安警察である鈴原の見張る前で、そうモロホシはユカリを呼び止めた。穂村の時と同じパターンかと鈴原は眉をひそめた。
モロホシは可愛らしい容姿に仕草・印象とは違い真っ直ぐな性格をしている。見て見ぬ振りをすれば丸く収まるはずの場面で、それでもモロホシは糾弾する。最初は穂村雫というワンダーランドでも屈指の怪物で、次は石沢優香という世界最大の秘密結社の幹部だ。恐れで身体が震えているにも関わらず発言を取り消そうとはしない。その不器用さは穂村雫と良い勝負なのではないかと鈴原は思った。
「どうしました?」
「貴女も、未来の為なら人の人生を奪っても構わないと考えてるんですか」
「そう……ですね」
穂村雫はディストピアの未来を避けるためにアリス姫を殺害しようとしていた。本人が許した以上、その事自体は追求しないとしても、それはワンダーランドを潰そうとしたに等しい。関係者の多くが路頭に迷う行為だ。
今回のユカリの行為も穂村の事件と通じるものがある。先を見据えて世界の為に、大の為に小を切り捨てる。そういう選択であった。
「私は穂村さんのように自信を持った言動は出来ません。後悔してます。やらなければ良かったと思っていますよ」
「そうなんだ」
ホッとした様子のモロホシに、ですが、とユカリは付け加えた。
「より良い未来の為。その為ならば犠牲を厭わない。その感情は共感できます。私も現状がベストであるとは到底思えませんから」
無意識にユカリはお腹を押さえた。もう子供を産めない身体のユカリにとって、中絶された子供の為の行動は一種の代償行為のようなものだ。
あるいはアリス姫に頼めば再び子供を産める身体へと戻れるのかもしれなかったが、再び流産するかもしれない恐ろしさは味わいたいものではない。結局、頼みはしなかった。
「陽子さんが死ぬかもしれないのに、そう言うんですか」
「耳が痛いですね。ですがモロホシさん。いえ諸富星野(もろどみほしの)さん」
「私の名前……」
「代議士の父親に子だと認知されなかった苦しみは分かりますが、公の為に私を切り捨てる。そういう選択は政治では必要不可欠なものなんですよ」
モロホシの顔が歪む。それは穂村をモロホシがどうしても受け入れられないもう一つの理由だった。
父親が遊びで愛人を囲った末に生まれたのならば、まだモロホシはここまで頑なにはならなかったかもしれない。だが、モロホシの父は政治家として活動する為に華族の血筋の家へと婿養子に入っており、愛し合っていたはずの妻を捨てているのだ。その後も密かに資金援助をしたり愛人として囲ったりして繋がりが消えたわけではなかったが、モロホシが実子と認知されることはなかった。
父親の中途半端な愛情がモロホシにとっては遅効性の毒として機能し、恋愛に肯定的な感情を抱きづらくなってしまったのだった。
下手に父親が政治家としては有能なのもモロホシにとっては受け入れづらい事実であり、父親と似たような匂いのする穂村に苦手意識を持っていた。
そして今、目の前にいる女もまたそういう類いの人種である。ユカリが心の底から悔いているとモロホシは察していたが、それでも言わずにはいられなかった。
「それは切り捨てられた人間への言い訳にはなりません」
「そうですね」
ユカリは新しく増えた子供の泣き声に同じ事を思った。
「よく、分かります」
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