幕間 秘密結社
【それでサモンバーチャルには固有能力と禁則事項がありまして、禁則事項を破った場合、主にも制御不可能な状態へと】
「………………、そうか」
公安警察のスパイの報告を聞いて渡辺は静かな声で呟いた。想定してはいたが、ここまで容易く人は洗脳されるのだと現実を突き付けられると苦いものがある。
優秀な諜報員というわけではなかった。だが国のために我が身を省みぬ献身は本物だった。
救いはせめて命に別状はないらしいことくらいだろうか。コックリさんを実行した新興宗教グループに潜入した公安職員も傍目には元気そうであった。
たとえ死体を蒐集している危険なカルト組織に繋がる企業だろうと、生きて普通に暮らせるのなら生贄のように送り出した渡辺の良心の痛みも多少は和らぐ。
【信じていませんね。仕方ない事ですが。でも、私の発言は全て記録として残して下さい。カルト組織がどういう思想でどういう設定の上に信者を集めているのか。その類いの情報も大切な一次資料になりますよね?】
「ああ。分かっている」
渡辺の聞く限り、話し相手は十分に理性的に思える。洗脳されたのは何かの間違いではないのか。そうも思った。だが、そんな思いはしかし現実の事としてフィクションの異能を語り続ける話し相手に粉砕された。
もう良いのだと言ってやりたい気分ではあったが、それでも渡辺は最後まで相手の言葉を聞き終えた。そうすることでしか誠意を示せはしないのだ。
だが、危険なカルト組織を表現するには不適切かもしれないが、比較的にマシな組織であるとも渡辺は感じていた。もっと酷い前例があったのだ。
以前にも似たような状態に陥った諜報員がいた。その諜報員は脳に虫が這い回っていると泣いて助けを求めていた。最終的には情報を受け取っていた諜報班諸共、行方不明になった。今でも行方は分かっていない。捜査資料のみが資料室に残されている。渡辺も一度、資料を漁ってみたが得体の知れない気味悪さと気持ち悪さに負けて途中で閲覧を止めたことがある。これは単に臆病風に吹かれたなんてレベルの話ではない。
世の中に電子ドラッグという言葉が広く認知されているように、文字や絵・音声だけで過度な常習性や多幸感を感じさせたり、精神を不安定にさせることが可能であると実証されている。これは洗脳にも利用可能な技術であり、これをサブリミナル効果と言う。潜在意識を刺激することで被験者の行動を意識的に誘導するような映像を現実に実験として作成された事すらあるのだ。
映画の視聴中に「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」というメッセージが書かれたスライドを1/3000秒ずつ5分ごとに繰り返し二重映写をすることでコカコーラは18.1%、ポップコーンは57.5%の売り上げ向上を果たしたという実験結果となった。他にもサブリミナル効果の実験はされていて必ずしも意図した通りの効果を得られるとは限らず懐疑的な目で見られていた時期もあるが、現在では限定的ながらも実際に効果があると判断されて日本では1995年に日本放送協会(NHK)が、1999年には日本民間放送連盟がサブリミナル的表現方法を禁止することを明文化している。
このように世界には目にしたり耳にするだけで影響を与えるような物が存在するのだ。その中でも特に害を及ぼす一部の特殊な物品は密かに回収されて秘密裏に保管されている。
渡辺が閲覧した資料も危険だと判断されて捜査資料を見ること自体が一部の捜査官にしか許されてはいないくらいだ。こういう特殊な事件は禁忌案件と密かに呼ばれて恐れられている。普通の刑事が捜査に当たることはない。
実は警察内部にもオカルトを信じる派閥はあり、禁忌案件は自動的にその派閥の管轄として任される事になっているのだ。
場合によっては渡辺の追っているカルト組織もオカルト派閥の管轄なのかもしれなかった。少なくとも洗脳は出来る。怪しいが潜在能力解放も事実かもしれない。
だが、このカルト組織は警察組織の上層部に伝手を持ち圧力を掛けてきた。公安警察が譲ることは断じてない。
そのはずであった。
「馬鹿な。捜査中止だと?」
「ああ、そうだ」
偶然、公園のベンチで隣りに座った体で渡辺は他の諜報員と情報交換していた。電話では話せない類いの情報は対面して話す。これが最も古くさく、そして効果的であった。つまり電話では話せない程に重要な情報を掴んだという事である。
「待て。俺達は最後の砦だぞ。俺達が圧力に屈するということは日本が圧力に屈したということだ」
「その通りだ」
「何を知った。単に通達を先んじて聞いたわけではないのだろう」
渡辺が知っている中で最も優秀な諜報員は苦虫を噛みつぶした表情で告げる。
「内閣総理大臣だ」
「あん?」
「圧力を掛けている大本はそこだ」
流石の渡辺も言葉を失った。政府内にカルト組織のシンパがいる可能性は考えていた。あるいは大臣クラスの黒幕がいるかもしれないと想像したことすらあった。
だが、現役の総理がカルト組織の片棒を担いでいるなど思考の埒外だった。もはやそれは暗躍なんて言葉では済まない。日本がカルト組織に密かに支配されている。そんな陰謀論を聞いた気分だった。
「だが、恐ろしいのはそこじゃない」
「まだあるのか……」
「総理は別にカルト組織のシンパでもないし好きで従っているわけでもないのさ」
ある意味、それは救われる言葉でもあった。日本のトップがカルト組織に洗脳されているなんて悪夢は起こっていなかったのだ。
だが、それは日本のトップを顎で使える存在がいるという事である。
「石沢優香(いしざわゆうか)。ユカリという名で活動している風俗嬢。こいつがカルト組織の実質的なボスであるのは知ってるな?」
「ああ。精神的な支柱は別人のようではあるが」
「そこは問題にはならない。最終的な方針は頭脳であり交渉役である奴の提案通りに決まる。カルト組織自体もあの女に操られているのかもな」
その言葉に渡辺は思い当たる節があった。表のトップとして振る舞っているアリス姫は人情味あふれる人物像をしていて、実際に行っている犯罪とはチグハグな印象を受けていたのだ。調べても偽造された身分しか判明しない正体不明の人物ではあるのだが。
「石沢優香。奴はフリーメイソンだ」
あまりにも有名な秘密結社の名を聞いて渡辺の思考が止まった。
じわりじわりと理解が進んでいき、何が起こっているのかようやく全貌が見えたのだった。
「いつから日本は海外の植民地になった」
ブルーブラッド。世界の支配者に一国のトップでは逆らうことなど出来はしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます