六十四話 新世界創造計画
さて、配信でキャッキャと戯れた後はお仕事の時間である。いや配信もお仕事だけどね?
気持ち的にはキャバクラで接待してもらった社長さんな感じ。これからやるのは地味な事前調整と会議に談合かな。まあ裏社会とズブズブになることを仕事つったらそれはそれで怒られそうだが。
「ここがバーチャル界ですか。なるほど、この広さは新世界と言っても過言じゃありませんね」
バーチャル界の自己領域に招いたのはサキュバスの親玉であるユカリだ。俺はバーチャル能力で世界各地18ヶ所をワープ出来るようになったからな。流通の革命のみならず絶対に見付からない密輸ルートとか金儲けをして下さいと言ってるようなもんだ。麻薬カルテルに目を付けられたら堪ったもんじゃないし廃人を量産する手助けとかしたくないから、そこだけはユカリに警告しておくつもりだが。ヤクに限定しなくても金儲けの手段とか幾らでもあるだろ。
回復魔法で薬物依存症の治療は出来るが、俺が治せるような機会がそもそも来ないだろうしな。明確に禁止しておかないと。
「流通のみでは勿体ないですね。移住の方は考えておられませんか?」
バーチャル界の広さはVtuberの影響力によって広さが変わる。例として穂村のバーチャル界を出すと。
1万登録で東京ドームより若干狭い200メートル四方で面積4万平方メートル。これが5個分で20万平方メートル、0.2平方キロメートルになる。
で、俺は18万登録者数になるから単純に東京ドーム18個分ってわけじゃないらしい。もっと広い。
1万登録者分でおおよそ穂村を基準にして100倍ってところだ。4平方キロメートル。それが18個分。しめて72平方キロメートル。
参考に東京の面積を例に出すと、東京の土地面積は2000平方キロメートルオーバーで東京23区が600平方キロメートルオーバーだ。3区画分くらいの広さはあるな。十分に経済活動の舞台になり得る。
100万登録者数にまで届きゃ更に100倍に面積が広がる可能性すらあるしな。その場合は400平方キロメートルの100個分だから4万平方キロメートルか。北海道の半分くらいの面積になるな。
広すぎて外部にまでテレパシーが届かないのは逆に不便か? テレパシーは現在1200キロ以内だ。地味に成長している。
「恒常的に人を住まわせるって事か? なあリデル、俺が死んだらバーチャル界はどうなるんだ?」
「そうね。少しずつ端から集合無意識によって形成されたバーチャル界に呑まれていくわ。別に環境は変わらないけれど、私の固有能力で形成されたポータルゲートは崩壊するみたいね」
「二度と現実世界に戻れないのですか。その程度なら許容範囲ですね。死後も現実世界に戻れる猶予期間があるのなら問題にはなりません」
アリス・リデル。ルイス・キャロルによって執筆された童話『不思議の国のアリス』に登場する主人公のモデルだ。
俺のバーチャルキャラクターに相応しい名前だろうとアリス姫を今後はリデルと呼ぶことにしたのだった。
「なあ、犯罪者の巣窟にするとかは止めてくれよ? 雲隠れには最適の土地だろうけども」
「意図して危険人物を集めたりはしませんよ。私の派閥の者まで犯罪者と断言されてしまうと言い訳のしようがありませんが」
「諦めなさいな。この女を身内に引き入れた時点で手遅れよ。むしろ穂村を受け入れた貴女がそこらの犯罪者に気後れするとは思えないのだけれど」
「いや、そのあれだ。穂村に悪意はないんだよ」
「そっちの方が怖いですよ」
鳥肌が立ったのかユカリが腕をさする。穂村の話を聞いてからユカリは全くワンダーランドに来なくなった。
ガチでびびってるな。そこまで恐ろしいのか。
まあディストピアになる未来を予知したからって親切そうに何の罪も犯してない人間を殺しに行くってヤバいか。そうだよな。
普通は警告して話し合うだろうし、本人に話が通じなくても他のメンバーに相談するだろ。少なくともノータイムで殺しにはいかんな。
あれ、穂村ってマジでサイコパスじゃん。何で俺、ここまで気を許してるんだ? でも嫌いになれないんだよな。不思議と魅力的に見える。
クトゥルフ神話の邪神と邂逅して忌避感が麻痺でもしてんのかね。清々しいまでの迷いのなさが凜々しく見えるのだ。まあ、その迷いのなさで俺を殺そうとしてんだけど。
「分かっていましたが姫様も常人ではないですね。敵に回さなかった自分を褒めて上げたい気分です」
「俺にとっちゃユカリの方が怖く見える時があるんだけどな」
「武官が軍師を怖がるようなものでしょうね。安心なさい。どちらも真面じゃないわ」
リデルがそう締めくくって話は終わった。この後は試しにポータルゲートの作成をしてみることになってる。
ひめのや株式会社の本拠地にしてワンダーランドグループの職場兼住居になってるマンションの一室を転移部屋へ改造してみる予定なのだ。
部屋の一室をポータルゲートにするのは流通の観点から見て勿体ないだろうけど、遠隔地から帰還するには便利だしな。俺の関係者のみが通行可能な抜け道があった方がスムーズに物事を進めやすいだろうし、いざという時は仲間の緊急避難ルートに出来る。おまけにテレパシーの有効範囲に東京を常に収められるし。
逆に危険人物がバーチャル界からワンダーランドのマンションに来る可能性はリデルがワープを禁止出来るらしいから考えなくていい。俺が死のうと暫くの間、亡霊のように顕界してるらしいし、この件に関しては完全にリデル任せで良いのだ。
というかエインヘリヤルの皆も俺の死後、暫くは消えないっていうからな。RPGだとボスを倒せば終わるが現実はそう簡単にはいかないってことか。
これ一見、俺に有利なルールに見えるけど実は違うだろ。主を殺しても大丈夫だよって部下に謀反を唆してるだろ。微妙に性格悪いんだよな神様。邪神コスプレをするだけはある。
「うーん、どうしても神様の掌の上感があるんだよな。見えない糸で操られてるっていうかさ」
「あら、よく気付いたわね。貴女の信頼する直感。何割かは神様からの啓示よ」
「マジで!?」
「気を付けなさいね。カンを妄信してたら知らない内に操り人形よ」
うっわ、それは嫌だ。つーか、普通の直感と啓示をどう見分けろっていうんだよ。
この気持ち悪い感じ、神話の英雄とかも味わっていたんだろうか。神様に運命を翻弄された人間とか枚挙に暇がないぞ。
あの最強と謳われたヘラクレスでさえ、度々ヘラに狂気を吹き込まれて暴れてたっていうからな。子供や親友とか狂気に駆られて殺してた気がする。
「じゃあ、あの白い靄で遮られている自己領域と集団無意識で形成されたバーチャル界の境目。あの向こう側に行っちゃいけないと感じているのも神様の仕業?」
「それは生存本能じゃないかしら。形成されたばかりのバーチャル界なんて何があるか分からないわよ? それこそクトゥルフ神話のクリーチャーが居てもおかしくないもの。夢で化物に追いかけられた経験はないかしら。無意識に人々は怪物を創造してしまうの」
「それドリームランドに入り込んだとかじゃないよな?」
「違うわ。だって生きて目覚められてるじゃない」
どういう危険地帯だよ。ドリームランド。
つーかバーチャル界も想像より物騒なんだが。自己領域にまで怪物がやって来たりしないよな。
迷っていたが俺の自己領域は銃の持ち込みは有りにしようか。自己防衛、自己責任を標語にしないと面倒を見切れない気がしてきた。
「自己領域は貴女の世界だから結界に覆われているようなものだけれど、そうね。貴女が死んだら大変なことになるもの。銃くらい認めた方がいいわ」
「やっぱ怪物が来るのか……」
「可能性がなくもないってあたりかしら。ファンシーなマスコットが来る可能性だってあるのだし」
ああ、でも。そう意味ありげにリデルは一拍を置いて笑った。
「ポータルゲートを通って現実世界にまで進出なんて可能性もあったわね」
うし。戦車でも買うか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます