六十話 そして日常へ

 穂村による俺の暗殺騒動は下手人の自滅という形で収束した。

 犯行の動機からして闇堕ちして仲間をいたぶって苦しむ前に介錯して上げようという斜め上の善意だっつーから驚きだな。いや、余計なお世話だっての。

 最初に聞いたときは目が点になったぞ。しかもその理由で自分の命を賭け金に最後まで走り抜いたんだから大したもんだ。俺以上の馬鹿とか初めて見た。


 今回の事件の全容を知った知り合い全員があまりの理解出来なさに後退ったからな。え、何それ怖って顔してた。

 俺の知る限り現代社会で最もクレイジーなユカリでさえ私の部下じゃなくて良かったと胸をなで下ろしたからな。うん、俺が標的じゃなかったら絶対ユカリを殺そうとしてたな穂村は。だってユカリの最終目標、世界征服だし。


 一応、俺は絶対命令権を私的利用するつもりはないって説明もしてみたんだが、それも無駄に終わった。

 無自覚な悪意を振りまく奴隷で構成された国で君臨する命を弄ぶ悪魔か。俺が辿るかもしれない穂村の未来予知によるビジョン。予知能力者に断言されると無視できないリアルさを感じるな。これに関してだけは俺も否定できなかった。

 だってそれこそがエインヘリヤルのチートの本懐だもの。たとえ蘇生魔法を全く使わなかったとしてもエインヘリヤルは何度でも復活する。誰もがエインヘリヤルになって誰もが死なない未来がやって来たらそりゃ命の価値なんてないも同然だろ。

 英雄同士が命を奪い合うことで武を高めて終わったら宴会。このエインヘリヤルの伝承そのものを穂村は目の敵にしてるからな。命を弄ぶなって。


 穂村の視た未来を少し教えて貰ったんだが、現代日本の文化そのままに不老不死になった国を想像してみて欲しい。

 イジメは被害者が死ぬまで続いて特に咎められない。何度も何度もいじめられっ子は殺される。自殺して終わらせることすら叶わない。エインヘリヤルは俺の内部で眠りにつけるから終わりたきゃ俺に会いに来る必要がある。でも未成年だと親の同意がいるからいじめられっ子は耐えるしかない。

 ブラック企業は従業員を過労死するまで働かせるのが当然で、死ぬと特別手当を出さなきゃいけないからパワハラで死ななかったことにして書類を改竄される。

 サバゲーの代わりに流行ってるのが人間を使ったマンハントだ。借金をした人間を標的にして貸し出された銃を手に客が笑いながら追いかけるのだ。

 育児放棄で餓死する子供は珍しくもない。社会保障も税金の無駄遣いとカットされた。それでも子供は育つから倫理感は根底から崩壊している。


 そりゃ堕落して悪魔になったと穂村も思うわ。奴隷になるのを死ぬより嫌がってたのはリリエットでのトラウマだけじゃなくて、エインヘリヤルになってこんな世界に巻き込まれたくなかったってことか。

 エインヘリヤルになってからはもう未来のビジョンは視えなくなったらしいが、俺のことを詳しく知ったことで、言葉一つ話さないで無表情で玉座に腰掛ける俺の姿も発見したらしい。その世界の俺に一体何があった。


 俺もちょっとその未来は遠慮したい。でも、エインヘリヤルのチートを使わないなんてことは今更出来ないし、エインヘリヤルを増やさなかったらエナジードレインで永遠に孤独に生きていくってことなんだよな。まあ、現状の人員でも十分楽しくやっていけるだろうけど個人的にエインヘリヤルは増やしたいのだ。

 多分、俺には人材収集の性癖がある。ソシャゲでお気に入りのキャラクターを集めることに破産しようが執着するようなガチャ狂い的な人種の人間なのだ。

 ガチャ、ガチャを回さないでソシャゲを続けろだと? お前は正気で言っているのか?

 これが穂村に指摘されてもエインヘリヤルを増やすことを止められない俺の心情に最も近い。穂村の異常性を受け止められたのもガチャで出てきたURに狂喜乱舞してプレイヤーを殺そうとするキャラクターだってのがまるで気にならないようなもんなのかもな。ガチャ道とはこれ死狂いなり。


 いや、穂村の指摘した破滅の未来を避ける気はあるよ?

 その為にやっぱチートの存在は社会に絶対に公表してはならないって強く思ったし。俺が僻地に籠もって表に出ない限り命がゴミ扱いされる未来は回避できるだろ。お誂(あつら)え向きのチートも手に入ったし。ま、現状でも権力者にとって一般民衆は補給の効く資源みたいなもんだって俺は思うけどな。知ってるか? 現代社会でも世界征服しようぜって思想は生き残ってるんだぜ。


 これを新世界秩序(New World Order)略称NWOと呼び、世界政府を作って政治・経済・金融・社会政策の統一を図り、最終的には末端の個人レベルで思想や行動を統制しようという管理社会を目指す思想だ。他にも世界基督教統一神霊協会というキリスト教を土台に出来上がった新興宗教が世界統一活動を肯定してるしな。傘下企業も結構あるし信者もそこそこいて、とある国に世界統一させようって信仰から国のバックアップすらあると思われるのだ。勿論、他のキリスト教宗派からは異端認定されてる。


「な。俺とか絶対、大したことないって。むしろディストピアになるんだったら、こういう思想とか宗教の方がずっとヤバいって」

「それは肯定しますが、アリスさんが危険ではないという話にはなりませんよね?」

「それはそうだけどさー」


 うん、会話相手はあの穂村雫だ。あんなにしんみりした最期を遂げたけど、エインヘリヤルとして普通に復活した。

 そういうチートだからね。仕方ないね。


 英雄ガチ勢の穂村はエインヘリヤルになろうと俺を殺そうと狙ってきたんで絶対命令権で行動を封じた。七日間くらい寝ないでずっと命令し続けた。

 どうやら絶対命令権のレベルアップは抵抗の意思が強い程に成長し易いらしい。穂村を命令で封じ込めた一週間で効果時間が24時間へと延長されたからな。

 絶対命令権を2,3ヶ月くらい毎日訓練して5分が30分に延びて喜んでたのに、一週間でこれだぞ。どういう精神力をしてんだよ。


 一瞬の隙も見逃さないと、エナジードレインによる精気補給で睡眠不要になってる俺と七日間ずっと起きたまま話してたからな。何かここまで来ると偏執的な愛情すら感じるんだが。穂村って別に嫌いだから殺そうとしてるんじゃねえから殺意は愛情の裏返し的なとこがあるんだよ。俺の事やワンダーランドの事が好きになるほど殺害しなければならないという決意が高まってるんだと思う。

 説得して納得する奴じゃないから仲間として取り込みたいなら絶対命令権を行使し続けるしかない。それか、破滅の未来を否定できるような材料を用意するか。


 穂村にとっては永遠に世界の奴隷として望まぬ生を生きるってのは死ぬよりも辛いことだ。それは俺にとっちゃ不幸な状況じゃないって意見は通じない。何故なら、俺自身にも不老不死が幸せなことなのか断言は出来ないからだ。その機微を見抜いて穂村は自分の見通しの方が正しそうだと確信を深める。

 だから穂村を説得するとしたら大前提を覆すしかない。

 たとえば俺以上のチート能力者が存在するから未来永劫に生きるかは怪しいとか、俺が死んだ後にリリエットやワンダーランドの皆が普通の人生を歩めない程に世界が物騒だとか、実はエナジードレインやエインヘリヤルでは不老不死の実現はできず寿命や蘇生回数が決まっているとか、どれでも一旦は矛を収めてくれるだろう。

 で、今のところそんな情報はないわけで。唯一、幽霊の実在で穂村も多少は迷ったがな。見えてない人間の被害は少ないらしいという情報が邪魔で説得するには至ってない。


 仕方ないんで当面は殺人するなって命令を出し続けることにした。24時間以内に一回テレパシー越しに命令すりゃいいから楽なもんだ。

 一週間の穂村との問答は説得以外にも解放した後にワンダーランドの皆に危害を加えないかの人格調査も兼ねている。戦って分かり合えた気はしたんだが念の為にな。

 結果、ユカリ以外は平気だろうと判断した。穂村は悪人を裁くとか正義をなすとか意識してるんじゃなくて、破滅の未来を防いでいるに過ぎないから大抵の奴はターゲットにならないのだ。世界への影響力というものが足りない。

 うん、絶対にユカリとは会わせてはいけないな。勇者に魔王を紹介するようなもんだ。


「そもそも自由にする必要あるの? お姫ちんはエインヘリヤルを眠らせることが出来るんだよね?」


 穂村を解放する前にタラコ唇さんにそう苦言を言われた。人を殺すような人間は刑務所にぶち込むべきだろっていう常識的な見解だな。

 未遂とはいえ十分に犯罪だ。俺の他にもミサキが銃撃されたりしている。サキュバスだから撃たれても2,3分で傷が治ったと知らされてなきゃ俺も容赦しなかっただろう。でも死なないようにと、それすら計算して銃撃してるから穂村は質が悪い。


「これは俺の我儘だ。穂村を気に入った。だから穂村が欲しい。それだけだ」

「お姫ちんはさぁ……」


 しみじみと溜息を吐いてタラコ唇さんは受け入れてくれた。

 何時もゴメンね。

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