五十九話 終

「くっそが。茜ヨモギの禁則事項『自己犠牲』の禁止に違反したと見做(みな)す」

「迷うけど村雨ヒバナの禁則事項『自暴自棄』の禁止に違反したと見做すよ」


 二人のバーチャルキャラクターが穂村雫の指揮下から外れて完全な自由意志で動き出した。

 それでもミサイルの迎撃は一見、不可能と思われた。ミサイルの爆撃範囲が広すぎるからだ。

 だが、そういう思考に到るのは日本人がミサイルと聞いて想像するのが核ミサイルだからだ。一つの都市を死の街にした戦略兵器。戦争の趨勢すら左右した兵器を基準に被害範囲を考えているのだ。

 ミサイルの威力は先頭に搭載された弾頭によって決まる。通常弾頭はピンからキリまで威力も効果も異なるが、仮に10階から20階程度のビルを吹き飛ばすくらいの威力だと想定した場合。


「100メートル先にいても爆風で吹き飛ばされるな」

「十分、広いわ!」


 アリス姫の言葉に茜ヨモギが怒鳴り返す。


「くそ、おい白岩姫。ミサイルをロックして時間稼ぎを……」

「白岩姫の禁則事項『優柔不断』の禁止には該当しない。ボクは協力しないよ」

「ちっ」


 茜ヨモギは倒れた穂村を見て考える。たとえ20万登録のバーチャルキャラクターだろうとミサイルが落ちてくるまでに人一人を抱えて100メートル以上避難するのは不可能だった。バーチャルトラベルによる世界渡航は本体である穂村の意思が伴わないと発動できない。逃げ場はない。何とかしてミサイルを防ぐしかないのだ。

 だが、その前に穂村に近付くアリス姫を見て未だに戦闘を続ける気かと警戒することになった。


「おい、それ以上、近付くと」

「近付かないと結界の守護領域に入んないだろ」

「あん?」


 気絶した穂村を前にアリス姫は結界魔法の詠唱に入った。攻撃緩和型の結界と短時間の無敵結界を併用してこの場を凌(しの)ぐつもりなのだった。

 ミサイルを落としたのは穂村だ。その穂村をミサイルからアリス姫は守ろうとしているのだった。馬鹿みたいな話だ。それを見て茜ヨモギは笑った。


「穂村のこと、頼む」


 コクリと頷いたアリス姫を背後に茜ヨモギはミサイルを睨む。

 ミサイルは1発で2,3千万はする。それを割高になるはずのバーチャル界で1千万で購入したのだから相応の劣化があった。

 ミサイルは敵地に向けて飛翔する兵器だが、穂村の作成したミサイルは単に空中に出現して落下しているだけ。その降下スピードは比べようもなく遅い。

 それにミサイル自体がボロボロで本当に使用に耐えるのか不透明であった。かなりの時間の経年劣化があるものと見られる。

 だが、ミサイルは時間で無害化したりはしない。戦前に撃たれたミサイルが不発弾として地中に眠っていても爆発する危険性は残ったままなのだ。


「ヒバナ、転移の連続発動でミサイルを空中で破壊出来るか?」

「無理。そもそも空気を転移対象にすること自体が穂村がいないと出来ない」

「使えねぇ」


 茜ヨモギと村雨ヒバナ。二人のバーチャルキャラクターの固有能力と性能を茜ヨモギは思い返し、やはり空中でミサイルを爆破することにした。

 まず強靱な身体能力で付近にある巨大岩石の一部を殴って破壊すると、その石片を村雨ヒバナに可能な限り持たせる。

 次に村雨ヒバナの足を持つと石片を持たせたままジャイアントスイングをする準備をした。


「ねえ、嫌な予感がするんだけど」

「お前は黙って転移の準備をしてろ」

「ぴィッ」


 村雨ヒバナの悲鳴を無視して、茜ヨモギは村雨ヒバナを振り回して空中に放り投げた。

 5メートル以内の5kg以下の物体の座標の入れ替え。それが村雨ヒバナの固有能力『双転移』だ。体重が重すぎてアリス姫をミサイル付近にまで飛ばしてアイテムボックスに収納するなんて真似は出来ないが、体重という概念自体が存在しないバーチャルキャラクターならば転移対象に出来る。

 それを利用して茜ヨモギは石片と座標を入れ替えて空中の村雨ヒバナに追いつくことが出来た。後は物理法則を超越した身体能力で村雨ヒバナを更に上空へ放り投げるだけだ。帰り道を一切考えない玉砕特攻だった。

 自己犠牲をこそ最も嫌悪する茜ヨモギが、また同じ事を繰り返していることに内心で笑った。

 どうやらバーチャルキャラクターであろうとも、その程度で穂村雫の愚かしさは変わらないらしかった。


「だったら、そのまま突き抜けてやらァァァッッ!!」


 茜ヨモギの拳がミサイルの頑丈な外壁を打ち抜いた。




 攻撃緩和型の結界を張り終えたアリス姫は空中でミサイルが爆発するのを見ていた。

 茜ヨモギの献身に感嘆を覚えると共に無事で済むかは五分五分だとも冷静に判断していた。おそらく攻撃緩和型の結界では持たない。

 緩和型は持続ダメージには強いが、強力な攻撃に耐えられるようなものではないのだ。所詮は防御力バフ魔法に過ぎない。

 重要なのはタイミングだ。可能な限り爆炎が結界を突き破るギリギリを見計らって短時間の無敵結界を発動させるしかない。

 極限の集中力がアリス姫をゾーンと呼ばれる無我の境地に導き、押し寄せる炎をスローに見せていた。

 そして炎が攻撃緩和型結界を破り、結界内の二人に襲いかかる瞬間にアリス姫は結界魔法を発動させ。


「【ロック】結界の発動を三秒、後回しにした。油断したね」


 白岩姫に後回しにされた。

 この期に及んで白岩姫は穂村の意思を遂行しようと機を伺っていたのだった。

 爆発に巻き込まれて穂村諸共消滅しようとも、それで白岩姫は構わなかった。穂村の意思をこそ最大限尊重する。それが穂村雫の最古のバーチャルキャラクターである白岩姫の決断だった。


「この石頭の分からず屋がァァッ!」


 アリス姫の叫びは爆炎に呑まれて消えてなくなった。





「う、あぐっ」


 ミサイルの爆発に巻き込まれてもアリス姫は生きていた。

 リンクアバターのHPに炎に焼かれながらも発動させた結界魔法にエナジードレインによる生命力。どれがなくても耐えることは出来なかっただろう。

 ジュウジュウと自分を焼く熱の籠もった地面に、フライパンに乗せられているようでアリス姫は不快感を抱いた。最近はこんなことばかりだ。


「くそ、今年は厄年だったか?」


 文句を言いながら回復魔法を発動させようとして、何の反応もなかったことにアリス姫は眉をひそめた。HPの全損による変身解除。現在のアリス姫は20歳の大人の姿に戻っており衣服も身につけていない裸状態だった。

 今度は絶対にアイテムボックスに予備の衣服を収納しておくと、どちらにしろ変身出来なければ意味のないことに気付かずにアリス姫は決意した。


「はぁ。散々やってくれたが、これで満足か穂村」


 ヨロヨロと立ち上がり、自分の背後に匿っていた穂村雫の元へアリス姫は近寄っていく。

 アリス姫が盾になったことで多少は爆炎の被害を免れたのだろう。穂村雫は五体満足のまま横たわっていた。

 もしくは白岩姫が最後の力を振り絞って穂村へ爆炎が届くのを後回しにしたか、その身を犠牲にして炎から庇ったのだろう。まるでお姫様のようだとアリス姫は笑った。


「おい、聞いてるのか穂村」


 安否確認をしようとアリス姫は穂村雫に近寄り、舌打ちした。


「何だよ。死んでんじゃねぇか……」


 この馬鹿が、と力なく呟いてアリス姫は座り込んだ。

 見上げた空はバーチャル世界だろうと高く澄んでいた。

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