五十四話 根性最強説

(どうしたものか……)


 穂村雫は考える。相手側は完全に逆上してこちらを殺すつもりで攻撃してきているが、だからといって穂村がタラコ唇を殺すわけにはいかないのだ。

 未だに目撃者が避難もしないでこちらを注視し続けている。目撃者さえいなければ、バーチャル界に死体を隠蔽して殺人の証拠を消すことも出来ただろうが現状でそれは不可能だ。最低でも行方不明事件の主犯として穂村は警察に追われるだろうし、証言だけじゃなく物証として写真でも撮られてしまえば殺人容疑者となるのは目に見えている。


 そういう事態になることを恐れて目撃者を消そうとするのは悪手だ。

 ひめのや株式会社にはタラコ唇以外のチート能力者が何人もいる。一人で全員を打倒できると穂村は考えていない。

 モロホシとタラコ唇の会話から察するに穂村がアリス姫を殺したことはまだ一部にしか露見していないと思われる。

 だから現状の戦闘は外部からは異能を使用した喧嘩にしか思われていないはず。どちらが悪いのかも判別できず介入する場合は戦闘を止めさせる方向で対応しようとするだろう。

 少なくとも即座に殺そうと襲いかかるのはタラコ唇のような一部の例外だけのはずだ。


 人は力を持っていても人を殺そうとは中々しない。暴力を振るう前に理性のセーフティが働く。無意識にやり過ぎないよう力をセーブする。

 殺人には事前の心構えが必要なのだ。それか我を忘れる程の熱狂が。


(喧嘩の範囲で収まったように見せかける為にタラコ唇さんを行動不能になる程度に痛めつける。増援が来る前に素早く決着を付ける必要あり。後はアリス姫の事件が知れ渡る前に身を隠す。こんな所ですか)


 状況を見定め、当面の計画を立案し、必要条件を確認する。

 そこまで思考が及んだ穂村はやっと本気で戦闘することにした。


「ヒバナ」

「うん、行くよ」


 前触れもなく現れたワンダーランド所属のバーチャルキャラクター、村雨ヒバナは固有能力である『双転移』を発動した。

 発動対象はタラコ唇の頭上の空気と近場にあるパイプ椅子。5kg以下の5メートル以内の物体の座標を入れ替える異能は空気だろうと転移対象に出来る。団欒(だんらん)して寛げるように用意されたパイプ椅子の重量は3,8kg。転移対象だ。

 一つだけなら痛いで済むだろうパイプ椅子が次々とタラコ唇の頭上に転移されていく。威力を上げるために天井ギリギリに出現したパイプ椅子、しめて20。

 回避行動を取らせない為に同時に突っ込んだ茜ヨモギも迫る中、タラコ唇は冷静に対処する。


「アイテムボックス」


 頭上から迫るパイプ椅子はタラコ唇に触れる前に次々と虚空に消えていく。ゲームなら所持品ではないアイテムを収納して遠距離攻撃を防ぐなんて真似は出来ないが、現実にはアイテムを所有するなんていう概念はない。故にリンク所持者に現実では物理的な遠距離攻撃など成立しないのだ。


「相性が悪いですね。ヒバナの固有能力は効き目がありませんか」

「酷い話」


 転移能力が物体の一部を抉り取れるのならタラコ唇の身体の一部を転移させるだけで決着は付くのだが、転移は物体を丸ごと移動させることしか出来ない。

 また壁の中に転移させて物体を融合させるなんて真似も出来ず、即死能力がことごとく使えない仕様になっている。

 攻撃に利用しようと思うなら重量で押し潰すか刃物を利用するか爆発物を転移させるくらいしかない。空中転移の落下死はもっと登録者が必要だ。


 バーチャル界でのアイテム購入は自分が手に入らない物ほど高く設定されてるらしく、手榴弾は高価だったのでアリス姫を殺害する分しか節約して購入していない。

 この仕様さえなければ粉塵爆発で火力を上げる必要すらなく火薬を大量設置できたのだが、現実は何処でも手に入る小麦粉とガソリンを利用した手作りトラップがせいぜいだった。


「こちらの武器を消しておいて、よく言ったものだ」


 茜ヨモギを迎撃しようとスキルを発動しながら鉄パイプを振りかぶったタラコ唇だったが、途中で鉄パイプが虚空に消えてしまったので防御も出来ずに殴り飛ばされる羽目になった。一撃一撃が常人を殺害する威力を秘めた茜ヨモギの攻撃はリンク中のタラコ唇だろうと容易く膝を付かせる程の威力を持っている。

 何ともないように見えるのは半分はやせ我慢で半分は怒りで我を忘れているからだ。

 だが、それも長くは続かない。根性で戦闘続行はリンクのシステム的に無理だ。

 残りHPはせいぜい一発の攻撃に耐える程度の残量しか残ってはいないのだ。格下には弱点もない有望なチートではあるが、反面、格上にはめっぽう弱いという欠点がある。

 レベル不足。RPGではお約束の負けイベント状態にタラコ唇は陥っていた。


「今度はこちらが行くぞ」


 苦境を悟らせないようにタラコ唇は頬をつり上げてアイテムボックスから収容物を一気に放出した。

 穂村が転移させたパイプ椅子のみならず武器として収納していた鉄パイプに不要となっていた家具、捨てるのが面倒くさくなってアイテムボックスに放り込んだゴミ、変身時に着れるようにと入れた男物と女物の洋服。その全てがバーチャルキャラクターの本体である穂村雫に襲いかかった。


「ヒバナ、パイプ椅子を3メートル後方に転移。ヨモギ、冷蔵庫を左前方に蹴り飛ばして」

「うん」

「よっしゃ任せろ」


 茜ヨモギの蹴り飛ばした冷蔵庫は射出したアイテムに隠れて接近していたタラコ唇を阻み、後方に転移したパイプ椅子は背後から忍び寄っていたミサキを急襲した。

 残りの射出されたアイテムは右前方に移動した穂村に掠りもしなかった。全てが穂村雫の計算通りである。

 これは茜ヨモギの固有能力『予定調和』による20秒先の未来を行動パターン別に何通りも見て導き出した最適な行動パターンによる超回避だ。

 穂村自身を対象に能力を発動させて未来を見ているので本体の負担が大きく、常に未来予知をするわけにはいかない。それでも、敵の攻撃に合わせて発動することで軟弱な本体を守ることが可能となる、強力な固有能力と言えるだろう。


 だが、最適な行動が可能なのは20秒先の未来まで。

 一見良さそうな選択が実は破滅に繋がっていたなんてことは珍しい話ではない。


「お゛お゛お゛お゛お゛ーーっ!!」


 タラコ唇が猛烈なスピードで蹴り飛ばされた冷蔵庫をカウンタースキルで弾き返す。強力な反動でHPが大幅に削られはしたが冷蔵庫は蹴り飛ばされた勢いのまま茜ヨモギに襲いかかった。

 それで茜ヨモギにダメージが通るわけではなかったが、大きな質量の物を受け止めたことで行動は制限されてしまった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーっ!!」


 目の前に転移して襲いかかってきたパイプ椅子をミサキは掴み、次々と転移してくるパイプ椅子を蹴散らすのみならず穂村に投げ返して見せた。

 危険な飛来物を次々と転移させていた村雨ヒバナにパイプ椅子を転移させる余力はなく、その身体で受け止めて穂村を庇うしかなかった。

 バーチャルキャラクターであるが故にダメージを負っても簡単に復帰できるが、5万人しか登録者のいないヒバナではヨモギほどの身体能力はない。

 この一瞬、穂村は転移能力を使うことが出来なくなった。


 エインヘリヤルではあるが、仕事中の弘文とコラボ中の浩介は現場に直ぐには駆けつけることが出来ず電話を通してミサキに事情を話して協力を求めている。

 他にもヒビキやミカエルなどのギルドメンバーにも通話は掛けているし、事情を知ったユカリがサキュバス達を派遣しているが、現場にはミサキが最も近かった。

 ミサキの役割は穂村の足止めだ。現場から逃がさないようにするだけで良いとユカリには言われている。

 だが、アリス姫に好意を寄せるミサキがそれだけで我慢出来るはずがなかった。


 人間の限界値のスピードでミサキが穂村に駆け寄る。阻止しようと動く茜ヨモギをタラコ唇が拾った鉄パイプで押さえ込む。

 溜息を吐いて穂村は、懐に収めた拳銃を取り出した。


「使いたくはなかったのですが」


 流れるような手捌きで穂村はミサキへ狙いを定めた。


「遅いっ!」


 ミサキは既に近距離にまで近付いてきている。

 拳銃から弾を発射するよりも早く蹴り飛ばせるとミサキは確信していた。


「ええ、そうでしょうね。このままではそうなります」


 未来予知にもミサキに蹴り飛ばされる穂村がハッキリと映し出されている。故に。


「【ロック】君の動きを3秒間、後回しにした」


 穂村雫の個人勢時代のバーチャルキャラクター、白岩姫の出番だ。

 白髪碧眼の着物姿の少女が何時の間にか穂村雫の傍に佇んでいた。ミサキの身体が不自然に動きを止め空間に固定される。慣性の法則すらも無視して時間が止まったかのようにミサキは身体が固まり身動きが出来ない。


 登録者数が3万人なので固有能力である『ロック』も3秒間しか動きを止めることが出来ないが、穂村が銃の引き金を引くのには十分すぎた。

 パンッと軽い音がしてミサキは腹部に焼けた鉄を流し込まれたような熱さを感じた。このシーンへと穂村は誘導したのだ。


 20秒前の未来のビジョン通り。穂村は勝利を確信した。


 撃たれた。普通に日常を過ごしていればありえない感覚と痛みにミサキは歯を食いしばって、叫んだ。


「だから、なんだ!」


 勢いのままにミサキは右拳で穂村を殴り飛ばした。人間の限界値である筋力は穂村のあばら骨を容易く折った。


「乙女の恋心を甘く見んなっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る