五十一話 世界創造のチート
「本当にやるの?」
「………………」
「今ならまだ引き返せるよ」
「………………」
「悪い人には見えなかったし、きっと心配してるようなことにはならない……」
「私は」
思ったよりも遙かに弱々しい声がもう一人の自分から吐き出されるのが信じられない。
これが自分の本心なのだろうか。だとしたら、唾棄すべき弱さだ。
「楽観しない。希望的観測なんて信じない」
「………………」
哀しげな表情で村雨ヒバナと名付けられたキャラクターは私を見ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
江利香と穂村に授けたVtuberのチートは、江利香の命名したサモンバーチャルという自分のバーチャルキャラクターを呼び出す能力だけじゃない。もう一つ別の能力がある。
それがバーチャル界への渡航能力だ。リンクチートにリバースリンクというゲームアバターへの憑依能力があるのと同じ感じだな。バーチャルトラベルとでも名付けるか。
リバースリンクはシンクロ率というリンクチートの出力を上げる修行場で、ネトゲで可能な範囲の行動しか出来ない上にデスゲームという落とし穴があったが、バーチャルトラベルには全く別の要素があるらしい。
まずバーチャル界は個人毎に領域が分れていてVtuberの人気、登録者数や同時視聴者数にツイッターのフォロワー数などによって広さを左右される。
このVtuberの人気というか影響力というものはバーチャルキャラクターの固有能力にも密接に関係しているようで、早い話が有名なVほど能力が強くなり無名なVは能力が弱くなるというVtuberの悲哀を体現したような設定をしている。
うーん、惨い。もうちょっと夢のある能力には出来なかったんだろうか。
アイドル力のようにエネルギーを吸収して強化なんてことも出来ないからガチで人気差が実力差になるぞ。
一応はバーチャル力とでも名付けて影響力とか人気とかとは別物ですよって体で行こう。泣く人間が多すぎる。
救いなのは一度でも有名になれれば能力の低下は起きないってことか。穂村が言うには登録者数の減少が起きてもバーチャル界の広さはそのままだったらしいし。
うん。穂村は転生したことが未だに足を引っ張って些細な言動で簡単に炎上するからな。登録者数の上下が激しいのだ。
そろそろ許してやれよって思う。嫌な目の付けられ方をしたな。
「それでバーチャル力は土地の広さだけじゃなくて内部で利用可能なエネルギー資源でもあるのか」
「ええ。固有能力とも自己領域とも別個で存在している好きに使用できる貨幣のようなものです。前者の二つが最大値を参照してるのに対して、こっちは随時エネルギー補給が可能だからか現在値を参照してるみたいですね。エネルギーと交換で脳内で想像したものを好きに創造できます。現実にないものを創ろうとすると天文学的なエネルギーを要求されるので架空アイテムの創造は不可能ですが。また、現実にアイテムを持ち帰る場合にもエネルギーは要求されるようです」
スラスラと穂村がバーチャル能力の詳細を説明してくれる。まあ、内部に備品を揃えたいって俺を自分のバーチャル界に招いたのは穂村だし当然だが。
バーチャル界から内部由来の物を持ち出す際にはエネルギーを消費するが、現実からバーチャル界に物を持ち込むのは自由だ。
これはいざという時の避難場所にもなるな。
バーチャルトラベルはリバースリンクと違って電子の海に潜ってるわけではなく、完全にバーチャル界という独立した空間に入り込む能力らしく、バーチャル能力者が同行者を連れ込むことも可能なのだ。現実で可能なことはバーチャル内でも可能なようだし、農業や林業に牧畜も可能だと思う。
外部からのバーチャル力という精神エネルギーの補給がなきゃ空気や水なんかの維持も出来ないから独立した世界としては運用できないが……。
いや、そうか? 循環さえ完璧に揃えてやれば一個の世界になり得るのでは。
穂村はワンダーランドのVtuberとしては登録者数が最も低く5万くらいだが、それでも東京ドーム5つ分の空間領域を持っている。
これは世界創造のチートなんじゃないのか。破格すぎるだろ。
そもそもVtuberは成り立ちからしてバーチャル界、二次元からやって来たAIを自称していたよな。
それが単なる設定に過ぎなくても、こことは違う異界があるという信仰は古来からずっと続いてきた。死後の世界である黄泉に悟りの果てに到るという彼岸、戦士の魂が招かれるヴァルハラに天国と地獄。各宗教で必ずと言って良いほど別世界は登場する。
そして俺はエインヘリヤルのチートを持っていてオーディンと思われる神と出会ったことがある。この経験を加味して思考すると別世界は本当にあると思われる。
創作が切っ掛けで信じられ始めた異界もアーサー王のアヴァロンに妖精の国のネバーランドと前例がある。
本物の精霊を見たことがある以上、創作だろうとネバーランドがないって否定しきることは出来ないわけで。
そもそも宗教自体が人の伝承から生まれているんだよな。
ありうるのか。Vtuberが切っ掛けで世界が生まれるなんてことが。
バーチャル世界。コンピューターの発展の末に繋がったもう一つの別世界。そこには自分によく似たもう一人の自分がいるという。
怪談にも似た話があるな。あっちは合わせ鏡の世界で、何重にも重なった自分の一人が勝手に動き出すって話だったか。
それにVtuberには一つ不自然な程に信じられている未来予想図がある。
Vtuber界隈の第一線で活躍している人間や投資をしている企業の上役は皆、同じ未来予想図を語るという。
即ち全人類が未来ではネットにもう一人の自分とも呼ぶべきアバターを持つと。
それがあり得る未来の証明だと言うかのようにVtuberの増加は止まらない。Vtuber黎明期とも呼ばれる時期から、まだ3年も経ってないのにVtuberは1万人を超えたんだぞ。増えすぎだろ。
これは、まさかそうなのか? 新しい世界の生まれる前兆? 運命によって決められた未来? じゃあ、一部の人間が揃って語る未来は予言の一種なのか?
「どうぞ。何もない場所ですが家だけはエネルギーを振り絞って用意したんです」
「ああ、そうなのか……」
想定以上のチートに考えに耽(ふけ)ったまま穂村に促されてこじんまりとした家へ入ると、ガチャッと背後で扉が閉まった。
「ん? 穂村、どうしたんだ?」
中には俺一人で穂村の姿はない。穂村は扉の外にいるままだ。
疑問に思って周囲を確認すると、内部には大量に積まれた麻袋とドラム缶があった。匂いからこれはガソリンだな。麻袋の中身は小麦粉か?
バラバラに引き裂かれて空中にホコリのように舞っている小麦粉も多い。おい、こんな状態で火がつきゃ大惨事だぞ。
急激に膨らむ嫌な予感に急いでこの場を去ろうとした時、空中に突如として人影が現れた。
サイドテールの黒髪にラフなパンツルック。
その姿には見覚えがある。村雨ヒバナ。穂村のVtuberキャラクターだ。
一度も見たことがないような哀しげな表情で俺を見ている。
「ごめんね」
ポツリと呟いてヒバナは周囲の幾つかの麻袋を黒い物体へと変えた。
フィクションでよく見るシルエット。それは手榴弾という名を持っている。
「ッ!?」
何かを叫ぶ前に轟音が俺の聴覚を狂わせた。
穂村雫は冷静だった。
フィクションにしかないはずの異能を見せられても、知らぬ間に自分が魂を売り渡していると知らされても。
穂村雫は冷静だった。
冷静に自分が死ぬ前にアリス姫を殺そうと決意した。
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