五十話 サモンバーチャル
アリス姫のVtuberデビューからVtuber企業『ひめのや』設立、Vtuberグループ『ワンダーランド』の募集と結成。
正直、ここまで出来過ぎなくらいに順調だったと思う。デビューから半年足らずでアリス姫の登録者数は17万人を超えた。
この数はVtuberとしては個人勢だけじゃなく企業勢でさえ上位の一部しか達成できていない。界隈全体で見ても際立つ存在感を放ち始めたと思う。
証拠にユカリが持ってきてくれた仕事以外にも案件をくれる企業が出てきたり、余所の箱のVtuberとのコラボの誘いも増えてきている。特にロコモコのVとの絡みが多いかな。ロコモコの全体合同コラボに招かれたことすらある。
Vtuberグループ『ロコモコ』は最近になって路線変更したのが成功して破格の勢いで人気を集めている中堅Vtuberグループだ。
ロコモコ所属Vtuberは月に何回かはライブ配信で漫才やコントを披露しなければいけないという地獄のようなノルマが設定されていて、路線変更前に所属していたVtuberを阿鼻叫喚の渦に叩き落とした。俺がコラボをした七草まがねさんあたりも大舞台で滑って心に傷を負っていたな。その様子が逆に笑えてリスナーは順調に増えているんだが。
プロのお笑い芸人すらもスカウトして何人か所属Vtuberとなっているらしく、お笑いと言えばロコモコの代名詞というくらいの勢いがあるのだ。
正直、別企業のVtuberとしては勘弁して欲しいのが本音だ。プロが素人相手に本気を出すな。
とはいえ、プロのお笑い芸人が必ず人気Vtuberになっているかと聞かれるとそうでもないあたりがVtuberの難しい所だな。お笑い芸人は逆に容姿が良すぎると場違いになったり女性が活躍し辛かったりと奇妙な逆転現象が起こっている。そんな中、それでもお笑いが好きだという女性がロコモコに所属して人気Vtuberになったりするのだ。
路線変更前のアイドル的な歌唱PVなんかも一部メンバーが時たま出しているのでスタイリッシュなお笑いグループも内部にある。
芸能界で例えるとジ〇ニーズ事務所の男性アイドルグループみたいな感じかな。
ロコモコVは容赦なくツッコミを入れてくれるのでアリス姫が多少不謹慎な振る舞いをしても大丈夫だから有り難い。俺も何回かガチ炎上して火傷してるからな。相手によって振る舞いを変えるべきなのだと学んだ。ワンダーランドで二番目に炎上してるのはこの俺なのだった。
まあ炎上してるがワンダーランド非公式好感度ランキングでは堂々の一位なのだから分からないもんだ。逆にモロホシあたりは炎上しない代わりに好感度が下から数えた方が早かったりする。登録者数ではアリス姫に次いでモロホシが2位なんだがな。
モロホシは現在12万人の登録者数を誇り、たびたび別のVtuberとコラボをやっては勘違いされそうな小悪魔ムーブを披露しているのだ。
これで何の他意もないのだからモロホシは凄い。最初はちょっと戸惑っていた業界もモロホシのキャラを理解してからは面白がって次々とコラボの誘いが来ている。なんとその数はアリス姫よりも多いのだ。大丈夫? 籠絡されてない?
他のワンダーランドのVも7,8万のリスナーを抱えておりワンダーランドはVtuber界隈の新興勢力として華々しいデビューを飾ったと言って良いだろう。
当初の予定ではどれだけ上手く行ってもアリス姫頼りのワンマングループになりかねないと懸念していたからな。この結果は良い意味で想定外だ。
運が良かった。人気Vtuberになり得る人材とか事前にわかるほどの経験は俺にはないからな。
サキュバスを増やせば金の心配はいらないとは言え、社員の人生が掛かってるんだ。正直な話ホッとしたよ。
少なくとも現状維持で当面は大丈夫だ。余剰資金はそこそこある。
だからこそ、そろそろ良いかなと俺は判断した。
Vtuberグループを設立してからずっとタイミングを伺っていたんだが、今なら平気だろうと。
江利香を引き入れる時に約束したVtuberのチート能力者化計画。
ワンダーランド所属のVは別のチートを所持している人間が多いので、覚醒させることが出来るのは江利香と穂村くらいだが、面白いチートになりそうでずっと楽しみだったんだ。
ネトゲをやってる人間にチートを渡したらリンク能力に覚醒したように、Vtuberなら特異な力に目覚めるんじゃないかって気がずっとしてた。
それを実際に試してみる時がやっと来たのだ。
「そうですか。Vtuberによくある妙な設定だと思っていましたが、現実の話でしたか」
「荒唐無稽な話だもの、信じられなくても仕方ないわ」
江利香と穂村に覚醒チートを施してチート能力を与えたことで、話半分に聞いて適当に頷いていた穂村がようやく事態を呑み込んだらしく瞬きを頻繁にしている。
無表情だが内心は驚愕で一杯らしいな。ま、そりゃそうだろう。
事前に事情を把握していた江利香が少し得意げに穂村にもう一度、細かい説明をしている。やっぱ、こういうのが好きなんだな。2万もする魔術専門書なんて買うだけはある。詐欺られてたとは思うが。今度、俺も見せて貰うか。配信のネタになりそう。
「エインヘリヤル。死後の魂の譲渡。江利香さんは納得してるのですか?」
「えっと、私は最初から詳しく説明されて、それでもチートを貰うって決めたから。お兄ちゃんとかミサキちゃんあたりは詐欺同然だったらしいけどね」
「バレた途端に色々と文句を言われたな、やれやれだ」
「当たり前だっつーの」
でも拓巳経由で知った話だと未練を残して死んだら浮遊霊となって崩壊するまで彷徨う羽目になるらしいんだぞ。
天国に行けるとか成仏して輪廻転生の輪に戻るとかならまだしも、地獄に堕ちるとか崩壊するまで延々と彷徨うとかよりも遙かにマシじゃね?
「私としては一個人に死後の扱いを完全にゆだねることの方が遙かに危険に思えますが。エインヘリヤルとなった前例はあるのでしょうか」
「ああ、言ってなかったかな。タラコ唇さんとか浩介とかがそうだぞ。もう死んでる」
「どう見ても生前と変わらないけどね」
そこら辺は北欧神話のエインヘリヤルまんまだな。死なないのを良いことに英雄同士が殺し合って武を高め、終わったら宴会。それをラグナロクの日まで繰り返すのだ。
何だその地獄はと思うかもしれないが中世だと略奪とか殺し合いが一種の娯楽扱いなんだよな。人の死が今より遙かに身近で英雄として名を馳せることが何よりも名誉だと言われていた。ヴァルハラでのエインヘリヤルの暮らしは当時の人間の戦士の理想だったのだ。
「早い話が、漫画でよくいるバトルジャンキーの集団だな。海賊で有名なヴァイキングとかが信仰してた」
「私は戦いにカタルシスを覚える人間ではないので遠慮したいのですが」
「俺だってそんなこと強制しねえよ!?」
何か誤解されてる気がしてならない。まあチート能力の収集とかはやってるけども。だってゲームみたいで楽しいじゃんか。
幽霊とか警察とか仮想敵もいるし。幽霊より警察の方がよっぽど怖いあたり現代社会だな。
「それで、そろそろVtuberのチート能力を教えてくれよ。楽しみだったんだ」
「はいはい。私から行くわ」
江利香が一歩前に出て手をかざす。こいつ、自然とポーズを取っているぞ。流石だ。
「来なさい。サモンバーチャル『赤衣エリカ』!」
リンク能力と違い何の予兆もなくその人影は佇んでいた。
トンガリ魔女帽子とフード付きの黒いパーカーに大きな箒。典型的な魔女姿。髪色はアカリとお揃いの赤のロング。
画面の向こう側にしかいないはずのVtuberキャラクターが現実世界に出現していた。
「召喚能力。それも二次元のキャラクター召喚か!」
「ふふふ。それだけじゃないわ。Vtuberキャラクター毎に独自の固有能力を有しているの」
「おおっ! 何かサブカルによく登場する感じのパクリ能力臭がプンプンするが凄い!」
「「うるさいわ!」」
俺の発言にリアルとバーチャルのエリカが同時に突っ込んだ。ん、喋った?
「まさか、自我があるのかコイツ」
「ええそうよ。気軽に扱わないで欲しいわ」
「ええ。でも基本的には主に逆らったりしないから心配しないでいいわよ」
「基本的に?」
何かどんどん怪しくなっていく話に眉が寄る。おいおい、勘弁してくれよ。このチートは俺も何時か習得するんだぞ。
「Vtuberキャラクター、長いわね。バーチャル体は個別に能力と禁則事項があるの。配信する前に決めたキャラ設定の影響だけじゃなくて配信時の様子とか生身での経験も加味して決められていると思う。私の禁則事項とか設定関係ないしね。この禁則事項に関係する場合のみバーチャル体は主の意思に逆らってでも行動するわ」
「マジか。それって能力を使用しないってことも無理なんじゃないか? 面倒だな。ちなみに江利香の禁則事項はどういうのなんだ?」
「私は臆病の禁止。望むことがあった場合に躊躇してたらコイツに蹴り飛ばされるわ」
「ちなみに本物の魔女だってからかわれてた時に何の行動も起こさなかった後悔が原因。つまりアンタのせい」
「あ、ちょっ」
同一人物の割に微妙に性格が違う気がするな。バーチャルの方には素直に気持ちを表明することへの羞恥心がない気がする。
自分の別側面。所謂ペルソナって奴か? 禁則事項は心に秘めていた後悔?
いやバーチャルキャラクターの設定も影響してるとなると、バーチャルにいるもう一人の自分って感じか。そりゃ完全な制御は無理だ。
「ごめんな。非日常にワクワクして声を掛けられるのをずっと待ってたのに放ったらかしにして」
「ホントよ。お兄ちゃんだけズルいじゃない」
「それ以上、喋ったら殺すわ」
目が据(す)わってる江利香に追い払われて一旦お開きになった。固有能力を聞きそびれたな。
穂村の方は何か秘匿する気まんまんだったように見えたし。
チートを与えたのは早まっただろうか。
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