四十九話 Vtuberグループ『リリエット』
「アリス姫の素顔の写真は拡散しきってて削除申請したところで焼け石に水ですね。無駄なんで、やるなら自分でやってください」
「マジかー。無駄なら面倒だし放置で……」
一応はプログラマーの加藤にアリス姫の顔写真の話を振ってみたんだが、キッパリと無駄と言い切られてしまった。
これがエロ写真なら真面目に対応すればネットから抹消できたかもしれないが、顔写真という中途半端な情報漏洩だから面白がって転載する輩が出るという話だ。
それに自分で言うのも何だが、アリス姫って絶世の美女だからな。素顔の写真をネットにアップした人間でさえ、ファンを増やそうとしただけで悪意がない可能性すらある。あまり大事にはしたくなかった。
ちなみに本来ならマネージャーのポン太あたりに相談すべきかもしれない案件を加藤に相談してるのは、ポン太がポンコツだからじゃなくて普通に忙しいからだ。
ワンダーランドは既に６人のVtuberがデビューして個別に配信してる上にレッスンだの配信スタジオ利用だの機材トラブルだの、毎日誰かしらがポン太に用事があるという状況になっている。マネージャーって要は雑用係だからな。担当人数が多くなるほど加速度的に忙しくなるのだ。
「いやいや、お姫ちん。マネージャーは営業先から仕事を貰ってきたり企画立案してタレントの将来を考えたりと、マネージャーの腕次第で人気になるかどうかすら左右される大事な……」
「ポン太に出来ると思う？」
「……雑用だって大事な仕事だよね」
スッとタラコ唇さんでさえ視線を逸らすくらいにはポン太はポンコツだからな。連絡ミスでスケジュールを狂わせて仕事を増やす達人なのだ。
タレントならぬ所属Vtuberの皆も察してスケジュール管理を自分で頑張るくらいには意識改革が出来ている。
まあ、こんな零細事務所が一から十まで面倒を見るには人手が足りないからちょうど良かったんだが。何でもマネージャーに言えばやってくれると判断されても、それはそれで困るからな。
「正直、ポン太に甘すぎると私は見ていて思いましたが」
「んー。何て言うのか刺激しても良いことはないって気がしてな」
「例の直感？」
「そう」
ポン太はぬるい仕事で忙殺されるくらいがちょうど良い気がしてる。放り出すのは論外。なんとなくそう思う。
まあ所詮はカンなので頼りすぎても良くないんだが。状況によって妙手（みょうしゅ）が悪手に変わるなんて事態もあり得るし。
「それより穂村の配信はどう思う？」
「そうだね……」
リアルタイムでワンダーランド一期生、最後のVtuberである穂村雫のデビュー配信を見ているんだが。
〇村雨ヒバナ
それでは配信タグを決めていきましょうか。希望する名称を書き込んでください。
【無視すんなよ】【何でリリエットを辞めたんですか？】
【ヨモギちゃんだよね？】【止めろよ過去を蒸し返すのは】
【Vtuber続けるならリリエットに戻るべきだろ】
【転生とか冷めるわ】【クソクソクソクソクソクソ】
「分かってたことだけど、転生Vに対する風当たりは強いね」
「穂村も感情的にならずに対応できてるとは思うんだが、それがまた炎上を加速させてんだよな」
もちっとお笑い系統のVtuberならネタに出来たし、キャラの濃いVtuberなら話題も逸らせることが出来たんだろうが、穂村ってクールだからな。
全く変わらない声色と表情から転生したことを微塵も気にしていないように見えて余計に燃え上がるんだろう。
「転生Vtuberも珍しくはなくなってきましたし時間が解決するでしょう」
「フォローをしても炎上が加速するだけで無意味かな」
「止めた方がいいと思うよ。他のVに飛び火するだけだと思う」
ああクソ。Vtuber文化は好きだけど、こういう死体蹴りが当たり前になってんのはな。
ちょっとは寛大になれよ。犯罪すらも刑期が存在すんだぞ。
穂村雫（ほむらしずく）は元々はVtuberグループ『リリエット』に所属していた茜ヨモギというVtuberだった。
礼儀正しく冷静沈着なキャラだが、想定外な事態に弱くアワアワと取り乱す姿が人気で最終的には２０万登録者ものリスナーがいた大人気Vtuberであった。
Vtuber界隈での影響力も強く、リリエットが企画をやれば他の箱のVtuberも真似るしゲームをやればトレンド入りして業界全体で流行る。そんなVtuber界隈を牽引する大勢力の一角だったのだ。なんと地上波でのテレビ出演すら果たしている。
そんなリリエットが原因不明のまま分裂したのが３ヶ月前。ちょうどアリス姫がVtuberデビューをした頃だろうか。
個人勢となった元リリエットメンバーの来栖アリサとコラボをした時も生配信の時はともかく掲示板では散々に叩かれていた。
複数のメンバーが脱退した理由も公表されず、炎上しても公式声明はなく、様々な憶測と共にリスナーは不満を呑み込むしかなかった。
まあ、脱退した元リリエットメンバーとコラボしたり事務所に引き入れたりした俺ですら理由を知らないからな。そりゃリスナーが理由を知れるわけがないさ。
いやガチで。せめて何か適当なカバーストーリーを作れよと思う。
うーん、誰が悪いのかとか一切不明なことが逆に神秘的で登録者数とか同時視聴者数とか炎上しても増え続けているから企業戦略としては成功してるのかもしれないけど。何かモヤモヤするんだよな。
普通は秘密にしてても何処かしらから情報が漏れるものなんだが、リリエット運営は完璧に隠蔽しきってみせた。ある意味、尊敬するわ。
その煽りを受けて穂村が炎上してるんだがな。
【あー、穂村ちゃんは一見冷静に見えるだろうけど、ああ見えて直情型だから鬱憤が溜まってキレると何するか分かんないよ】
「マジで？ ヨモギをやってた頃は弄られキャラだったのに」
【一回だけ本気でキレたことがあって。私も加減ミスったのは悪かったとは思うけどね。でもグーパンで顔面殴るのはちょっと。鼻血が吹き出て大変だった】
「えぇ……」
コラボをしてからアリサとは時たまディスコードで通話をするんだが、穂村がワンダーランドに加入した後、こんな忠告をされたことがある。
配信ではそんなエピソードは微塵も披露されなかったんだが。笑い話では済まないと秘匿したか。Vtuberも大変だ。
他にも一応、リリエット側に脱退したとはいえ穂村を引き入れて良いか確認の通話をしてみている。
その結果がこれ。
【構わないのです。ヨモギちゃんはリリエットを卒業して社会に羽ばたいていったので自由なのです。好きな人生を歩みやがれです】
通話相手はリリエットのリーダー、ホワイトアウト。ホワちゃんとかホアちゃんとか呼ばれてるVtuberだ。
Vtuber界隈でも早期にデビューしたVtuberで登録者数５０万人を突破した業界の重鎮だ。
リリエットは彼女が有名になったことで追加募集されたVtuberから結成されてるので、ホワイトアウトのファンクラブ的側面も持っている。
ある意味、アリス姫の上位互換だな。俺がVtuberグループを結成しようと考えていた時に参考にしたのが彼女だ。
しかし配信でのテンションと全く変わらないな。この全てがどうでも良さそうな覇気のない喋り方。これで歌に踊りにゲームにと何をやらせても超人的な活躍をするのだから驚きだ。耐久配信で７２時間ぶっ続けでゲームをやり続けて運営からストップされたという逸話すら持っている。
彼女の保証があるなら大丈夫だ。運営も異論があろうと強くは言えないだろう。いや、異論がないからホワイトアウトに対応させたんだろうが、そこは運営がちゃんと対応しろよとは思う。Vtuberを盾に使うな。
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