三十九話 Vtuberピグマリオン誕生秘話

「や、やっぱむり……です。お、俺なんかに……Vtuberとか、に、荷が…………」


 一般に公募したVtuber募集も悪戯半分とはいえ何人かの希望者が集まってきて、不採用とはさせてもらったが企業設立も何とか順調に進んでいるなと安心していたらこれである。

 怖じ気づいたのはダンサーのチートをやったフツメンのニート、ピグマリオンだ。

 まあ、ダンサーのチートとかVtuberとして役に立つチートとはあまり思えないだろうしな。不安になるのも分かるが。


 Vtuberは折角3Dの自由に動ける身体を持てるのに本格的に活用してるのは一部のVtuberだけで、他の3Dアバターを持つVtuberが3Dを活用するのはイベントなどの特別な時のみだ。Vtuber演者は基本、雑談が面白い者や歌の上手い者がピックアップされて有名になる。プロの歌い手をVtuberとして採用することはあってもプロのダンサーをVtuberとして採用したという話は聞いたことがない。

 むしろダンスだけで注目を集めようとする試みはMMDの方が多い気がするな。あっちは一つの動画を何日も何週間もかけて試行錯誤するから動きが自然と洗練されるのだろう。


 ここに隠れた需要があると睨んでダンサーのVtuberという新機軸を打ち出したのがピグマリオンだ。

 人形の身体にシルクハットと燕尾服という独特なアバターもダンスを際立たせる為に考えた形状になる。一応、ピグマリオン本人とも相談して詰めていったから演者も納得してくれたのだと思っていたんだが。


「何が不安なんだ?」

「だ、ダンスはいい……んです。自分、でも、信じられないっほど、身体が上手く動いて、楽しい……です!」


 良かった。本人の趣味趣向を聞いたとはいえチート内容はこっちがどれを与えるか決めたからな。それが嫌だと言われたら手の施しようがない。


「でも、俺、俺は、話すのが苦手で、も、十年も……口を開いてない」


 今もピグマリオンは俺と目を合わせられず、オドオドとどもり一言を伝えるのに何十秒もかかっている。

 まあ、そこは大して気にしてない。元々そういう人材だと分かって引き入れてるからな。


「こんな、俺なんか、が、人を楽しませる……ような、話、なんてっ」

「ふうん。まあ、確かに無理かもな」


 肯定してやると愕然としたようにこちらを見るピグマリオン。いや、それはそうだろ。

 ここで俺が変なフォローをしてもリスナーにボロクソに言われて潰れるだけだぞ。


「じゃあ、喋らなきゃいいじゃんか」

「へ?」

「元からピグマリオンは勝手に動き出した人形って設定なんだ。流暢に喋る必要なんてあるか?」


 彼に期待してるのは洗練された動作による感動だ。言葉の介在しない原始的なコミュニケーション。

 人付き合いに疲れて、会話をするのが苦痛だという人間は一定数いる。社交辞令に嫌味に陰口。誰だって嫌な思いをしたことは一度はある。

 それでも完全に人との関わりを捨てることは中々できない。十年近く家に籠もっていた彼でさえネットで不特定多数の人間と文字で交流していたのだ。

 孤独というものはそれだけ人を蝕む。


「喜怒哀楽を動作だけで伝えられるようになれ。パントマイムを学んで物事を的確に伝える訓練をしろ。手話を覚えて手だけで会話をするんだ。チャットを打つスピードを会話と同じ早さにまで上げろ。仲間の言葉を録音させてもらって要所で流せ」


 少し考えるだけでこれだけ改善の余地がある。

 言葉を喋らないVtuber。いいじゃないか。


「出来ないことを出来るようになる必要なんかない。お前はお前に出来ることで仲間を助けてくれ」

「あ、ああ……」


 ピグマリオンは黙って泣いて何度も頷いた。

 どうやら何か感じ入るものがあったらしいな。


 解決して良かった。ピグマリオンは動作を正確にトレースする為に高ポリゴンにならざるを得ずモデルがくそ高いからな。

 お蔵入りなんかになってしまったら俺も泣く。

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