三十一話 勇気の炎

 引き出し屋から逃亡してきたというギルメンは俺がログインした時には既に姿がなかった。

 発見されて無理矢理、連れ戻されたのだろう。

 こういう事例は他にもあった。親に連絡して助けを求めたが、引き出し屋にここで甘い顔をしたら元のヒキコモリに戻ると唆されて隔離に同意するどころか、迷惑料として更なる依頼料を支払ったというケースだ。

 他人事として捉えられるからこそ、それはおかしいと判断できるが、実際に詐欺被害にあった被害者は驚くほど簡単に口車に乗せられる。

 思考が硬直して客観的な判断も冷静な判断も出来なくなっているんだ。一種のマインドコントロールだな。


【モロホシさんは親は信用できないから連絡しないと言っていました……】

「ちっ、極限状態に陥ったことで親子間の信頼関係が破綻したか。数百万は支払っているだろうし見捨てられたわけじゃないのにな」


 引き出し屋の事件はこういう既存の信頼関係を破壊することも問題なのだ。

 ニートにとって親は最後の砦だから、親が信頼できないってのは世界の全てが信頼できなくなったことを意味する。

 だから引き出し屋という分かりやすい悪から解放されて職場に馴染めずに辞めた後、自殺という逃避手段を取ってしまう。

 自分の存在に一切の価値を見出せなくなったのだろう。

 テレビじゃ自暴自棄になってふんぞり返っているニートがよく出てくるが、逆に鬱になって自罰的になってるニートも多いのだ。


 そして引き出し屋にとって搾り取った被害者なんて死んでくれた方が都合がいい。

 下手に恨まれて裁判なんてことになったら面倒だからな。

 怒るという行為にもエネルギーが必要なのだ。ギリギリまで搾取しきることでニートも親も無気力にして訴えられないように仕向けているんじゃないだろうか。

 最初はキチンと出していた三食の飯を、終わり頃になると出さなくなっていくのは意図して弱らせているんじゃないのか?


【そ、そんな恐ろしいところにモロホシさんはっ。姫様、何とか助けられないでしょうか】

「そうは言っても住所も連絡先も分からないんだろ? 手の施しようが」

【分かります。住所も連絡先も】

「はぁ?」


 え、何でネトゲ仲間の住所なんて知ってるんだよ。少なくともギルドでそういう話題は聞いたことがないぞ。


【自分はBSをやる前からのモロホシさんのゲーム仲間で。リアルで会ったこともあるんです】

「そんな昔馴染みだったのか。それなら助けを求めてきたのも分かるな」

【後、テレビ電話でチートを披露したりもしたので期待されたのかと……】

「はぁ!? お前、何やってんの!?」


 マジか。そりゃ完璧に内緒にするのは現実的じゃないとは思っていたが、証拠付きで異能を披露したりとかするのか。


【す、すみません。どうしてもギルドに勧誘したくって】

「仲間にもチート能力を与えたかったのか」

【はい……】


 こいつ、ヒビキだっけ。要注意人物に入れとくか。

 それにしても面倒くさいことになってきたな。チート能力を知ってる一般人か。

 自暴自棄になって手当たり次第に情報をばらまいても、おかしくないな。


 既に掲示板で遊び半分に情報は公にされてるが現実でガチに主張する人間が出るというのはマズい。

 大半は頭がおかしいとか、キチガイだとかで流すだろうが、変な注目のされ方をするのは間違いない。

 まあ、こういう時のために掲示板に情報を流した面もあるっちゃあるんだが。

 全く情報がないところにそういう変な奴が湧くよりも、遊びをガチだと勘違いした痛い奴だっていう結論に導く方が納得しやすいからな。


 でも、事前に防いだ方が良いのは間違いないわけで。


「いいだろう。助けに動いてやる」

【ホントですか!】

「お前も責任とって来いよ」

【勿論です!】


 一対一の個別チャットを終えて、ギルドチャットに切り替える。

 同じギルメンだからって常識的に考えたら巻き込むのは筋違いなんだが、ここで一つ試しておきたい。


「これから、引き出し屋に浚われたギルメンを現実で助けに動く。相手はヤクザ擬きの暴力を生業にする輩だ。暴走族の抗争のように警察に追われる可能性すらある。それでも手助けしようって奴はいるか?」

【マ?】

【え、いやいや、流石にちょっと】

【本気なんですか。ゲームじゃないんですよ?】

「勿論、強制じゃない。ゲームと現実の区別が付いちゃいない馬鹿げた行動だ。正気じゃない」


 普通なら提案すらありえないような馬鹿げた話だ。

 でもアリス姫親衛隊はチートを所持した馬鹿げたギルドだ。普通なんて思考は捨てろ。


「だが、騎士だとか親衛隊だとか以前にお前らはブレイダーだろ。胸に誇りの火を灯すのがブレイダーだ。お前らの中にゃ勇気の炎なんて欠片もないのか? 所詮はゲームのごっこ遊びか? チートがあっても喧嘩一つも出来ないのか?」


 もし、ここで馳せ参じるような馬鹿がいたら、俺はそいつを信じようと思える。

 きっとそんな馬鹿と遊ぶのは現実だろうと楽しい。


「リアルイベント、引き出し屋からギルド仲間を救い出せの開催だ。参加者はアリス姫のメルアドに連絡しろ。最高にイカレタ馬鹿の参加を待ってるぜ」


 馬鹿に生きる。俺も有言実行しなくちゃな。

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