十六話 化物の生まれた日
ミサキちゃんはサキュバスになることには同意、というか諸手を挙げて賛同してくれたんだけどお金がないらしかった。
「元々、借金を返済する為に風俗嬢になったから、100万なんて出せないですよ」
ぶぅ垂れるミサキちゃんが可愛くて愛人にでも囲い込んでしまおうかなと一瞬、思ったがタラコ唇さんの顔が脳裏に浮かんだので止めておいた。
でもチート能力を開帳した以上、身内に引き込まないなんて選択はない。
「じゃあ、ミサキちゃんが知ってる風俗嬢で信頼できる人を紹介して貰おうかしら。4,5人くらいは同族にするつもりだったし。一割くらいは紹介料としてミサキちゃんの取り分になるけれど、幾らくらいが適正価格だと思う?」
「300万は大丈夫です」
スパッと言い切るミサキちゃん。稼いでいる風俗嬢は月で200万はいくというからな。
即金で迷いなく出せる金額でもそれくらいにはなるのか。
しかし知り合いから搾取しようとしてるのにこの迷いのなさは凄い。
「それじゃ先にミサキちゃんを眷属にするわね。生ける時も死した後もサキュバスとして奉仕をすると誓う?」
「はいっ! 誓います!」
ほい。儀式めいた言葉で死後の魂ゲット。
同意さえありゃネット越しだろうと詐欺っぽかろうと偽名だろうと契約が成立するエインヘリヤルのチートはずるいと思う。
「自分の内を覗いてみなさい。もう只人ではないはずよ」
「へ? あ、確かに……。でもこんな簡単に」
「私みたいな高位のサキュバスでもないと無理だから、簡単に増えるとは思わないでね」
仕方ないとはいえ、サキュバスサキュバスと自分のことを呼称するのは堪えるな。
男と寝るなんて絶対に嫌だぞ。まあ、そこは単なるイメージでエナジードレインは触れるだけで可能だと分かってるだろうし、いいか。
「それじゃ会計して外で待ってるから」
「は、はい。ご利用ありがとうございましたっ」
そんなわけでミサキちゃんの紹介で更に四人の風俗嬢をサキュバスにして一千万程度の収入になった。
ただ、帰ろうとすると一人の風俗嬢から待ったが掛かった。
「私の知り合いも仲間に引き入れたいのですが、よろしいでしょうか?」
濡れ羽色の美しい髪をした大和撫子風の風俗嬢。表向きは優し気な雰囲気だが、眼光は鋭く曲者の匂いがする。
ここに集まった風俗嬢はミサキちゃんが信頼できると素人考えで集めたランダムな人選だ。同じ店に勤めている以上、関係性はあるだろうが民間人の集まりで組織的なものではない。だが、これから彼女の知り合いをサキュバスにしていくとなると思わぬ集団が引き寄せられるかもしれないな。
下手に欲張ると火傷しそうだ。
「サキュバスや吸血鬼が表社会に出ればどうなるかなんて歴史が証明してるでしょ。数を必要以上に増やすつもりはないわ」
「ですが、私達はお互いしか同族を知りません。頼れる相手は一人でも欲しいのです。それとも他の同胞の方を紹介して貰えるのですか?」
「そのつもりもないわ」
ピーンと緊張の糸が張られた気がする。なるほど。彼女はこのまま俺が消えていなくなると考えているのかもしれないな。
確かに変に面倒な事態になるなら二度と会わないつもりではあった。彼女の警戒は正しい。
「5百、いえ一人1千万でどうでしょう?」
「ふむ……。対象は女性、秘密は守る、この場にすぐ駆けつけられる、風俗経験がある。この条件を呑める?」
「構いません。制限時間はどのくらいで?」
「30分」
こういう手合いに準備をさせてはならない。頭の出来が違うのだ。
偶然チートが手に入った今、策略を巡らせるも何もない今ならば彼女に勝機はない。
俺の発言に異議を唱えることもなく、電話ですぐさま三人の女性を呼びつけた彼女を見て自分の判断は正しかったことを知った。
お金もミサキちゃんに指図して3千万を事務所から持ってこさせた。
彼女の一言ですぐ動く人間が三十分くらいの近場に三人もいて、数千万の現金を容易く用意する。普通にヤバい。
「へえ、現役の風俗嬢じゃないんだ」
「さすがに50代で続けるのは厳しいですからね。でも元は人気風俗嬢です。元を取るのに一年もかかりませんよ」
ニコニコと機嫌が良さそうに笑う彼女はここにいる8人のサキュバスの内、半分を支配している。
残りのサキュバスも逆らおうとは思わないだろう。俺はとんでもない化物を生み出してしまったのかもしれない。
「はぁ。身体は人間と全く変わらないから医者に行くのは止めない。むしろ推奨する。エイズなんかは今じゃ薬で抑制可能な病気だけどHIVウイルスを完全に消すことは不可能でしょ? 私達も似たようなもので、精気を吸収して体内に生命エネルギーを貯め、身体を強化したり病気に抗ったりしてるの。最悪の場合、無限の闘病生活に突入して多くの精気が必要になったりするわ」
「なるほど。過去のサキュバスと吸血鬼が歴史上に現れているのは必要な精気が多くなったからなんですね?」
「フフッ。かもね……」
嘘も方便。お前、ただの人間だから!
まあ、説明内容に嘘はないからええやろ。
「あとは、そうね。貴方の名前は何だったかしら」
「ユカリです。本名の方がいいでしょうか?」
「いえ、源氏名でいいわ。一つ忠告しておきましょう」
自然と顔が強張る。この話だけはふざけられない。
「恨みをあまり買わないよう気を付けなさいユカリ。さもなくば呪い殺されるわよ」
「の、ろい? あのそれは、言葉通りの意味なのでしょうか?」
困惑してるユカリに頷いて、俺は言った。
「怖くて怖くて、犯罪なんて犯そうとも思わなくなるわよ。サキュバスなんてちょっと身体が丈夫な人間に過ぎないんだから」
――――――
エイズは5年から10年の無症状期間というものがあり、病気の兆候が分からないそうです。潜伏期間中に体内の病気に対する抵抗力が減るので、早期発見が重要です。
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