六話 苦しくて辛くて泣きそうで、それでも忘れられない何かがあった
タラコ唇さんの妄言はVtuberオタクの個人的趣味が故の発言ではなかったらしく、技術者としての真面目な仕事のお誘いらしかった。
おっと、その前にVtuberを簡単に説明しないと。
VtuberはVirtual Youtuberの略で動画配信サイト、ユーチューブ上で二次元キャラクターの画像に表情や声を当てることで本当にアニメのキャラクターが生きて自分に話しかけてきてるような錯覚をもたらす演者で、新しい形の動画配信者だ。
これに対して生身のまま動画配信を行う者をYoutuberと呼び、有名な人間は年収で数億を稼ぐネット上の芸能人だ。最近は一部の人間が注目をされたくて迷惑行為を行い、頻繁に炎上しては一般人に眉をしかめられている。
ああ、炎上はインターネットで非難・批判が殺到して収拾が付かなくなっている事態や状況を指す。
一種の祭りだ。
場合によってはテレビに取り上げられて念入りに集団リンチのターゲットになる。
動画配信者としては生身で活動するか二次絵を表に出して活動するかの違いでしかないかもしれないけど、客層が大きく違う。一般人がテレビを見る感覚でYoutuberを見るのに対し、オタクがアニメ・アイドルを見る感覚でVtuberを見るので、基本的に陽キャと陰キャで棲み分けされているような雰囲気がある。
またVtuberは身バレをし難いので気軽に参加できる反面、中の人を特定できる情報を出せないので所属企業や関係者とのトラブルがあった場合、次の仕事に繋がらないなどのデメリットがある。
「それでタラコ唇さんは物理演算のプログラムを作成したり、3Dモデルのモデリングをする技術者ってわけか」
「はい。Vtuberに関する諸々は一通り出来ますので任せて下さって構いません」
緊張してるのか最初のように敬語に戻ったタラコ唇さんを見る。
プログラマーって激務だって聞くんだけど、ブレイブソルジャーの廃人と両立なんて良く出来てたな。
「実は私、ショートスリーパーでして。二時間も寝れば十分なんです」
うわっ。凄いけど、真似したくねえ。俺なんかブレイブソルジャーのイベントがあった時なんか仮病で仕事を休んだりしたぞ。
駄目人間だな。知ってた。
「それで、何で俺にVtuberをやって欲しいんだ? そんなに好きならタラコ唇さんがやればいいのに」
ボインボインの身体で集客が出来ないのは勿体ないが、着飾れば美女と言って良いタラコ唇さんならアイドルも務まると思う。
ロリコンでアリス姫信者だって目の前で見せつけられても俺の嫁だって宣言できるくらいには魅力があるぞ?
「……んで……す」
「なに?」
「Vtuberとして活動してた時期があるんです」
Vtuberはまだ最近になって登場したコンテンツで、第一人者として人気がある例のあの人でもまだ三年くらいしか活動していない。
でもそれ以前から個人勢としてVtuberをやっていた人間は他にもいて、Vtuberが注目をされる黎明期が訪れる前に引退してしまった演者もいる。
それがタラコ唇さんか。
「惨めですよ。人の居ない生配信とか。コメントもろくにないからどんどん無口になっていって、黙ってゲームしてるだけだから視聴者も増えなくて、アーカイブを見返したら同じ人と二時間くらいずっと話してて、数人いたはずの古参も気が付いたら来なくなってて、誰も居ないコメント欄を見て私って何をしてるんだろうって……」
もういい。もういいんだ。休め。気持ちは良くわかった。
「現実逃避にネトゲを始めて、淡々とハクスラしてても不意に泣きそうになって」
俺も泣きそう。
「そこでお姫ちんに会ったんです」
熱に浮かされたような表情でタラコ唇さんは俺を見る。なるほど。当時の俺は姫プレイをやるために癒やし系の幼女を演じていたからな。
今みたいな罵倒もせずに優しく話を聞いて頭を撫でていたっけか。
それがタラコ唇さんにクリーンヒットしたと。
「ボイス通話は今じゃギルドの仲良くなった人にしか繋ぎません。大多数の人にとってアリス姫は単なる姫プレイヤーで、アリス姫親衛隊は単なるロールプレイ集団です」
うん。それであってるよ?
「私はもっとお姫ちんの魅力を世間に知らしめたい。Vtuberをただの苦い思い出で終わらせたくない」
スッとタラコ唇さんに手を握られる。手汗が凄い。力が強い。
それだけ必死なのか。
「お願いします。私にアリス姫のプロデュースをさせて下さい」
んー。あー。まあ、ね。タラコ唇さんはエインヘリヤルだし、身内だし、嫁みたいなもんだしね。
仕方ない、か。
「いいよ」
「本当に?」
「うん。一つ条件があるけど」
「私に出来ることなら何でもしますっ!」
真剣なタラコ唇さんを茶化すのもアレだけど、このチャンスは逃せない。
「キスして」
「は? え? ええっ!?」
「アリスのこと嫌い?」
「いや、えっとお姫ちんのことは好きだけど、ええっ!?」
ネカマ姫モード全開だ。そこまで思い入れがあるなら、いっそのこと完全に道を踏み外してくれ。
それならこっちも本気になれる。
「目、閉じてるから」
「あ。あわわわわっ。本当に閉じて、え、どうすれば」
しばらく慌ただしく狼狽えていたタラコ唇さんだったが、ちゅっと唇に柔らかい感触と良い匂いがしたのは確かで。
柄にもなく頬が熱くなってると思う。
「真帆さん」
「た、タカシ君?」
「アリスでいいよ」
正面から抱きついて耳元で囁けば面白いくらいにふにゃふにゃになってくれた。
この日はベッドで一日中、巨乳の感触を楽しみながら首筋にキスマークを残したりして遊んだ。楽しかった。
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