三話 エインヘリヤル後編
幸いなことにタラコ唇さんこと高橋真帆(たかはしまほ)さんの住所は同じ東京都内にあったらしく数十分で着いた。
契約をタラコ唇さんの名前で結んだせいか高橋さんとか真帆さんとか呼ぶと違和感が半端ないので、以後もタラコ唇さんと呼ぼう。
ついでに俺の名前は前田孝(まえだたかし)。タカちゃんとか友人には呼ばれてたけど、女の容姿だとこれまた違和感しかないのでアリスで通そうと思う。
「部屋はここだけど、カギは室内にあるからどうやって入ろう……」
「実体化を解きゃいいんじゃんか。中に入ってから具現化して」
「う、うん。やってみる」
ぶわっと謎の光に包まれてタラコ唇さんが消えていく。Wow!イッツァ、ファンタジー!
英語が出来ないとリアクションすら困る時あるな。テンション落ちたわ。
ガチャっと音がして中から扉が開かれていく。もしかして泥棒し放題なんじゃなかろうか。
「物が散乱してて散らかってるけれど」
「気にしない気にしない。元男を部屋に招き入れて赤面とか誘ってるようにしか見えないけど」
「痴女みたいに言わないでっ!」
ワイワイと楽しく会話しながら室内を物色する。女性といちゃいちゃしながら散歩とか魔法使いのおっさんには刺激が強いから。
心の男子高校生がはしゃいでちょっかいかけるのも仕方ないんよ。許してクレメンス。
「うわ、マジで汚え」
「真顔で言わないでぇ」
だって脱いだ服がそこら中に散らばってるだけならまだしも、隅っこにあるゴミ袋とか何で捨てないの?
段ボール箱を物入れにするのはいいけど、段ボール箱のストックとか必要?
飲みかけのペットボトルとか中身が茶色くなって変なのが浮いているんだけど、何ヶ月前の奴?
タラコ唇さんの死体と合わせるとスラム街に放置された掃き溜めって印象しか浮かばないんだけど。
「良かった。死体内部に虫が入り込むとか取り返しの付かないことになってなくて」
椅子に座ってデスクトップパソコンに寄りかかってる死体は綺麗なもので眠ってるようにしか見えない。
これならリンクのチート能力を鍛えれば蘇生可能かも。幸い俺のキャラクターは死者蘇生魔法が使用可能なアークビショップだ。
タラコ唇さんの魂もすぐそばに居るし。
「現状でも別に不自由は感じないけれど」
「そりゃチートで具現化してれば年も取らないだろうし、肉体から解放されたようなものかもしれないけどね」
チートで具現化してると俺の方が生命力とか魔力とか代償にしてるのか消耗していくのがハッキリとわかるのだ。
タラコ唇さん一人を四六時中、具現化してても大した疲労じゃないし魂を俺の内部に格納して眠らせるのも簡単だけど。
これから数十人と下僕が増えていくかもしれないのだから消耗は最低限にしたい。コストカットは最初に見積もるものなのだ。
「アイテムボックスは現実でも使用可能かな。これ次第で計画が大きく変わるぞ」
垢BANの可能性がある俺よりもタラコ唇さんのアイテムボックスを利用した方がいいだろうか。
いやでも、ギルマスのアイテムボックスは一杯一杯で余裕がないだろうし、魂を俺の内部に格納した時の状態がわからん。俺が責任を持って保護しておくか。
「リンク『ブレイブソルジャー/アリス姫』」
ぶわっと身体から神々しい光が放たれて周りが見えなくなっていく。変身だ!
グググッと視点が下がっていって身長が縮んでいくのがわかる。
アリス姫は十歳くらいのロリなのだ。
軽く動く度に纏わり付く布はドレスの生地だろうか。邪魔だな。
胸を触ったくらいでプルプル怯えていたタラコ唇さんが目をキラキラさせてこちらを見ている。そういや、ヤバい性癖の持ち主だった。
「お姫ちん!」
「なに興奮してるの? お姉ちゃんは幼女に欲情する変態さんなの?」
「ん゛あ゛あ゛ッぁ゛ァ……!」
幸せそうに震えてる姿はさすがにドン引き物だが、アリス姫は可愛いからね。仕方ないね。
可愛い衣装とキャラだけど性格はクールで辛辣、特技の女声で優しく毒舌を吐くアリス姫の人気は我ながらどうかと思うほど高い。日本ヤベえな。
懸念してたアイテムボックスも使えるようだし、タラコ唇さんの死体も収納できた。
住む場所もマンションを追い出されたとしてもタラコ唇さん家に居候すりゃいい。
あとの問題は……。ブレイブソルジャーの垢BAN対策か。チートに影響するなら月額料金を納めてる銀行口座を維持する必要がある。
たとえブレイブソルジャーのサービスが終了してもリンクによるキャラクター変身は大丈夫と思うんだが、シンクロ率を高める修行が出来なくなる。
死んだら俺だけはエインヘリヤルによる死亡保障はない。しばらくはギルドメンバーの強化にアリス姫を普通に動かす予定だ。
そうなると、家族に事情を話す必要があるな。今なら魔法みたいなことが出来るし信じてくれるだろう。
三十路を超えるおっさんのTS願望を赤裸々に家族に明かすのか。
ふふっ。神よ、この恨みは忘れないぞ。
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