2話
平日のあかしやに客は少ない。いつもは静かな店だが、今日は賑やかなお客様が来店した。
「へぇ……古い家かと思ったら、中はしゃれてるじゃん」
「良い雰囲気だね」
「でしょ、でしょ。最近評判になってるらしいよ」
制服を着た少年一人と、少女二人。少年は背が高くてがっしりした体格だが、顔立ちは優しそうに見える。
この店を紹介した少女は、ポニーテールの髪がぴょこぴょこ揺れる明るい子で、もう一人の少女はボブカットの大人しそう子だった。
ポニーテールの少女が、もう一人の少女の耳にこっそり告げる。
「イケメン店員がいるって噂だったけど、本当だね」
「そ、そうだね」
ポニーテールの子は永久が気になるのかチラチラ見ていた。少年はメニューを眺め、ボブカットの子はその少年の顔をじっと見ていた。
「あ、レモンティーあるじゃん。俺、それにする」
「高瀬くん、いつもペットボトルのレモンティー飲んでるよね。レモンティー好きなの?」
「よく見てんな、吉永。そうそう、俺レモンティー好きなんだよ」
「綾、よく見てるね。私ぜんぜん気づいてなかった」
「た、たまたまだよ」
「吉永は落ち着いてるし観察力あるからな。三浦も見習えよ」
「見習えって何よ。偉そーに。高瀬だって観察力ないじゃん」
「高瀬くん、夕ちゃん、あんまり大声出すとお店の人に迷惑じゃないかな」
綾が申し訳なさそうに永久を見る。永久はニコッと笑った。
「他にお客さんもいないし、大丈夫です」
「うわ……イケメンの笑顔、やば」
「三浦は面食いだよな」
「別に、顔だけで選んでるわけじゃないし」
高瀬と夕はすぐに言い合いを始める。喧嘩というには親しげで、仲が良いからこそできる口喧嘩という感じがする。
二人の様子を綾は穏やかに見守っていた。
「お決まりですか?」
永久が話しかけると、三浦は慌ててメニューを見た。
「うわぁ……お茶の種類多すぎ。選べない」
「俺はアイスレモンティー」
「わ、私もアイスレモンティーにしようかな」
「綾も? じゃあ、私もアイスレモンティーでいいや」
「夕ちゃん、お菓子も頼まない? 違うもの頼んで、二人で分け合うの、どうかな?」
「いいね。いいね。そうしよ!」
「いいなぁ、お前ら。俺も色々食べたい」
「女同士の特権なのー。可愛い綾にばっちい高瀬菌移したくないし」
「なんだよそれ!」
注文の後も、三人の会話は賑やかだ。とはいえ騒がしいのは高瀬と夕であり、綾はにこにこと二人の会話に相槌を打つばかりだった。
命が手際良くアイスレモンティーを作ると、永久が三人の元へ運んだ。
「レモンティーは甘くないので、お好みでシロップを入れてください」
永久の説明を受けて、三人は何も入れないまま一口飲んだ。
「うまっ。砂糖入ってないレモンティー、俺初めて飲んだ」
「私もー。美味しいけど、私は甘い方がいいなー。綾は?」
「お菓子と一緒なら、甘くなくてもいいかな」
「だなぁ。甘くないのもたまにはいい。やっぱペットボトルとはぜんぜん違うな」
「当たり前じゃない。専門店だもん。ペットボトルと違うに決まってるじゃん」
「この街にお茶の専門店ができるなんて凄いよね。都会みたい」
「都会って、綾、その言い方。田舎もんっぽいじゃん。奥多摩だって東京なのにさぁ」
「いや、奥多摩は田舎だろ」
高瀬と夕が言い合う間に、綾はちらりと店内を見回して、あっと声を上げた。
「茶葉も売ってるんだ……」
「気に入ったお茶があれば、少ない量からお売りできますよ」
命が声をかけると、びっくりしたように綾は目を瞬かせた。少し悩むような顔をした後、おずおずと切り出す。
「じゃ、じゃあ……このレモンティーと同じ紅茶って、どれですか?」
「このキャンディという茶葉を使ってます」
「キャンディ? 甘くないのに?」
夕が首を傾げたので、命は説明する。
「キャンディというのは地名なんです。スリランカにある古都で。だから甘くはないんですよ」
「へぇ……地名なんだ」
夕が感心すると、綾がおっとりと頷いた。
「日本にも静岡茶とか、宇治茶とか、ありますね。そういうお茶を作ってる街ですか?」
「そうです。オレンジ色の綺麗な水色がアイスティーにすると綺麗なんです」
「たしかに。綺麗だな」
高瀬はグラスを持ち上げて、陽の光に照らした。光を反射したアイスティーは輝いて見える。
「あの、おいくらですか?」
「え? 綾買うの? 小遣い大丈夫?」
「……そんなに高くなければ」
財布を覗いて不安げな顔をしたので、命はにっこり笑った。
「大丈夫です。安いお茶ですから」
金額を提示すると、綾はほっとしたような顔をした。茶葉を買うためにレジに向かい、会計を済ませてちらりと庭を見る。
「あの……和傘が置いてあるところに、椅子とテーブルがありますよね。あの席でもお茶できるんですか?」
「はい。野外席です。自由にどうぞ」
「今度は、あの席に座ってみたいな……」
綾の呟きを聴いた夕が驚いたように声を上げた。
「えーー! 暑いじゃん。クーラーが効いた室内の方がいいよ」
「でも、外も爽やかそうだし、日陰なら……」
「外の方が気持ち良いよな。でも熱中症に気をつけろよ」
「ありがとう。高瀬くん」
綾は小さな気遣いに嬉しそうに微笑んだ。微笑ましいやりとりを見ていたら、命は思わず話しかけたくなった。
「学生さんですよね」
「はい。奥多摩中学校に通ってます」
「今日は早いですね。学校は休みですか?」
「今日は終業式で、明日から夏休みです」
「ああ、そういう時期か」
学校を卒業してずいぶんたつから、終業式という響きが懐かしい。
「あ、あの。アイスティーを上手に作る方法ってありますか?」
「ああ、それならよかったらこれどうぞ」
あかしやではお茶の淹れ方を書いたチラシを作っていた。今までは茶葉を買っていく人が少なくて機会がなかったが、やっと役に立って嬉しい。
「ありがとうございます。また来ますね」
「また来よう、綾。今度は高瀬抜きで」
「俺だけ仲間はずれかよ」
「だって高瀬は夏休みも、部活で忙しいじゃん」
「そうだけどさ……ここのお茶美味かったし、また飲みたいっていうか」
高瀬ががっかりしていたせいか、綾は慌てて声を上げた。
「わ、私が、お茶を淹れて部活に差し入れしにいく……の、だめかな? 店みたいに美味しくないかもしれないけど、同じ茶葉を使うから……」
「いいのか? やっぱ吉永は優しいな」
高瀬が嬉しそうに笑うのを、綾ははにかみながら見つめていた。
そんな三人の様子を見て命はピンとくる。
きっと綾は高瀬が好きなのだろう。甘酸っぱい青春の恋に命は心の中で応援した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます