第70話 電話


 「佳純さん、大学生なんだっけ?」


 「うん、今3年生。ほいじゃけえ、4つ離れとるんかな?」


 夕日の照らす海岸沿いの道を、私と蓮君は歩いている。

 蓮君の自転車には、荷台やハンドルなど、至る所に買い物袋を引っ掛けたり乗せたりしているので、彼には自転車を押してもらって、徒歩で家路に向かっている。

 蓮君は私の歩幅に合わせ、尚且つずっと車道側を歩く。ありふれた気遣いではあるが、何だか恋人同士のやり取りみたいで、それだけでも私の機嫌は上がっていた。


 「変なこと言わんかったか?ウチの姉ちゃん」


 蓮君にそう言われ、少し考える。変な事、と言われれば、最後に耳打ちされたアレが思い浮かぶが、せっかく手に入れた蓮君の弱みなのだ。ここは可哀想だがいざと言う時のために心にしまっておこう。


 「うーん、特には。でも、話した感じ、やっぱり佳代さんに似ていたかな?」


 「それって、顔が?」


 「顔も似てたけど、性格も」


 佳純さんの第一印象。それは母親である佳代さんに似てるなと言う所だった。

 快活で、ノリが良くて、ちょっとお節介な所。少し口下手で恥ずかしがり屋な蓮君が父親似の息子だとしたら、佳純さんは母親似の娘と言った感じだ。

 これだけ分かりやすい親子も珍しい。


 「こっちはうるさいのが増えて大変よ。これでお酒が入ったら、ホンマ手が付けられんようになるんで?」


 「あははっ、それは大変だねー」


 蓮君は心底嫌そうな顔をしてそう言う。

 確かに、私がアルバイトをした時の、あのベロンベロンになった佳代さんがもう一人増えると考えると、気苦労もすると言うものだ。


 ____プルルルル、プルルルル____


 すると、何処からかケータイの着信音が鳴った。私のケータイはこの音の着信音にしてないので、恐らく蓮君のだろうか?


 「僕のじゃ。ちょっと待っとって」


 蓮君はそう言うと、自身の短パンのポケットからケータイを取り出す。

 そして、折り畳み式のケータイを開いて画面を見ると、まるで何日間も熟成させた梅干し様な、渋い顔になった。


 「げっ、姉ちゃんじゃ……」


 心底嫌そうな顔をしてそう言う蓮君。しかし、彼はその電話には出ようとせず、画面を閉じて未だ着信音が鳴り響いてるケータイをポケットに戻そうとした。


 「いいの?出なくて?」


 「どうせ早よ帰って来いっちゅう文句の電話じゃ。出るだけ無駄無駄」


 呆れた顔をして、蓮君はポケットにケータイをしまう。


 「あはは、でも出てあげれば?もしかしたら追加で何か買ってきて欲しいのかもよ?」


 それはあまりにも決め付け過ぎではないだろうかと思い、私はそう提案する。

 それに、朝見た佳純さんの様子を考えると……


 「それに今無視したら、後の方が面倒になるかもよ?」


 「……むう、ほうじゃな」


 この後の事を想像したのか、蓮君は未だ渋々と言った感じだが、再びポケットからケータイを取り出した。


 「……もしもし、姉ちゃん?」


 そして、ケータイを開いて耳にくっ付けると、電話先の主であろう佳純さんに恐る恐るそう聞く。


 『おっそい!!!何しよんね!!!』


 すると、ケータイから離れた私でもハッキリと分かるくらい、スピーカーから大音量で佳純さんの声が聞こえて来る。

 

 「うっさいわ、そんな叫ばんでも聞こえちょるっちゅーに」


 案の定、蓮君は顔を顰めて耳からケータイを離していた。


 『何しよんね!?アタシも母さんももう喉が乾いて干からびそうじゃ。このままじゃ二人とも野垂れ死ぬで!!』


 「分かった!分かった!!ほいじゃけん、大声で喋るな!!耳がイカレる!」


 心底面倒臭そうな口調で蓮君はそう言う。

 ……確かにこのテンションに合わせるのはしんどい。

 お酒を飲んでいる時のテンションだ。


 「……友達とうてな?ちょっと喋りながら帰りよるんよ」


 蓮君は再び耳にケータイを付けてそう言うと、スピーカーから大音量で聞こえていた佳純さんの声は、聞こえなくなった。

 通常の音量で喋っているのだろう。


 「……うん、……うん。違う違う。由美じゃ無い」


 佳純さんは蓮君に色々聞いているのか、蓮君から出る言葉は返事の様なものばかりで、会話の内容は計り知れない。


 「……うん……はぁ!?だから、違うって!!何でそこで京香ちゃんの名前が出て来るんじゃ!」


 すると、蓮君から突然私の名前が出てきて、驚いた私はビクンと肩を震わせる。一体何の話をしているのだろうか?


 「……だから違っ!!……はあ、……そうですー!僕は東條京香と一緒に居ましたー!!」


 そして、観念した様にため息をついて蓮君がそう言うと、ケータイのスピーカーから、再び『キャーーー!!!』と言う声が聞こえて来た。


 「だからうっさい!!……ほいで、それが何?」


 蓮君は、吐き捨てる様にそう言う。

 ここまで来たら私も察する事ができる。恐らく私と二人っきりなのを見透かされて、佳純さんに揶揄われているのだろう。


 「うん……うん………はあ!?なんで代わらんといけんのんじゃ!?」


 すると、蓮君は面倒臭そうな表情から、焦りの表情に変わった。


 「………はあ!?、今はそれ関係ないじゃろうが!っ…………分かりました。代わります……」


 しかし、佳純さんから何か言われたのか、急に大人しくなる蓮君。……弱みでも握られているのだろうか?

 そして、一つため息を吐くと耳からケータイを離し、顔をこっちに向けた。


 「あー、……京香ちゃん。姉ちゃんが話ししたいんと。どうする?」


 「ど、どうするって……私は良いけど……」


 蓮君は心底嫌そうな顔をしているが、佳純さんの事も無下には出来ない。 

 私がそう言うと、蓮君は渋々と言った感じでケータイを渡して来た。


 「も、もしもし?」


 『あ、京香ちゃん?キャー!!さっきぶりー!!』


 スピーカーから、かなりの音量で佳純さんの声が聞こえる。


 ……間違いない。この声は酔っ払いの声だ。

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渡し船の上の恋 浅井誠 @kingkongman

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