第64話 win-win


 末籐庵、つまり由美ちゃんの実家は割烹料亭を営んでいる。彼女のお父さん、宗介そうすけさんはそこの後継ぎであり、料理長だ。

 だから由美ちゃんと一緒に釣りをする時は、釣った魚を末籐庵に持って行き、宗介さんに捌いて貰うと言うのが通例らしい。


 「毎週木曜日は末籐庵の定休日なんよ。ほいじゃけえ、夏休みのこの曜日は釣りをして、宗介さんに捌いてもらおうって魂胆な訳」


 末籐家に行くまでの道中、蓮君が悪どい笑みを浮かべながらそう言う。成る程、確かに釣った魚はプロの魚捌きで頂いた方が味もうんと良くなるだろう。それで由美ちゃんのお父さんのところに持って行くと言うのも分かる。

 しかし、一つ懸念があった。


 「うん、……でも、由美ちゃんのお父さんに迷惑かからないかな?」


 せっかくの休日なのに、そんな迷惑をかけて良いものだろうかと、私は苦笑いになる。


 「ええよ!ええよ!!ウチのお父さん、蓮達の釣ってくる魚をいつも楽しみにしとるけえな!今日だってウチが釣りに行くって言うたら、慌てて酒の準備しよったもん」


 由美ちゃんはそんな私の遠慮を吹き飛ばす様に笑ってそう言う。

 成る程、対価として宗介さんも蓮君達の釣った魚にあやかっているらしい。

 ならば、私達は宗介さんの元に魚を持って行くだけでプロの腕を堪能出来るし、宗介さんもタダで新鮮な魚を食べられると言う、win-winの関係性が出来上がると言う訳だ。


 「今日はぎょうさん釣れたけえなあ。お前らも今の内に料理のリクエスト考えときいよ?」


 蓮君が子供達に向けてそう言うと、子供達は一様に興奮し出した。

 

 「俺、カサゴの唐揚げー!!」


 「俺はアジの刺身ー!!!」


 「……あたしはイカの天ぷらがいい……!!」


 ……どうにもおじさん臭いリクエストばかりだが、それを聞いて私も想像して涎が出そうになる。……私も刺身が良いな……


 「う、ウチは塩焼きがええかなーって……」


 「ボウズにリクエストする権利は無い」


 「ガッテム!!!!!」


 由美ちゃんも恐る恐るリクエストするが、蓮君に残酷な言葉を浴びせられて、心底悔しそうな顔をするのだった。



 ____________



 「「「「お邪魔しまーす」」」」


 「ただいまー!!、お父さんるー!?」


 末籐庵の入り口まで来ると、由美ちゃんが先に入って宗介さんを探しに行った。

 私達は釣具を隅の方に整えて置き、身軽になった体を解す様に肩をぐるぐる回す。


 「いらっしゃいー!!よう来たねえ。蓮君!!あら、京香ちゃんもるじゃんー!!」


 すると、奥の方から見知った女性が現れた。このテンションの高さ。間違いない。由美ちゃんのお母さんだ。


 「お邪魔してます明美さん」


 私は由美ちゃんのお母さん、明美さんに向かって一礼する。

 由美ちゃんの家には遊びに何回か来た事があるので、明美さんとは知り合いなのだ。


 「こんばんは。明美あけみさん」


 蓮君も続いて挨拶をする。


 「こんばんは。今日はどんな感じなん?」


 明美さんは期待する様にそう聞く。


 「今日はぎょうさん釣れましたよ」


 すると、蓮君は言葉で伝えるより見せた方が早いと思ったのか、クーラーボックスを明美さんの目の前で開ける。


 「おー!いっぱい釣れたのうー!!お父さんも喜ぶわー!」


 「結構あるんで明美さんも食べましょう。僕らだけでは多分食い切れませんけえ」


 「ええのー!?いやー、娘は良い幼馴染をを持ちましたなー」


 明美さんはこれ以上に無いくらい上機嫌と言った感じで、蓮君を褒め称える。


 「そ、そこまでじゃ無いですよ……」


 対して蓮君は恥ずかしそうな、それでいてちょっと得意げな表情をしていた。

 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る