第52話 帰り道



 夕陽の照らす海岸沿いの道を、私は大野君におんぶされながら歩いている。

 大野君の背中は、意外にも大きい。あかりちゃんから大きくて落ち着くとは聞いていたが、その時は小さい子だし、感覚が違うのだろうと考えていた。

 だがいざ背負われてみると、外見の細さとは裏腹に背中が大きい。これはあかりちゃんがお気に入りだと言うのも頷ける。

 最初こそ密着してガチガチに緊張していたが、それも数分で慣れて、その大きな背中に今は安心感を感じていた。


 「秘技!ダークソード!!」


 「ふん!俺にそんな技は効かん!!」


 そして私達の前の方では翔太君が畳んだパラソルを剣に見立て、雄介君とチャンバラごっこの様な事をしている。


 「ちょっと2人ともー?、道路に出ちゃ危ないでー?」


 そしてそれをあかりちゃんが必死に止めようとしている。

 あれだけはしゃいでいたと言うのに、まだまだ動ける様だ。子供のエネルギーと言うのは凄い。


 「あはは、あんなに遊んだのにまだ走り回れるんだね」


 「ホンマよ。何処にあんなエネルギーが残っとるんか、不思議でしゃーないわ」


 私が苦笑いをしてそう言うと、大野君も困った様な顔をして同意をする。

 今日一日は、あの3人に振り回されてばかりだった。雄介君に無理矢理連れられ、翔太君に余所者だと騒がれ、そして恋のライバル兼友だちが出来た。

 一日でこんなに濃い夏休みを経験したのは初めてだ。

 それは3人とも個性的で、魅力のある子だったからだろう。習い事や、殆ど外で遊ばなかった私の子供の頃とは大違いで、そこが少し羨ましくも感じた。


 「ねえ、大野君?」


 「んー、何ー?」


 だからこそ、もっとあの子達の事が知りたくなったのだ。


 「あの3人の面倒って、よく見るの?」


 「夏休みの間はちょくちょく。海だけじゃのうて、偶にバスで市内に行ったりもするで?」


 それはいい事を聞いた。少々疲れはするが、それを補ってあかりちゃん達の相手をするのは楽しかった。

 こんな破天荒な夏休みは、東京向こうでは経験が無かったから。

 だから少し、ワガママなお願いをしてみよう。


 「じゃあ、あの子達の面倒を見る時は、私も呼んで?」


 「ええんか?今日みたいにぶち体力持ってかれるで?協力とかせんでもええよ?」


 大野君にとって、私のお願いは予想外だった様で、驚いた反応を見せる。

 違う。これは協力とかじゃなく、私のワガママだ。

 

 「うん、良いよ。あの子達と一緒にいると退屈しないから」


 「ハッ、確かにそりゃあそうじゃな」


 やっぱり、口では文句が多いが、大野君もあかりちゃん達の事が大好きな様だ。

 これだけ愛情を注がれているのだ。あの子達が変な大人になると言う事は無いだろう。

 それと同時に、私の中にある感情が芽生えた。


 「いいなぁ、私も小さい頃にこの島に来れば……」


 こんな子供時代を過ごせたのだろうか?彼の幼馴染である由美ちゃんも、小さい頃には大野君とああ言うやり取りをしたのだろうか?

 そんな想像が膨らむ度に、後悔の様な、憧れの様な感情が強くなっていく。


 「今来たじゃろう。それで充分じゃ」


 そして、私のそんな感情を見透かしたかの様に、大野君はそう呟いた。

 急激に体温が上がるのが分かる。


 「………やっぱ優しいですなあ、大野君は」


 震えそうになる声を必死に抑えて、何とか言葉を出す。


 ああ、この人を好きになって良かった。


 ちゃんと私を見ていてくれる。

 上辺だけで無く、私の中身にも触れようとしてくれる人。

 どこまでも優しくて、常に人の事を考えられる、私の好きな人。


 おんぶされていて、私の顔が見えないのは、幸運だっただろう。


 夕陽でも誤魔化せないこの真っ赤な顔は、彼には見せられない。

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