第36話 海上花火大会③


 「ほいで、何で俺はここに呼ばれたん?」


 その後、ある程度冷静さを取り戻した康介から、そんな言葉が出る。


 「わざわざ船着きここに集合せんでも、呉の市街地に集合すりゃあええじゃろうに」


 続けて康介はそう言い放った。確かに花火大会は呉の内湾で開催されるので、呉の市街地に住む康介がわざわざ少し離れた音戸の瀬戸で待ち合わせをする必要は無い。


 しかし、この渡し船の船着き場で集合して貰ったのには、理由があった。


 「船から、花火を見るんよ」


 僕の言葉に、3人はは首を傾げていた。


 「船?この渡し船から?」


 東條さんの疑問の言葉に僕は頷く。


 「うん、船頭さんに頼んで、船を出して貰う様にしたんよ」


 僕は、皆んなをここに集合させた理由を語り始めた。





 時は遡って、東條さんを花火大会に誘った翌日。

 僕は授業中、花火を見るならどこのロケーションが良いかをずっと考えていた。

 呉の港の埠頭や、市内でも一番大きい入船山公園などは、定番だが人が大勢来る。

 別にそこでも良かったのだが、何だか定番のスポットにそのまま行くと言うのは陳腐な様な気もした。


 要するに、もっと特別感が欲しかったのだ。


 先生の話も碌に聞かずに、色々と考えていると、僕はある事を思い出した。


 何でも東京の方では、屋形船に乗りながら花火を楽しむツアーがあると。

 東京出身である東條さんも、船から見る花火には馴染みがあるのではないかと思ったのだ。


 しかし、呉でそんな花火大会のクルーズツアーなんてやっている筈も無いし、あったとしても一介の高校生である僕が花火クルーズに乗るほどの金を持っている筈も無い。


 そもそも船なんか、毎日使う渡し船ぐらいにしか乗った事ないのに。

 

 すると、ある事を思いついた。毎日利用する、あの渡し船だ。

 ……確か渡し船は日没19時までの営業だった筈だ。昔は夜遅くまで営業していたらしいが、客足が遠のいて今は営業時間を短くしていると聞いた。

 

 そして、花火が打ち上がり始めるのは確か19時半。もしかしたら、船頭さんに頼み込めば船をだしてくれ出してくれるのではないかと思ったのだ。


 少々遠いが、音戸の瀬戸からも花火は見える。

 もし成功すれば、あの小さな渡し船でも、思う存分、花火を楽しめると思ったのだ。 


 それからは、行動が早かった。その日の部活が終わった後、渡し船の船頭さんに、一世一代のお願いをしたのだ。

 "今年だけで良いから花火大会の日に、船を出してくれ"と。

 

『うん、ええよー?』


 即答で船頭さんの返事は返って来た。そもそも営業時間外に船を出すこと自体面倒臭いと思うのだが、船頭さんは

 "毎日使ってくれちょるけえ、今回はサービス"

 と言うことで、快く僕の我儘を快諾してくれたのだ。

 

 毎日送り迎えをしてくれる上に、無償で船に乗せてくれるとは、船頭さんには本当に頭が上がらない。


 そんなこんなで花火大会当日、僕は渡し船を貸し切る事に成功したのだ。


 


 「おー、やるじゃんけ。花火クルーズなんてウチ初めて乗るわ」


 事の経緯を説明すると、由美から称賛の言葉を貰った。他の2人もワクワクしている様で、は悪くない反応に僕は安堵する。


 「19時に船の営業が終わるけえ、その後に桟橋に出てくれれば、船に乗せてくれるって言うとった。それまでここで待っとこうや」


 時刻は18時45分を回った所。まだ船に乗れるまでは少し時間があった。


 「りょーかい。いやー、何か興奮して来たわ!貸切の船なんて初めて乗るで!!」


 康介が僕の肩をバジバシ叩きながらそう言う。

 本当に喜んでくれている様で、何だかこっちまで嬉しくなった。


 「京香ちゃんは貸切の船とか乗ったことある?」

 由美も興奮が抑えられない様子で、東條さんにそう聞く。

 「うん、お父さんのお友達の船に乗せて貰った事なら……でも、友達だけって言うのは初めて!!」

 東條さんも嬉しそうな表情でそう言ってくれた。

 それだけでも、僕は心が満たされる様な気分だ。


 それと同時に、今年の花火大会は最高のものになると、確信が持てた。

 

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