第35話 海上花火大会②
「何じゃお前、何処ぞのアーティストみたいな格好しよってからに」
「アホ、これが俺の普段着じゃ」
……絶対に嘘だろう。見る限りハット帽もジャケットも新品そのもので、"今日、この日のために用意しました"と言っている様なものだった。
「へー、芳賀君の普段着、初めて見たわ」
すると、由美が興味津々に康介にそう言って来た。
いきなり由美に話しかけられて、康介の表情が、少しばかりだが固くなっているのが分かった。
「ど、どうかのう?」
期待をする様に康介はそう由美に聞く。
末籐由美は、良くも悪くも嘘の吐けない人間だ。
恐らく東條さんの様に、気を遣うなんて考えてないだろう。
ファッションに疎い僕でさえ、康介の格好に違和感を感じたのだ。女子の由美がそれに気付かない筈がない。
「……なんちゅーか、着せられとる感じじゃのう?」
案の定、由美に強烈な一言を浴びせられる康介。雷に撃たれた様な顔をしていた。
……と言うかその台詞は、先程僕が由美に言ったものである。
「に、似合わんかのう………?」
ほら、目に見えて落ち込んでいる。こればかりは由美を好きになってしまった康介にご愁傷様と言わざるを得ない。
由美の遠慮の無い物言いは、万人に共通してるのだ。
「ううん、着せられとるだけ。……ほうじゃなあ……ええもん持っとるんじゃけえ、グラサンとかハットとか、背伸びしたアイテムは外しんさい。それと、ジャケットも要らんじゃろう」
すると、由美は具体的に、服装に対してのアドバイスを康介に施した。
蔑まれただけだと思っていた康介は、呆けた顔に変わる。
「……こうか?」
渋々と言った表情だが、康介は由美の言われた通りにする。
すると、さっぱりとした好青年がそこに現れた。
「おぉー、ええじゃんけ。そっちの方がええぞ、芳賀くん!」
由美はフォルムチェンジした康介を見て、満足そうに頷く。
そんな彼女を、惚けた顔で康介は見ていた。
これは、完全に好きになってしまっただろう。
「そっちの方がウチは好きじゃなぁ」
「ほ、ほうか!!なら今度からそうする!!」
由美の"好き"と言う単語がトドメだったのだろう。舞い上がった康介は由美の言葉を全力で肯定する。……まあ、気持ちは分からなくも無いが。
僕にも似たような経験がある。
「あと、首に掛けとる金のジャラジャラも、取った方がええと思うで?」
「おう!!分かった!!」
由美の指摘に康介は大きく頷くと、そのままブチっと、金のネックレスを引きちぎった。
……そこまで極端にする事はないだろうに。
しかし、いつもヘラヘラしている友人が、こうなっているのを初めて見た。
これからは、僕が東條さんの事で一方的にイジられるだけでなく、僕も由美の事で康介をイジれる。
そう思うと、僕は心の中でほくそ笑んでしまうのだった。
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