第25話 空の色②


 「……上手いじゃんけ……」


 自分のキャンバスを見ながら、そう呟く。しかし、自画自賛をしている訳ではない。

 そのキャンバスの前に立って絵を描いているのは、一人の少女だ。


 「これでも、小学校の頃は賞を取った事もあるんだよ?」


 少女である東條さんは、少し照れ臭そうにそう言う。正直、僕が描く曇天よりも、魅力的な絵に感じた。

 本物の空よりは少し暗めで、リアル。と言うわけでは無いが、藍色と灰色と白色が複雑に組み合わさった東條さんの空の絵は、どこか人の心を惹きつける様なものを感じた。


 「東京にるころは美術部か何かだったん?」

 

 「いや、普通に帰宅部だったよ?」


 「ホンマかいな……」


 それにしては、素人とは思えない完成度だ。曇り空だけなので、全ての評価をするには少し足りないが、空一つ描いただけでも、その才能の高さがうかがい知れた。


 「曇り空はよく見てるから。……雲の色ってね、実は色が無いの」


 東條さんは続けて、そんな事を言った。


 「色が無い?」


 僕は東條さんの発言に首を傾げる。空を見上げても、見えるのは白と灰色の雲の色だ。


 「うん、雲って太陽の光が水滴や氷の粒に乱反射するから白く見えるの。でもそれが厚くなって来ると太陽の光が下まで届かなくなっちゃって黒く見えるってだけ。だから雲って本当は色が無いし、ある様に見えても、それは"まやかし"なの」

 

 笑顔で彼女はそう言うが、僕には言葉の節々にトゲがあるように感じた。


 まるで誰かの事を揶揄やゆしているしているような、そんな感じ。


 "東京の人には色が無い"


 僕はいつか彼女が、渡し船でそう言っていた事を思い出していた。


 「だからね、雲を書くときは、白に灰色系の色を重ねれば重ねるほど、濃い色の雨雲になるんだ。後はそれとのバランスだから」


 なるほど。雲の仕組みを知っているからこそ、彼女はあの曇天を描けたらしい。


 「よう見とるんじゃねえ」


 「うん、よく見るくらい好きだから」


 彼女はおうむ返しの様な返事をしてきた。

 では、それなら逆の青空は、彼女の目にどう映っているのだろうか?


 「……じゃあ青空は、嫌い?」


 僕は敢えて意地悪に"嫌い"と言う言葉を使ってみる。

 その問いに、東條さんは少し考える素振りをした。


 「……うーん、最近までは好きじゃ無かったんだけどね?今は好きになってきたかも」


 今度は空を見ずに、真っ直ぐに僕のを向いてそう言ってきた。


 「……ほうか、なら良かった」


 あまりにも真っ直ぐに見つめられたものでそんな返ししか出来なかった。

 少しの沈黙の後、僕はもう一度キャンバスに視線を移す。彼女の描いた空は、どうにも目が離せない。そのどんよりとした質感は、僕の描く青空とは正反対で、何処か陰鬱としたような雰囲気も感じられた。


 しかし、それを悪くないと思っている自分が居る。


 自分とは違う感性で絵を描く人に初めて出会ったかもしれない。それは青空と曇り空の違いでしかないが、僕は確かにそれを感じていた。


 東條さんに対して、異性としての魅力の他に、アーティストとしての魅力も感じ始めている。


 "この人の描く絵をもっと見てみたい"


 そう思ったのだ。


 「なあ、東條さん。美術部に入らんか?」


 その言葉はすんなりと、自然に出た。

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