第26話 勧誘


 「それは、勧誘って事で良いのかな?」


 「ほうじゃけど?……嫌?」


 東條さんは首を横に振る。


 「ううん、そんな事ないよ。ただ、私もいろんな部活から勧誘されているから、ちょっとね」


 なるほど、確かにこれ程の美人さんなら、入部しただけでその部活に箔が付く。他の部活は血眼になって東條さんを勧誘するだろう。

 いろんな部活から声が掛かると言うことは、やはり彼女は人気なのだろう。

 しかし、それなら一つ疑問がある。


 「ほいなら、何でいつも屋上に来てくれるんか?」


 それほど勧誘があるなら屋上には来ず、何処かの部活にでも入れば良いのではないかと思ったのだ。


 「あー、その、なんて言うのかな?屋上は勧誘して来る人が居ないから。気が楽なの」


 少し歯切れが悪そうに東條さんはそう言う。確かに屋上は滅多に人が来ないので好都合ではあるが。


 「……ほうか、じゃあ、あんまり興味ない?」


 勧誘を避ける為にここに来ているのかと思うと、少し気分が落ち込んでしまう。


 「そ、そんな事ない!!」


 すると、東條さんが珍しく声を張り上げてそう言った。そんな姿に僕も驚いて固まってしまう。


 「あ、いや、あの、美術部に興味があると言うか、大野君の描く絵に興味があると言うか……」


 東條さんは言い訳をする様に、少し早口でそう言う。


 「?、ほいじゃあ、興味があるんか?」


 なんだか分からなくなってきた。僕は美術に興味があるから、東條さんは屋上にいつも足を運んでくれているものだと思っていた。

 でなければ僕の後ろで、ずっと絵を描いているところを見ていたりしないだろう。


 「……大野くんは、私が美術部に入って嬉しい?」


 すると、心配そうな顔をして、東條さんはそう聞いて来た。好きな人と一緒に絵を描けて嬉しくないわけがないだろう。

 それに、どんな絵を東條さんが描くのか、そこが一番気になる。


 「もちろん!!曇り空の絵を見ただけでも、僕は魅力的な絵に感じたんじゃ。もっと他の絵を描く東條さんも見てみたいんよ」


 そのままの本心を東條さんに伝える。彼女の絵を見る事で、もっと、"東條京香"と言う人間を知る機会にもなるだろう。是が非でも美術部で絵を描いて欲しい。


 「……ふーん、そっか。そんな事言われたの、初めてだなあ……」


 東條さんはしみじみと、何かを思い出すかのようにそう言う。


 「絵を褒められた事が?」


 「ううん、そんな風に褒めてくれた人が」


 東條さんの返しに僕は違和感を感じる。今まで褒め言葉なんざ沢山貰っているだろうに、少し変な人だなと思った。


 「褒め言葉なんざ、言われ慣れとるじゃろうに」

 

 「そうじゃなくて、外面だけじゃない私を知ろうとしてくれたって事」


 「……?」


 またもや哲学的な事を言う彼女に、僕は首を傾げる。

 好きな人の内面を知るなんて、当たり前の事ではないだろうか?


 「……分かんないか。でもまあ、大野くんにはそのままで居てもらった方が良いかもね?本当に純粋だし」


 揶揄うような笑みを浮かべて、東條さんはそう言う。


 「……なんか、馬鹿にされよる気がするわ」


 少し不服だが、何故だかそれも心地良かった。


 「馬鹿になんかしてないよ。そうだね、うーん……」


 東條さんはそう言って少し考え込む仕草をする。

 数秒後、意を決した様にこっちを見てきた。


 「うん、決めた。私、美術部に入るよ」


 そう言う彼女は、何処か吹っ切れた様な笑顔だった。

 

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