第2話 入院中の恥はかき捨て

「う〜〜、ここはどこだ?」


 目を開けると知らない天井。

 周囲を見渡すと色々な医療器具が並んでいる。


「病院?」


『ピッ、ピッ』っとメトロノームのような規則的な電子音が耳に入る。


 すると突然、声がかかる。


「あっ!御門君、目を覚ましたのね」


 若い看護師が側にいたようだ。

 その看護師は慌てた様子で僕の頭の上にあるボタンを押す。

 すると病室にスピーカーから声がかかった。


「どうしました?」

「望月です。御門君が目を覚ましました。先生をお願いします」

「わかりました」


 望月と名乗る若い看護師が虚空に向かって話しかけていた。

 僕は。状況が分からずプチパニックになっている。


「御門君、名前と生年月日言えるかな?」

「ええ、ミカドケンイチロウ。平成〇〇年5月27日です。僕はどうしてここに?」


 そう尋ねようとすると、今度は細面の白衣を着た医者が別の看護師を引き連れて入って来た。


「御門君、身体の痛みとか痺れはあるかね?」


 低い声で話す医者の声は、しっかりと耳に届く。


「え〜〜っと無いです」


 眼鏡をかけた如何にも神経質そうなその医者は、機械の数値を一瞥して僕の顔を覗き込んだ。


「じゃあ、記憶はどうだい?」


 そう医者に問いかけられて、少し慌ててしまった。


「ソ、ソロキャンプに行って、そして……その後はよくわかりません」

「う〜〜む」


 そう呟きながら再び備え付けの医療機器に眼を通している。

 若い看護師は、僕の熱を測りながら医者に話しかけた。


「先生、御門君は名前と生年月日は言えます」

「そうか、小さい時の事は覚えているかね?」


「はい、覚えてます」


 僕の記憶に違和感はない。あの忌々しい記憶もしっかりと残っている。だが、どうしてこの病院のいるのか思い出せない。


 その後、医者の問いかけられて、言われるまま身体を動かされた。

 どこも違和感なく身体は動かしてる僕をみて医者は、安心したような顔を浮かべた。


 僕としては繋がってる医療器具を取り外してもらいたいのだけど……


「うむ、記憶もあるし問題ないかな」


 医者は、笑顔になりそう語りかけた。

 側にいる看護師達もどこかホッとしてる感じがする。


「え〜〜と、僕はどうして病院にいるのでしょう?」


「そうだね。君は気絶してしまったからわからないかもしれないけど、雷に撃たれてここに運ばれてきたんだよ。運ばれてきた当時は、熱も高く危険な状態だったんだ。5日も意識が戻らなかったしね」


 そう言えば、キャンプ場で雷が鳴っていたけど僕に落ちたのか?そこら辺は記憶が曖昧だ。


「そうだったんですか……」


「その辺の記憶の齟齬は仕方がないよ。一瞬で気絶したのだろうしね。それよりも……少し見た目がね」


「見た目ですか?」


 何だろう、嫌な予感がする。


「望月君、鏡を持ってきてもらえるかな?」

「はい、少しお待ちください」


 暫くすると若い看護師が手鏡を持ってきた。

 見たいような見たくないような不安が押し寄せる。


「少しショックかもしれないけど落ち着いてね」


 えっ、マジやめて下さい。そんな不安を煽るような言い方。


 恐る恐る若い看護師さんが手向けている手鏡を覗いた。


「あっ……」


 鏡に映る僕の髪の毛は真っ白になっていた。



◇◇◇



 あれから医者から説明を受けて様子をみる為、暫く入院する事を告げられた。

 この場に残った看護師の望月さんは、不要な医療器具を外している。


「う〜〜ん、これって」


 手鏡を覗きながら、白髪になった顔を眺める。

 医者が言うにはショックで髪の毛が白髪になると言う事例はいくつかあると言っていた。雷に打たれたのが原因で間違い無いが、どうしてこうなったのかは説明がつかないと言われた。


(まあ、今は白髪染めもあるしそんなにショックじゃないけど……)


 そう言いながら手鏡を胸の方に向ける。

 病院着を少しずらして胸を見るとそこには『リヒテンベルク図形』と呼ばれる樹状の傷跡が広がっていた。


 それは胸を中心にして放射状に広がっており、右腕の肘近くまで伸びていた。


「まいったな」


 痛々しい傷跡を見ても嫌悪感を抱いていないが、他人からは見れば異様に映るだろう。


 医者が言うには、雷に打たれて死亡するリスクは70%〜80%、何も処置しなかったら90%の確率らしい。


『幾つかの要因があって君は命を保てたんだ。心肺停止後の直ぐの蘇生。体内に流れた高電流を地面に流せた。生きているのが奇跡なんだよ』と頷きながら話していたのを思い出していた。


 僕を蘇生させてくれた人は、近くでキャンプしていた人達。

 その中に看護学生がいたようで、雷に打たれた俺が心肺停止状態になっていたのを応急処置で蘇生してくれたようだ。


 マジ死んでたかもしれないのか……その看護学生の人に後でお礼しないといけないな。


「どうしたの?気分は大丈夫?ショックだよね〜〜」


 望月さんが心配そうに見つめる。


「気分は悪くないです。まあ、髪や傷跡は仕方ないですよね。命があっただけでも儲けものですから」


 人間不信に陥っている僕にとって他人と話す事はストレスを感じるのだが、昔のように流暢に会話をしていた。少し、違和感を感じたが1秒後にはすぐに忘れていた。


「そうか、御門君は歳の割には大人だね。でも身体の傷跡はもしかしたら最上級ポーションを飲めば治るかもしれないよ。噂では欠損した手が生えてきたって言われてるしね」  


 この世界には異界に繋がるゲートが存在する。

 世界中にゲートが現れたのは今から15年前。

 その年に流星群が地球に降ってきた。

 その影響からどうかは未だ研究されているようだが、事実として、その後世界中の至る所のゲートと呼ばれる不思議な門が現れた。


 ゲートを潜るとそこは迷宮(ダンジョン)に繋がっていたようで、魔物などが徘徊しているようだ。

 そう聞くと魔物がこの世界にゲートから溢れ出てくるのでは?と心配になるが、ゲートからこの15年間魔物が外に出てきた事はない。


 それよりも、魔物を倒す事で得られる魔石という物質が新たなエネルギー資源になる事がわかって、世界中でゲートの内側の探索が繰り広げられている。


 そんなゲートの先のダンジョンで得られるの資源のひとつにポーションがある。

 このポーションは、気力や体力を回復するものやさっき看護師さんが言ったようの身体の欠損を再生する物、病気の治療ができる物まであるらしい。


「最上級ポーションですか……でも僕には手に入れる事はできないですよ」


 上級ポーションでさえ数億円するらしいし、最上級ポーションなど夢のまた夢だ。


「それはわからないわよ。将来御門君は大物になりそうな気がするの。私の勘は結構当たるのよ」


 最上級ポーションは、噂はあるが世界でもまだ見つかっていないらしい。

 もしかしたら、権力者や富豪家などは手に入れてるかも知れないが権力もお金も無い僕には無理な相談だ。


 望月さんは看護師になりたてのようで僕に希望を持たせるためにそんな事を言ったのだろうけど、軽々しくそんな事を言ってほしくはない。


 背丈は160センチ前後。

 出るとこはちゃんと出ている。

 以前なら好きになっていたタイプの美人だが今の僕にはそんな感情は湧かない。


 器具を外す時、望月さんの二つの膨らみが僕の顔近くにきて少し焦っているが……。


「ケンちゃん。眼を覚ましたんだって?」


 そう言いながら部屋に飛び込んで来たのは、茜おばさんだ。


「茜おばさん……」


「う〜〜ケンちゃん、無事で良かったよ〜〜」


 僕に抱きついて泣きじゃくる茜おばさんは、母親の妹だ。

 抱きつかれたことに焦っている僕の顔は、真っ青に変わる。


「あ、茜おばさん。僕は大丈夫だから離れて」


「う〜〜ケンちゃん。良かったよ〜〜」


 あ〜〜マジで勘弁してほしい


 茜おばさんの豊満な膨らみが僕の顔を圧迫している。


 うう〜〜っ、冷や汗が出てきた……


「御門君、どうしたの?身体震えているよ」


 望月さんが異常を察知した。

 つけていた血圧計と心拍が跳ね上がって異常値を告げる機械音が鳴り響いている。


「す、直ぐに先生呼ぶからね!」


 望月さんはあたふたしながらナースコールで先生を呼び出している。


 そんな事より茜おばさんを僕から引き離して欲しい


 意識が遠のく。

 僕が覚えているのはそこまでだった。



◇◇◇



「うん、見たことある天井だ」


 目を覚ましてあたりを見回すと外してあった医療器具は再度設置されていた。

 近くにある机の上には見たことのある目覚まし時計が置いてある。


「2時35分……昼間って感じじゃ無いな」


 時計を見て夜中に目を覚ましたらしい。


 そう言えばおしっこに行きたくならないなあ。

 点滴3本も打ってるのに。


 下半身に意識を集めると、何やら大事な息子に違和感がある。


 少し起き上がって掛け布団を上げ下半身を見ると、病院着から管が通っている。

 その管の行先を追っていくとベッドの脇に袋が吊るされており、その中には黄色い液体が半分ほど溜まっていた。


 ま、まさか……あそこに管が挿さっているの?


 ま、ま、マジですか……


 では、自分の尿をあの若い看護師の望月さんや他の看護師、それに茜おばさんに見られてたって事?


………死にたい。


 意識を失ってた間でも排泄はするのか?

 オムツでいいんじゃないか?

 何も大事な息子に管を入れなくても。


「はっ!もしかすると……」


 俺は病院着をめくって自分の下半身を見る。


 紙オムツをしてる……


……はあ、死にたい。


 するとその時、


《身体の再構築が50%完了しました。%@#¥¥になるまで後119時間59分26秒かかります》


 突然脳内に響き渡る女性の声。


「何だ!何だ!」


 慌てて周囲を見渡したが誰もいない。


 マジか、ここは幽霊が出るのか?


 得体のしれない声にビビってナースコールのボタンを押した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る