現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜
涼月風
第1話 心の傷は直ぐには回復しない。
生まれたての若葉から射し込む木漏れ日。
森の樹々から香りを攫って流れる爽やかな風。
辛い日常で侵食された心の穢れを洗い流してくれるせせらぎの音。
「おーー!自然は最高だ。無理して来て良かった」
少し遠慮気味に叫んでみる。
僕は
ある事情で高校生になってから地元の都内から離れて母親の実家で暮らしている。
新しい生活にも慣れ始めて1ヶ月、世間ではゴールデンウィーク真っ最中。
今日は、自転車にテントやらキャンプ道具を荷台にくくりつけて2時間、坂道を登ってこの山林のキャンプ場に来ていた。
今はテントを張り終わり、お湯を沸かして持ってきたコーヒーを淹れて一息ついたところだ。
「苦っ、砂糖を持ってくれば良かった。それにしても結構疲れたな。坂道キツかったし」
キャンプ場には、家族連れや若者のサークルの集まりみたいな人達が楽しそうにバーベキューをしている。そんな様子を僕は冷めた目で眺めていた。
「仲間同士と友人や家族か……仲の良いのは今だけだって」
このような捻くれた考え持つに至ったには訳がある。
それは……
僕には、好きな人がいた。
その子の名前を佐々木真里。
真里は小学4年の時に転校してきた容姿の優れた美少女だった。
初めて会った時に好きになった。
所謂、一目惚れというやつだ。
家が近所だった事もあり、自然と仲良くなっていつも一緒に遊んでいた。
そして、中学生になって2人は付き合い始めた。
告白をしようとしたのだが、嬉しいことに真里から告られた。
勿論、僕はOKした。
僕は、真里が大好きだった。
だから大切にしようと思い、大人になるまではと、清い関係を貫いていた。
だが、それがいけなかったようだ。
中学2年生になりその子は1つ年上のサッカー部のイケメンと浮気していた。
偶然、公園で仲良くキスをしている2人を見てしまったのだ。
この場合の選択肢のひとつとして、その場を後にして後で問いただす。
この場合の利点として、冷却期間を置く事により感情に任せず客観的にその状況を把握できる。
だが、僕は2人の密会場面に突入してしまった。
きっとその時は真里の事を信じていたのだろう。
弱みを握られて脅されているのではないかと。
だが、現実は非情だった。
2人は半年前から関係を持っていたと突きつけられた。
二股交際をされていたのだ。
その結果、僕は感情が上手くコントロールできず、ショックで何も出来なくなった。
翌日、無理やり体を動かして学校に行くと更に追い討ちをかける信じられない光景が待っていた。
何故か、僕が真里に暴力を振るっていた事になっていたのだ。
情報はSNSでも広がり、学校内で僕の事を知らぬ者はいないほどだ。
『恋人に暴力を振るったDV野郎』『レイプ魔』『性欲魔獣』など不名誉な称号が飛び交っていた。
普段の僕をよく知る人物ならば、このような事は嘘だと信じてくれるのだろうが、昔から綺麗な彼女に付き纏う男として周囲の嫉妬に晒されていた自分には、誰も信じてくれるような人などひとりもいなかった。
唯一、僕の事をわかっていたのは、裏切った真里だけだったのだ。
更にその話には続きがあり、その場に通りかかったサッカー部のイケメン先輩が彼女を守ったのだという噂が広まっていた。
勿論、真実とは真逆の事なのだが、広まってしまった噂を信じる者達には、その噂こそが真実となっていた。
その日から学校に居場所がなくなったけど、それでも学校に通い続けた。
そうなれば必然的にイジメが始まるのは、精神年齢の未熟な生徒達なら当然の事なのかも知れない。
最初は、陰口を言われたり、物を隠されたりした程度だったが、次第にエスカレートしていき、理不尽な暴力を日常的に奮われるようになった。
そして、とうとう僕は学校に行けなくなった。
部屋からも出れない引きこもり生活が始まる。
そんな姿の僕をみて両親は、出来損ないだと言い始めた。
都議会議員をしている父親。
料理研究家の母親。
プライドの高い両親には、世間体というものがあるのだろう。
唯一味方してくれた姉でさえも僕の事を悪く言い始め、心の拠り所である家族という最後の砦は陥落した。
そんな経験をした僕は、周りの人間が怖くなり人間不信に陥った。
一歩も部屋から出てこない引きこもり。
家で料理教室を開いていた世間体を気にする母親には、悩みの種だったようだ。
両親は僕の今後について話し合い、高校入学を機に御門家から出て行ってもらい母方の実家でもある柚木家に引き取ってもらった。
程の良い厄介払いだ。
環境が変わったせいか、少しづつ外の世界に足を運んだ。
心の傷は短期間では癒えないが、僕の事を誰も知らない高校生活は心の平穏をどうにか保てている。
「あ〜あ、せっかくここに来たのに嫌な事を思い出してしまった。ここにトラさんでもいればモフモフするのに」
トラさんとはここに越してきてから住んでいる家に迷い込んできた猫の事だ。
陽当たりの良い敷石のところで日向ぼっこしていたので、試しに煮干をあげたら頻繁にくるようになった。
飼うつもりはないが、既に我が家と思っているのか縁側で堂々と腹を出して寝ている。そんなトラさんをモフるのが僕の癒しのひとつとなっていた。
立ち上がりサンダルに履き替えて河原に向かう。
少し下りると綺麗な清流が見えてきた。
「結構、人いるなあ……」
河原では、少なくない人達が川に浸かりながら遊んでいる。
「こんなとこまで来て、人など見たくないのに……」
そう呟きながら人気のない上流に向かう。
ゴツゴツした岩や流木が人の歩みを阻んでいるようで歩きにくい。
10分ほど進むと、人気のない場所に出た。
先週降った豪雨により、水流は割と激しい。
その激しい水流を眺めていると魚が跳ねた。
「おお、魚だ。のんびり釣りするのも良いかも」
ここではヤマメやイワナなどの川魚が釣れる。
「今度は釣り道具持ってくるか」
今回のキャンプでは釣り道具を持って来なかった。
自転車では運べる量もそう多くない。
「車欲しいな。バイクでも良いけど」
ここに来るまで必死こいて坂道を登ってきた苦労を思い出す。
車やバイクが余裕こいて抜かして行くのを恨めしく思ったりもした。
僕は適当な岩の上に腰掛けて、
底石に当たって白く波立つ水が畝る様をボーッと眺めていた。
「過去がやり直せたらなあ」
それでも、否応なしに思い出してしまう。
チラチラ脳裏に浮かぶ元カノと両親の姿。
「クソッ!」
近くにあった石を拾い上げて、川に石を投げつける。
『ポチャン』とか弱く鳴る音は、直ぐに勢いある川の流れの音にかき消された。
「あーー!もう勘弁してくれ〜〜、記憶を消えろーー!」
頭を押さえて左右に振る。
今、思い出した記憶を振り払うように。
学校に通うだけで相当のストレスを受ける。
そのストレスの発散のために癒しを求めてソロキャンプに来たのに……
「さて、夕飯の支度でもするかな」
米を炊いて、レトルトのカレーを温めるだけだが、自然の中で食べるカレーは美味しいに違いない。
流れる川面を見つめて楽しい事を考えようとしていた。
気持ちの整理がつくまで暫くボーッとしていると遠くから雷鳴が聞こえてきた。
「えっ、天気が荒れるの?天気予報ではそんな事言ってなかったけど」
空を見上げれば、太陽は出ているが鬱蒼とした積乱雲が迫っていた。
「マジかよ」
『キラッ』
見つめていた川の底に何か光るのもが見えた。
「何だ?空き缶かな」
気になって川に入ってみた。
「わっ、結構冷たい」
5月の川の水は、思ったり冷たく感じた。
勢いある川の流れは僕の足をこれ以上進ませるかと拒んでるようだ。
「確か、このへんだったけど……」
底が見える綺麗な水だが、川面がうねっていてうまく見つけられない。
「もしかしてこれかな?」
不揃いの石が沈んでいるその中に赤い拳大の石を見つけた。
それを手に取ろうとしたら、意外に重くてビックリする。
「おお、真っ赤で綺麗な石だ。もしかしてルビー?そんなわけないか」
その石を持ち上げて太陽に透かせて見る。
真紅でありながら透き通っており、小さな太陽が透けて見える。
「わあ、綺麗だ」
太陽に照らされた真紅の石の中は虹色に輝いていた。
「これ、マジでお宝なんじゃないか?」
川から上がって、水に濡れないように捲っていたズボンを戻す。
だが、その時、大きな雷鳴が響いた。
「わっ!マジかよ。近くに落ちたのか?太陽出てるのに」
山の天気が変わりやすいと聞いているが、これは異常だ。
賢一郎は、その綺麗な石を持って慌てて自分のテントに引き返す。
10分ほどかけてキャンプ場に戻ると、空から雨がチラホラと降ってきた。
周りの人達も慌てたようにバーベキューを片付けている。
その時、2度目の大きな雷鳴が響いた。
その瞬間、俺の視界は真っ白な光に包まれた。
遠くで『キャーー!』『雷が近くに落ちたぞ』『あの子、雷に……』そんな声が聞こえた。
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