第635話 エッグ

「見ない顔だな。ここは初めてか? ああ、俺はエッグという。クラン『漆黒』に所属している冒険者だ」


 男はエッグと名乗った。

 ただ俺たちの無反応を見て眉を顰めると、


「ここは初めてか?」


 と再度聞いてきた。


「……昔、少しだけ俺たちはここで活動していた」


 ギルフォードが横に視線を向けると、リックも頷いた。


「昔か……どれぐらい前だ? ああ、答えたくなければ答えなくていいぜ?」

「……7年ぐらい前だ」

「なるほど。それでか。なら知らないのも無理はないか? 俺たちのクラン漆黒が出来たのは5年ぐらい前だからな。ん? ということは帝国から離れてたのか?」

「ああ、王国を中心に少し色々な場所を回っていた」

「そうか、そうか。それでまたここに戻って来たってことは、腕を上げて再び挑戦しようとでも思ったのか?」


 どうやらエッグはギルフォードたちがここを立ち去ったのは、力不足で途中で諦めたと思ったようだ。


「……何で帝国を離れていたと思ったんだ?」

「漆黒は帝国内の各街、特にダンジョンのある三つの街にはクラン専用の建物もあるからな。それを知らないから帝国内にはいなかったと思ったんだよ」


 ギルフォードの質問にエッグは胸を張って答えた。誇らしげだ。

 なるほど、それで帝国から離れていたとエッグは言い当てたのか。

 もっとも俺はギルフォードが聞くまで気付かなかったけど。


「それで、それを自慢するために俺たちに話し掛けたのか?」

「いや、見慣れない奴がダンジョンに来たって耳にしてな。それでどんな奴らかちょっと気になっただけだ」


 そう言うエッグを、ギルフォードは胡散臭そうに見た。


「まあ、そう警戒するな。そうだな。なら少し帝国内のことで聞きたいことがあれば一つだけ答えてやるぞ」


 エッグは両手を上げてお手上げポーズをとると、そんなことを言ってきた。

 何故そこまで俺たちに構うのか謎だ。

 俺がギルフォードをチラリと見ると、その口元が小さく動いた。


「そうだな。昔と比べて町に活気があるのは何故だ? それこそここは、帝国内にある他の二つのダンジョンと比べても不人気だった記憶があるんだが。ギルドで聞いた話ではここ数十年突破出来なかった九階を突破して、最下層の一〇階で狩りをするパーティーが現れたって話を聞いたぐらいだ」

「そんなことでいいのか?」

「ああ」

「……そうだな。ここはたぶん今も昔もそんなに変わってないな。あるとしたら帝都で活動していた冒険者が、ズィリャの町に流れてきたからだな」

「帝都の?」

「ああ、魔王討伐隊が黒い森に派遣されたあと、帝都で騒動が起こった話は知ってるか?」

「ああ、王国の方でも帝都が壊滅的な被害を受けたなんて噂が流れたな」


 その話は俺も耳にしたことがある。


「帝都の騒動の原因は何だったんだ? 冒険者が帝都に戻らないってのは、その原因がまだ取り除かれてないってことか?」

「それは……って、質問は一つまでだったはずだぜ? これ以上聞きたければ情報料を払ってもらわないとだな?」


 エッグは慌てて口を閉じ、その口元を嫌らしく歪めた。

 こちらが興味を持ちそうな話があることを知って、どう有利に交渉しようかと考えているのかもしれない。


「……ソラ、この情報は必要か?」

「別に帝都には行く予定もないし、今は必要ないかな」

「だ、そうだ」


 ただギルフォードの方が上手だな。

 そもそもギルフォードが知りたかったのはここのダンジョンの人の多さであって、別に帝都の情報は必要としていなかった。

 俺たちも今回の帝国内のダンジョン巡りで、帝都にあるダンジョンには行こうとは思っていない。

 ここでの攻略が早く済んだ場合は、もう一つあるダンジョン……確かアヴィドの町だったか? には行くかもとは考えているけど。

 それを聞いたエッグは一瞬残念そうな表情を浮かべたが、


「そうか。ま、それならアヴィドの町の情報が欲しくなったら声を掛けてくれ。それ以外のことでもいいけどな」


 エッグは周囲を見回しながら少し大きめな声で言うと、待機所から出て行ってしまった。


「何だったんだあれは?」

「たぶん、他の奴らへの牽制じゃないか? ダンジョンに入る時や、待機所に来た時も窺うような視線を多く感じたし。そもそも帝都のことだって、情報が欲しければギルドで聞けるだろうからな」

「俺たちをクランやパーティーに誘おうと考えてる奴がいるってことか?」

「ああ。あとは……もしかしたら本気でクランに誘っていたのかもな。実際ルリカたちは目立つし、やはり注目はクリスだな。ミアは……杖を持っていたら同じく注目されていただろうな」


 ミアは以前は杖を持っていたが、今は槍を手に持って歩いているからな。

 それに合わせて服も動きやすそうに、ロングスカートにスリットを入れたものに替えた。

 ギルフォードが言うには、魔法使いは帝国内では貴重な戦力と考える者は多いそうだ。

 帝国には魔法使いの人数が少ないかららしい。

 神聖魔法の使い手は? と尋ねたら、


「帝都には多くいた気がするな。なんか教会が多く建っていた記憶がある」


 とのことだ。

 帝都に長くは滞在したことはないが、一度だけ帝都に行ったことはあるそうで、当時のことをギルフォードは話してくれた。

 ただあまり多くは知らないみたいで、もしかしたら帝都のことは、ルリカやクリスの方が詳しいのかもと思った。

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