マオツォートン
年を取った。
なにか新しいものとの出会いはほとんどない。
「新しい」とされるものに触れても、どこかで憶えた感情しか起きない。
若い頃はちがった。さまざまな新しいものに触れた。
たとえば、中国語。
サザンオールスターズは名曲が多いのでなかなか自分の中で順位付けはできないが、サザン以外の桑田佳祐さんの作品では「北京のお嬢さん」がいちばん好きである。
「北京のお嬢さん」はSUPER CHIMPANZEEというバンドの曲で、作詞作曲とボーカルが桑田さんであった。
曲調も好きなのだが、詩がとても好みで、とくに『金曜日は君だけに安息の時間を 若き毛沢東の革命を語ろう』というフレーズがよい。
ここの毛沢東はモウタクトウではなく、マオツォートンと中国語で歌う。
初めて聴いた時は中国語など縁がなかったので(当時、一般の日本人にとって、中国は近くて遠い、なぞの国であった)、新鮮な響きがして今でも印象深い歌詞になっている。
マオツォートンは毛沢東のことだよなと思いながら、ふしぎな感覚に襲われたのを、いまでもよくおぼえている。
「北京のお嬢さん」を歌詞を見ずに聴いた時、マオツォートンの意味がわからない人もいるだろうが、曲名も手伝ってモウタクトウと理解できる人も少なからずいるのではないだろうか。
なにより、両者はゆっくりと発音してみると、口の形がよく似ていて、同じ対象を指していることが、肉感的に理解できる。
これはほかの単語にも言えることで、中国の地名である長安と長沙を日本語、中国語、おまけのタイ語で、ゆっくりと発音してみるとよく似ている。
長安:チョウアン、チャンアン、ティアンハン
長沙:チョウサ チャンサー、ティアンサー
日本は最初こそ朝鮮半島を通じて漢字を輸入していたが、後には船を利用して直接中国の発音を取り入れた。生きたテープレコーダーとして、多くの大陸の知識人を招いた。
菅原道真が国策を大きく変えるまで、日本の上流階級の男たちはバイリンガルであった。中国語を中国の発音で口にしていた。その後、生きたテープレコーダーの数が少なくなっていった日本では、音読は訛っていき、現在の形に収まっている。文章も変容した。
そういうわけです。モウタクトウさん。
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